2章 復讐と集団転移

第12話 森のヌシ

 メアの受けた依頼をこなすべく、俺たちは森の奥へと進んで行く。



「おいメア、もうマーキングも切れたしそんなにずんずん進んで大丈夫なのか?」

 

 俺はここに来てから迷わないように慎重に行動範囲を広げてきた。

 だってそこら中似たような草木だらけなのだ。一度迷ってしまえば、居場所を掴むのはほぼ不可能だ。

 ラジオしか聞かない俺のじいちゃんにTikt〇ker100人見分けさせるくらい難しいと思う。


「そんなに心配しなくても、私エルフですから。森の中で迷ったりはしませんよ」


 調子に乗りやすいメアが、なんでも無いことのように言っている。

 どうやらこの世界でもエルフはしっかり森の住人らしい。


「やっぱ、エルフの国って森の中にあるのか?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……私がいた王都も森の近くではありましたが、結構開かれた場所にありましたし。もちろん街や集落によってはエルフしか辿り着けない森の奥にあったりもしますけどね」

「意外とまちまちなんだな。てっきり森と共に生きる事に誇りを持ってる的なのかと」

「そう思われてる事も多いですけどね。んー、これは、なかなかエルフ以外の種族には理解してもらえないんですが、エルフは遺伝子的に森と、そこに住む精霊と繋ってまして。色々とそれによる恩恵があるんですよ。例えば森で迷うこともなかったり、体の調子が良くなったりとか。そのおかげで森の魔物を独占的に狩れたりするので、結果森に住んでるエルフが多いって感じです」


 どうやらこの世界は俺が思っている以上に種族適性というものが強くあるらしい。

 変な地雷を踏んでも困るし、その辺りのことは後で詳しく聞いておいた方が良さそうだ。

 出来る限りお互いを尊重し、円滑な夫婦生活を送りたい。


「ああ、体感的にはえっちしてる時に似てますかね。中に入っていると、オウガイさんのちょっとした変化も感じ取りやすいじゃないですか。耳元で囁いた時なんてあからさまに大きくなりますし。森にいると無意識レベルで、常にそれと同じように森が自分の中に入り込んでるというか、自分の一部として感じられるんですよ」

「めっちゃ分かりやすいけど説明としては0点かなぁ」


 分かりやすさが100点。そこから俺の羞恥心を煽ったのと、例えが下品過ぎるのでそれぞれ50点ずつマイナスだ。


 そんな風に俺たちが平常運転でじゃれ合っていると、


「すみません、そろそろお喋りは終わりみたいです。──いました」


 メアの纏う雰囲気が真剣そのものへと変わる。

 きりっとした横顔がめちゃくちゃかっこいい。

 この子はまだ俺を惚れさせるのか?

 もう好感度なんてとっくにカンストしてるけど。


「あれは……ツノ猪か? いや待ったでけぇ!」


 メアの示す方にいたのはこの前のツノ猪……の10倍くらいある馬鹿でかい奴だった。

 なんだあれ。下手したらゾウよりでかいんじゃないか?

 あの丸さであのでかさは、ちょっと違和感があって不気味だ。


「あれが、討伐対象なのか?」

「はい。オウガイさんが倒したやつの上位種、キングマジックキラーボアです.

この森のヌシとかって呼ばれてるらしいですね」


 随分ド直球なネーミングだな。

 だが、それはつまり、


「なあ、やっぱあいつって魔法効かない感じ?」

「効かないわけではないですよ。ただ、あの二本の角が常に耐魔法障壁を生み出しているだけです」

「……それを効かないっていうんじゃねえか」


 やっぱり魔法しか取り柄の無い俺はとは相性が悪すぎる。

 メアも魔術師だが、それとも彼女には武術の心得があるんだろうか。


「あいつ、どうやって倒すんだ? 実はメアさんって物理攻撃も強かったりするわけ?」

「いえ、まあその辺の素人よりはマシですが、あのレベルの魔物に通用するほどの心得はありませんね」


 なるほど……あれ、詰んでね?

 魔法無効の敵に対し、こちらの戦力は二人とも魔法特化。

 私文の大学生に理系の院試受けさせるのと同じくらい無理ゲーだと思う。


「というわけで! オウガイさん、あれは一人で倒してくださいね!」

 

 俺の嫁は、にこっと可愛らしく笑って夫を死地へと送り出す。


「え、なに。俺のこと殺す気なの? 俺のこと好きだったんじゃないの?」

「好きだからこそ、オウガイさんのカッコいい姿が見たいなぁって思うのは普通のことでは? そ・れ・に! オウガイさんには、まだまだ強くなってもらわないといけませんから!」


 要するに実技指南のつもりなのだろう。

 それにしたって、いきなりハードルが高い過ぎやしないか。

 俺がまだあれのちっこいの1体。それも運よく倒せただけしか戦闘経験ないんだけど。


 ……でもなぁ。

 惚れた女からこんなにキラキラした期待に満ちた目を向けられて、出来ませんとはあんまり言いたくない。

 だってメア死ぬほど可愛いし。

 可愛いは正義、男は可愛いの為に命をかけられる。

 そう、某最強ゲーマーの兄上も言っていることだし。


「分かった、やるだけやってみるよ。ま、死ぬ前に適当に助けてくれ」

 

 俺は、覚悟を決めた。

 いいぜ、カッコいい姿、見せてやろうじゃないか。

 それに、恐らく今夜も夜は惨敗だろうから、少しでもここで挽回しておきたい。

 

 俺は気配を殺し、徐々にキングマジックキラーボア……長いな。でかツノ猪でいいか。そいつとの距離を詰めていく。


「あ、一応ヒントくらいはあげますよ。あれの対魔法障壁は、無敵ってわけじゃありません。その辺りをよく観察してみてください」


 踏み出す俺の背に、メアから言葉がかけられる。


 なるほど。無敵じゃない、か。

 確かに、ちっこい方は風魔法の斬撃は無効化したが、風圧は喰らっていた。

 

 つまり、


「危険性のある攻撃に対してのみ作用する……? あるいは、斬撃は魔法と認識されたが風は自然物と認識されたか」


 呟いて、気付いた。

 そうだ、奴のは対象を識別する《対》魔法障壁なのだ。全部を止めてしまえる普通の所謂障壁魔法ではない。

 そんなの、最初から気付いていたじゃないか。 

 だから物理で殴ろうとしていたわけだし。


「あー、分かった。これだわ」


 気付いてしまえば、単純な答えだった。

 俺はギリギリまででかツノ猪に近づくと、慣れた手つきで右手を振り下ろし――風の斬撃を放った。


 狙いは猪ではない。


 奴の周りにゴロゴロ生えている、切り倒しやすそうな手頃な木だ。

 それを、まとめて8本。

 一斉にでかツノ猪の方に倒れるように調整した。

 ログハウスを作る為に100本以上切り倒した俺にとって、向きを調整して木を倒すのは朝飯前だ。


 そうして8本もの大木が一斉に別方向から押し寄せ、でかツノ猪はあっさりと下敷きになった。

 まだ息はあるようだが、木々が絡み合い完全に身動きは取れそうにない。

 後は石槍でも作って滅多打ちにすればその内倒せるだろう。


「こんなもんでよかったか?」


 俺はメアの方を振り返り尋ねる。


 だが彼女は何故かわなわなと震えていて、 


「な、なんでそんなあっさり倒してるんですか!? というか周りの木一斉に差し向けるとか反則もいいところですよ! どうやったらそんな芸当が出来るんですか!? 本来なら必死に戦って、ツノの間の眉間だけ障壁が干渉し合って不安定なことに気付いて、魔物の弱点を掴む訓練をしてもらおうと思っていたのに……!」


 どうやらメアは俺の育成計画を密かに考えていたらしい。 

 俺はあの可憐な笑顔に一杯食わされたわけだ。

 ま、この程度のじゃれ合いなら何度騙されても構わないが。


「そりゃ、俺はここに来てから殆どの時間木切り倒してたし。数本まとめて任意の場所に切り倒すくらい出来るだろ」

「普通は出来ないからこんなに取り乱してるんですよ!」


 ログハウス作りの成果が認められたみたいでちょっと嬉しいな。

 

「それで、どうだった? 旦那はかっこよかったか?」

 

 少々気持ち悪いと思いつつ、俺は格好つけて聞いてみた。


「それは………………はい」


 不意を突かれたのか、耳まで真っ赤にしてメアは消え入るような声で頷いた。

 やばい可愛い。俺の嫁可愛い。今すぐ襲いたい。


 そんな気まずくも甘ったるい時間を過ごしている最中だった。


 突然ガザ、と何かを押し退ける音がしたかと思うと、


「お、お前ら何者だ! ここで何してやがる!」


 複数の男が現れ、俺たちを取り囲んだ。

 叫ぶ男の手のひらには、火玉が形成されている。

 けれど俺の顔を見て、あ、と呟きすぐに炎を消した。


「お前、もしかして……」


 ——男たちは全員、日本人だった。

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