第13話 他の転移者



 複数の屈強……というほどではないが、それなりにガタイの良い男6人に取り囲まれた。

 字面だけ見れば完全に刑事事件だ。

 あわや貞操の危機!? 後ろなんて、まだメアにも触られて事ないのに!


 ……なんて、ふざけているが内心俺は焦っていた。


「お前その服装、日本人なのか? 答えろ!」


 俺の正面に立つ、黒いパーカーを来たモヒカンの男が叫ぶ。

 魔法は消してくれたが、警戒は解けていない。

 だが、警戒しているのはお互い様だ。

 

 ――なにせ、彼らは魔法を使ったのだから。


「ああ、そうだ。確かに日本人だよ」

 

 ひとまず時間を稼ぐ為、俺は答える。

 

 だが、焦りは消えない。

 そもそも、俺以外に日本人がいるのはどういう事だ?

 彼らは魔法を使っていた。それなら俺よりも長くこの世界にいる可能性もある。

 いや、それならSupr〇meのパーカーとか来てる奴がいるのはおかしい。

 つまり、同時期に転移してきた?

 それなら何故俺一人が孤立していた?


 不透明な状況に、色んな考えが乱雑に浮かんでは消える。

 

 だが恐らく、彼らの素性よりも不味いのは――


「それなら、その女はなんだ! 明らかに耳が尖っていて、服装もおかしい……現地人なのか!?」


 やはりというか、メアのことを指摘された。

 まあどう見ても日本人じゃないし。耳尖ってるし。

 

 ていうかこいつら、やたらと警戒心が高いな。

 普通メアを見たら可愛いって気持ちが爆発して昇天しないか?

 俺なんて殺されそうになりながらも内心めちゃくちゃ興奮してたんだけど。

 とにかく、こんな状態の奴らにメアの素性を教えるわけにもいくまい。


 しっかし、なんて答えたもんかなぁ。

 そう、俺が悩んでいると、

 

『オウガイさんオウガイさん、これは一体どういう状況ですか? 彼らはオウガイさんの知り合い……というわけではなさそうですが』


 唐突に脳内に声が響いた。


『——っ、これは!?』

『念話の魔法です。何やら事情が複雑そうでしたので、こちらでこっそりお話ししようかなと』


 念話、そんなものがあるのか。

 この世界の魔法は割と万能系だな。


 とはいえ、これなら何とかなるかもしれない。


『これ、俺の方からも話しかけられるんだよな!?』

『え、ええ。一回繋いでしまえば大丈夫です。このくらいの距離なら魔力の消費も大したことありませんし』

『なら、悪いがしばらくは俺に話を合わせてくれ。返答に困れば念話で指示を出す』

『あ、はい。分かりました』


 メアは俺の勢いに少々戸惑いつつ了承する。

 

 でも焦るのも仕方ないのだ。

 いつまでも無言でいたら怪しいしな。


「こ、この子は俺の恋人で、ロシア人コスプレイヤーのメアさんだ! 日本人じゃないが、地球人だよ」


 俺がそう言うと、彼らは訝し気な目を向けてくる。


 ……やっぱ苦しいか?

 だが、俺的には数日振りの日本人だ。あまり敵対したくはない。


 無論、メアに危害を加えるようなことがあれば別だが。


「コスプレだと? その格好で電車に乗ってたらどう考えても目立つだろ!」


 電車……?

 なんのことを言われてるのか分からないが、適当に誤魔化しておくか。


「も、元々はベンチコートとか着て隠してたんだが、魔物との戦闘でダメになっちゃったんだよ」


 俺がそう言うと、彼らは何やら目配せして、こそこそと話を始めた。

 

 ……どうだ? ダメだった?

 俺は祈るような気持ちで彼らの会話が終わるのを待つ。

 

 すると、


「メアさん、でしたか。あなたはどうなんですか? さっきから彼ばかり話してしますが。日本語が分かるなら、あなたの口で答えを聞きたいですね」


 パーカーモヒカン男の後ろにいた、インテリっぽいオフィスカジュアルを着たメガネの男が話しかけて来た。

 服装はインテリだが、髪形が1ミリで刈り上げたレベルのピチっとした坊主頭だ。

 ジャケットとメガネに坊主頭……壊滅的に合わってねえなおい。


「えっと……オウガイさんの言う通り、私はロシア人コスプレイヤーのメアです」


 少したどたどしくも、メアが口を合わせてくれる。

 鷗外の発音が怪しいのも相まって、中々それっぽい。


「コスプレなら、その耳は何故付けたままなんですか? 森で暮らすには不便でしょう。よければ外すのを手伝いますが」


 このインテリメガネ坊主、痛い所を突くな。

 モヒカンパーカーもこいつに相談してたし、この集団のボスはこいつなのだろう。


『ど、どうしますオウガイさん! 私の耳は外れませんよ!?』

『分かってる。とりあえずこう言ってみてくれ。いいか――』


 俺はメアに即席の言い訳を託す。


「えっと、私凝り性でして、この耳はお店でやってもらった特殊メイクなんです。万が一もありますから、病院もないところで外すのは怖いなぁって……」


 俺の伝えた言葉を一語一句違わずに述べてみせるメア。

 流石、初対面の相手に結婚を申し込めるだけのことはある。

 適応力が高い。


「なるほど……ふむ、分かりました。そういう事情であれば仕方ありませんね。流石に異世界人の口から特殊メイク、なんて言葉はすぐに出てこないでしょうし」


 メアの言葉に納得したのか、インテリメガネ坊主は警戒を解き柔らかい笑みを浮かべた。

 

 一応、何とかなったか。

 いやしかし、この坊主野郎は恐らくメアの動揺を感じ取った上で、それでも答えを返したから信用したのだろう。

 こういう他人の機微にまで気が付く賢いやつは、敵に回すとやばいことになるかもしれない。


 実際今のも念話がなければかなりやばかった。


「それで、お二人はどうしてこんなところで魔物狩りなんてしていたんです?」

「いや、どうしてというか、普通に生きる為だが」


 なんだろう、変なことを聞いて来るな。

 この森で生きるために狩りをするのは普通の事じゃないか?

 いやまあ、実際は依頼の為だし、食料もメアが水浴びしてた湖で魚が取れるから困っていないんだけどさ。


「すみません、質問が分かりにくかったですね。なぜ我々を避けて二人だけで狩りして暮らしていたのか、という意味です」


 坊主野郎は終始柔らかい物腰で接してくる。

 敏腕執事とか、そんな感じ……いや違うな。どちらかというと営業をかける時のセールスマンに近い気がする。どこか、こちらも気を抜いてはいけない気がしてくるのだ。


 だが、これだけ丁寧に説明してくれても俺には質問の意図がよく分からなかった。


「いや、あんたらを避けた覚えはない……というか、今の今まで俺たち以外に日本人がいること自体知らなかったんだが……」

「なるほど、そういう訳でしたか。それはさぞ大変だったでしょう」


 まあ確かに大変ではあったな。

 ログハウス作るのとか超きつかったし、メアには殺されそうになるし。

 でも、殆どは楽しいし大変でも達成感もあった。


 ……が、こいつが言っているのはそういう事ではなさそうだ。

 なんか同情っぽい視線を向けられてるし。


 しかしなんだろう、やっぱり胸の内がざわつくなぁ。

 いかにもDQNみたいな風貌の男たちを引き連れているからだろうか。

 ……いや、違うな。異常を感じているのはもっと本能的な部分だ。

 表現しづらいが、丁寧さが逆に気持ち悪いというか。

 あー、あれだ。ホームレスに生活保護を取らせて食い物にする業者とかいるだろう。ああいう感じの胡散臭さが透けて見えるのだ。

 高校の時、内心稼ぎでボランティアしに行った炊き出しの現場でそういう手合いを見た記憶がある。


「よかったら、私たちの拠点に来ませんか? 今回の転移の被害者は、全員そこで暮らしていますから」


 転移の被害者?

 するとこれは、ランダムに飛ばされるタイプの転移だったのか? 

 クソ、せっかく俺だけが特別なのかと思っていたのに。

 こいつの口ぶりからするとそれなりの人数が転移しているのだろう。


『オウガイさん、どうしますか? 私、この人あんまり好きじゃないんですけど』

『奇遇だな、俺も全く同じ意見だ。だが……』


 この坊主は信用できない。

 日本人とも、正直あまり関わりたくない。

 だが……ここで目を背けると永遠に転移時の状況とか、異世界人の能力とか、そういう自分の置かれた状況を客観視する機会がないかもしれない。

 舞台設定を飛ばしてゲームを進めるのはオタクとして断固NGだ。

 俺自身小説を書いていたこともあって、その辺を無視するのはシナリオへの冒涜だと思っている。


 なので、 


『あの猪の討伐証明、まだ取ってないしな……あいつ、ヌシってことは他を探してもいないんだろ?』

『まあ、上位種は珍しいですからね。探せばいるかもしれませんが、結構な日数がかかると思います』

『だよな……よし、一応付いて行って、適当なタイミングで離脱するか。別に同郷だからって同じ場所で暮らす必要もないしな』


 そんな理由でメアを説き伏せて、俺は彼らに同行することにした。


 電車で数駅の距離とはいえ、多分唯一のご近所さんだしな。

 あまり敵対したくもない。

 なんせ、せっかく作ったログハウスでまだ一晩しか過ごしてないのだ。

 ご近所トラブルで強制退去とか、絶対に嫌だ。

 出来れば街で大きいベッドを買ってメアとあの家で退廃的に過ごす、という煩悩計画は諦めたくない。


「分かりました、一緒に行きます」


 俺が作り笑いを浮かべると、インテリメガネクソ坊主もにっこりとほほ笑み、


「それはよかった。私は綾小路ツカサと申します、よろしくお願いします」

「よろしく。俺は、葛西鴎外です」


 差し出された握手に応じる。


 細いインテリ野郎に見えたが、ちらっと見えた手首には血管が浮き出ていた。

 それなりに鍛えているらしい。


「では、行きましょうか」


 俺たちは不安を抱えながらも、男たちの後を付いて行った。

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