第14話 最悪の再会

 彼らの拠点は、でかツノ猪を倒したところから20分くらい歩いたところにあった。

 ログハウスからは迷わず歩いて1時間半くらいの距離だろうか。

 

「到着しました、ここが我々の拠点です」


 インテリ坊主が大仰に手を広げて指し示す。


 そこは拠点、というにはややお粗末な様子だった。

 森の中の、少し開けたところ。

 そこに最初に俺が作ったみたいな枝葉を組み合わせた簡素な雨よけがいくつも点在している。


「ここに、何人くらいいるんだ?」

「全部で52人ですね」

「それは……さぞ大変だろうな」


 52人が異世界の森で1週間生き延びたのか。

 魔法が使えるにしても、リソースは限られている。

 俺は医者だぞ! みたいな感じで命に優劣がつけられたとしてもおかしくはないというのに。


 ……あるいは既に、そういうのを終えた後なのだろうか。

 

 嫌な想像をしてしまった。


「ええ。正直余裕があるとは言えませんね。ですから、あの猪を譲っていただけたのはとても助かりましたよ」


 あの場で頼まれ、俺たちはでかツノ猪の肉を彼らに譲った。

 どうせ、肉は持ち帰れる分以外は焼いて処分するつもりだったしな。

 ただ、そのせいで討伐証明部位である両角を回収するのがより難しくなってしまった。


 ま、可食部ではないからすぐにどうこうということもないだろうし、戦力など、彼らの状況を探ってみて問題なければ返してもらうように言えばいいだろう。

 最悪、もう1体探してもいいしな。

 単に面倒というだけで、時間に追われているわけではないのだ。


「付いてきてください、案内しますよ。ま、大したものはありませんが」


 インテリ坊主が冗談っぽく笑って俺たちを先導する。

 

 拠点の雰囲気はお世辞にもいいとは言えなかった。

 出払っているのか、人々の姿はまばらで、大半が屋根の下で悲壮感を漂わせ固まっている。

 災害時の避難所のイメージが一番近いだろうか。


 俺のように異世界転移でテンションが上がる人ばかりではないと分かってはいたのだが、実際に目にするとこう、現実を突き付けられているみたいで、かなりきついものがある。


「一応、こちらに居住区と備蓄庫があり、それを囲むように獣除けの火を起こし、調理もそこで行っている、という感じですね」


 インテリ坊主が順番に指差していく。

 だが、拠点の説明はそれで終わりだった。

 冗談てもなんでもなく、大したものがない。


 てかこいつ、一応綾小路とかって名乗っていたんだっけか。

 流石に名前を聞いた訳だし呼び方を改めるべきか……

 いやでも、完全に俺の中で定着してしまっている。

 こいつは一生インテリ坊主だ。偶にメガネも付け足す。

 ま、見た目のインパクトが強過ぎるこいつが悪いのだ。


『オウガイさん、この人たち衛生面とかも結構危ういですよ。……森が、少し怒ってます』

『確かに、スラムとかそんな感じの臭いがするな……』


 メアの念話に、俺も同意する。


 しかしどういうことだ?

 石鹸はないが、簡単な水魔法があればここまで酷い衛生状況にもならないだろうに。


「向こうに私たちの家があります。まずはそちらでゆっくり話を――」

「……葛西?」


 にこやかに誘ったインテリ坊主の声が、不意に遮られた。


「やっぱり! 葛西だよね!?」


 声を掛けて来たのは女だった。

 吸い込まれそうな深い黒髪をティアラのように編み込んだ、小動物のようにちみっこい女。

 弾んだ声で駆け寄り、ぱあっと爽やかな笑顔を浮かべ俺の手を取る。


「あ……? もしかして、石紅か?」


 俺は、彼女を知っていた。

 石紅 未来(いしべに みく)。

 小中9年間一緒だった同級生だ。

 顔立ちはかなり大人っぽくなっていたが、特徴的な編み込みは中学から変わっていないのですぐに分かった。


「まさか、葛西がこっちに来てるなんて……成人式にも来ないから地元で死亡説流れてたよ?」

「まあ、色々あってな」


 その色々は話すと長くなるし話したくないので適当に誤魔化す。

 しかし、こいつは変わらないな。

 昔からテンションが高くてちょこまかしてる奴だったが、まさか20を過ぎてもそのままとは。


「葛西さん、お知り合いですか?」


 インテリ坊主が柔和な笑みを浮かべて聞いて来た。

 

「ええ、本当に。どう言ったお知り合いなのか、私も気になりますね」


 それに乗っかって、メアも柔らかい笑みを浮かべて聞いて来た。


 いや、これは違う。

 目が完全に笑ってない。ていうか殺意がバチバチに漏れている。


 それを見て、気付いた。

 ずっと石紅が俺の手を握ったままなのだ。

 昔から人との距離が近い奴だったから、握られている事にすら気付かなかった。


「ああ、昔の学友だよ。かれこれ5年以上会ってなかったけどな」


 久しぶりに会う、ということを強調して説明すると同時に、さりげなく石紅の手を振りほどく。


「なるほど、そうでしたか~」


 メアは意外にもニコニコしたまま引き下がった――かと思ったら、


「……久々の再会なら、積もる話もあるんじゃないですか? 私にもちゃんと紹介して欲しいですし、向こうで話しましょうよ」


 少し逡巡して、メアが自然な口調でそう切り出す。

 傍目からはメアが嫉妬しているように映るだろう。


 だがこれは――


「そうだな。少し話そうか」


 怒っているのかと思ったが、違う。

 これはメアからのアシストだ。

 色々と不審に思える点が多い。

 インテリ坊主と話をする前にここの状況を聞いておいた方がいいだろう。

 メアさんナイス。

 

 と内心で賞賛していたのだが、


『あ、オウガイさんは後でちゃんと説明してくださいね? この子とどういう関係だったのかを、出来る限り詳しく』


 直後、念話できちんと釘を刺された。

 ていうかめっちゃ冷たい声だった。

 怖い、メアさんそれめっちゃ怖いよやめて。

 

「え、でも綾小路さんと話があったんじゃ――」

「まあいいだろ、少しくらい。二度と会えないと思ってた友達にこんな世界で会えたんだから。……いいですよね? 綾小路さん」


 俺はなるべく温和な口調で、しかし有無を言わせないよう情に訴えかける言葉選びをする。


「ええ、もちろん。構いませんよ」


 インテリ坊主は変わらぬ笑みを浮かべたまま頷いたが――俺は見た。

 ピクリと、かすかに眉間にしわが寄った事に。

 話を遮ってしまったのは悪いと思うが、一体なにに、そこまでの苛立ちを見せたのだろうか。

 

 そうして俺たちはインテリ坊主たちと別れ、居住区の隅で切株に腰掛け向かい合う。

 周囲には呆然とした様子の避難民のような風貌の人々がいた。

 しかし、その殆どが女性だ。

 彼女たちは僅かに俺たちに目を向け、すぐに興味を失う。


 なんでこんなに女性が多いんだ? 

 それとも男が奮起して女性たちを守っているとか、そういう感じなのだろうか。 

 まあいい。それもすぐにわかる。


「いやしかし、ほんと久しぶりだなぁ。懐かしいなぁ」


 俺は適当なことを口にしながら、一つの魔法を起動させた。

 だが、これは万が一の保険だ。何もなければ使わずに済むだろう。


 後は、

 

『メア、念話を石紅にも繋いでくれるか? ……後、これからする事を怒らないで欲しい。まじで。切実に』

『……念話は分かりましたけど、怒らない保証はしませんよ』


 言質は取れなかったが仕方ない。

 ワンクッション置いてあれば、今日の夜めちゃくちゃ焦らされるくらいの罰で済むだろう。多分。


 ――そして俺は、石紅に抱き着いた。


「いや、ほんとによかった。お前が生きててくれて。もう、知り合いになんて会えないかと思った……!!」


 鼻声を作り、さぞ感極まったかのような様子で。

 そしてやや強引に彼女の頭を抑えるようにして、俺の胸で口元を塞ぐ。


『石紅、聞こえるか? まずは絶対驚くな。挙動不審になるな。それが出来たら、ゆっくり俺から離れてくれ』


 そして俺は、彼女に念話で話しかけた。

 流石に驚いたようで一瞬暴れたが、それは分からないように俺が抑え込んだ。


『これは念話だ。お前も異世界とか好きだったから分かるだろ? 頭の中で念じれば俺とそこにいるメアに声が届く』

『えっと、こう?』

『そうだ。悪いが詳しく説明してる余裕はない。そういう魔法だって受け入れてくれ』


 少し離れたが、まだ石紅は俺の胸の中にいる。

 心なしか、俺の心臓に後ろからビリビリと刺すような電流が送られてきている気がする。


『メア、俺が離れたらお前は嫉妬している様子でメアをあれこれ問いただしてくれ。出来るだけくだらないことを。石紅はそれに応えつつ、念話で俺と話せ。いいか?』

『オウガイさん、流石にそれは難しいんじゃ……』

『いや、石紅なら多分平気だ。よし、あんまり長く抱き着いてても後が怖いからそろそろ引くぞ』


 俺はやっと落ち着いた、という様子で石紅から離れ、メアの隣に座った。

 その後、俺の言った通りメアが俺とはどういう関係なのか、とかを問いただしてくれている。

 というか結構な迫力だけど、あれ本気の嫉妬ぶつけてるんじゃなないだろうな。

 

 俺はにやけそうになる顔を必死に制して、二人の話を呆れたような顔で頷きながら念話を開始する。


『石紅、お前にはここでの生活について聞きたい。何か、やばそうなことがあれば教えてくれ』

『やばいって言うなら、今が一番やばいけど!? なにこれ、魔法!? ここやっぱり異世界なの!?』


 石紅は予想通り器用に念話に応じてくれたが……何故かめちゃくちゃテンションが上がっていた。

 いやまあこいつも俺と同じくらいのオタクだし、気持ちは分からなくないけど。


 ……あれ?

 

『いやちょっと待て。今まで魔法が使えるって知らなかったのか? さっきのインテリ坊主――じゃなくて、綾小路とかは普通に使ってたぞ』

『嘘!? なんでそんなことを……』


 石紅は驚き、考え込むように押し黙る。

 だがその間にも、現実では器用にメアとの会話をこなしている。


 こいつは昔からそうなのだ。

 授業中ずっと俺とふざけていたはずなのに、何故かノートは綺麗に埋まっていて、成績はほぼオール5。

 反対にこいつに付き合わされた俺は席替えまでずっと成績下位に落ち込んだ。


 まあだからこそ、この策が実行できたのだが。 


『魔法が使えることを私たちに教えない理由って何? 自分が強くなれるなら、この世界で生きていける希望があるなら、みんなだってここまで落ち込んだりしないのはずなのに――』

 

 そんな風に、メアが憤慨し始めたその時だった。


「綾小路さん、いいんですか? あいつら先に話させて。もし魔法とかスキルのことが伝わったら――」

「問題ない。近くに監視役を置いてある。話の流れが不味くなれば、俺の方に誘導させるはずだ。……だが、奴らはまだ俺たちを警戒しているように見える。利用出来るかと思ったが、最悪処分することも視野に入れておくか」

「流石、本業のヤクザは抜かりないっすね。いやぁ、早く魔法見せつけて心折ってあの女共好きに輪したいっすわ~」


 不意に、俺の耳にそんな下衆極まりない会話が入って来た。


 あー、これは、保険が悪い方に当たっちゃったな……

 俺は内心で状況の悪化を嘆く。


 石紅と話し始める前、俺は風魔法の領域、のようなものをこの拠点に広げていた。

 風魔法さんはやはり仕組みは分からないが万能で、雑音は混じるものの、遠くの音を拾ってこれたりもするのだ。実に凄い。

 原理的には、空気の振動に作用するとかそういうやつなのかね。

 風魔法さんと向き合う度に科学をきちんと学んでおかなかったことを後悔する日々だ。


 それはともかく、


『なるほど、それで女子ばっかいたわけか。……石紅、なんかあいつらお前らのこと性奴隷にしたいらしいよ。多分この生活苦で追い込んだ後、一方的に魔法の強さを見せつけて心を折るっぽい』

 

 俺は、今の会話から予想される出来事を石紅に雑な感じで報告する。

 いやだってまあ、集団転移もののテンプレ過ぎて呆れるというかなんというか……

 あーいや、これはラノベじゃなくてエ〇漫画のテンプレだったか?

 

『え……それって、かなりやばいやつでは?』

『ま、そうだろうなぁ。現状女性陣に抵抗の余地ないし』

『いや、お二人ともなんでそんな冷静でいられるんですか!?』


 この期に及んで少々ふざけたノリを引き摺った俺たちにメアからツッコミが入る。

 いやまあ、実際のところは俺も石紅も状況がやばすぎるからふざけてないと身が持たないってのが正しい。

 だってまあまあ詰んでるし。


『かといって私じゃどうすることも……あ。そうだ葛西、とりあえず私にも魔法教えてよ。この念話も。そしたら、それを私がみんな教えるから』


 確かに。魔法を覚えるってのはいいアイデアだ。

 戦闘力に差があるから支配されるわけだし。

 ハゲた宇宙人が攻めてきても、怒りで戦闘力を上げれば追い返せるのと同じだ。


 正直、最初は状況の確認が終わったら日本人とは関わらないでいくつもりだったが、こうなった以上そうはいくまい。

 葛西はかつてのオタク友達、いわば同士だ。

 というかぶっちゃけ俺がオタク全盛の中学時代クラスで浮かずに済んだのはほぼこいつのおかげだったりするので、出来る限りのサポートはしてやりたい。

 俺は受けた恩はしっかりと返す男なのだ。


『そうだな。とにかくまずは魔力を感じることだ。後は、ステータスって念じると――』


 俺が覚悟を決め、魔法の説明を始めた。

 

 ——その時だった。


「おう、がい……?」


 その声は、嫌にはっきりと俺の耳に入って来た。

 夏場の風鈴みたいな、耳心地いい澄んだ声だった。


「その不愛想な顔、やっぱ鷗外でしょ?」


 木漏れ日にきらきらと照らされて、ウェーブがかった茶髪が揺れる。

 その声に、仕草に何度ときめき、焦がれ――そして嫌悪した事か。


「……ナナ」

 

 苦々しさを込めて、その名を呼ぶ。

 

 そこにいたのは2年前、俺に最悪のトラウマを植え付けた元カノ。


 晴野七海、その人だった。


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