第8話 求婚②
「ここは……?」
「俺の家だ。といっても、今日完成したばかりなんだけど」
「これを、お一人で……?」
ログハウスの中で、少女は物珍しそうにあたりを見回している。
流石にあのまま森の中で抱き合っている訳にもいかないので、湖に少女の服を取りに戻り、そのまま家へと連れ込んだ。
ということで少女はもう全裸ではない。
めちゃくちゃ残念だが、あのままだと理性が持たなかったのも事実なので仕方がない。
土魔法で作ったボウルで木の枝を燃やした即席の灯りがちらちらと少女を照らし出す。
近くで見ると、少女は更に美しい。
むしろ、自分の物にしたいという欲求が全裸の時よりも強く溢れてくる。
って、ダメだダメだ。興奮してる前に、俺には何よりも言わなくてはならない事があるのだ。
「あの……ごめん! 君の事を覗くつもりはほんとになかったんだ。魔物か何かだと思って見回りに行っただけで――」
「あ、そのことならもういいです。気にしてませんから」
「え……? でも、裸を見られたからあんなに怒ってたんじゃないのか?」
あの害虫を見るような氷点下の眼差しは今でも脳裏に焼き付いている。
さっきは殺されそうで余裕がなかったが、今思い返すとこの天上の美少女からあんな目を向けられていたとは……正直ゾクゾク来るものがある。
「それはそうですけど、もう怒る理由もありませんから。むしろ、どうでした? 私のカラダ。興奮しました? 胸はあんまりないですけど、スタイルには自信あるんですよね」
少女はにやりと蠱惑的な笑みを浮かべ、ずい、とこちらに身を乗り出してくる。
え、なにこれ。どういうこと? 興奮したかどうか? いやまあ、それは……
「そりゃ、今日死んでいいって思うくらいには興奮したが。後胸はあれくらいが好みなのであしからず。……いや待て! なんでそんなぐいぐい来てるの? 状況が全くつかめないんだが」
「え~? 別に、おかしいことじゃなくないですか? 夫婦なら、そういうこともするでしょうし」
「夫婦……?」
聞き慣れない単語が聞こえた気がする。
いや、さっきなんか似たようなことを言われた気がするな。
結婚してくれだとかなんとか……
それに対して俺はなんて返した? 確か……、
『えっと……ぜひ、お嫁に貰ってください?』
あ、言っちゃってるわこれ。しかも俺が貰われる側になってるし。
突然過ぎて完全に思考が停止していた。
「あの」
「はい、なんでしょうか旦那様?」
少女の満面の笑みを見るのが辛い。尊い。罪悪感が凄い。
「結婚って、本気で言ってた?」
「もちろんです」
「なるほど……いやあの、申し訳ないんだけどさっきは脳が働いてなかったというか、理性が溶けてたというか、いやそれも主に君のせいなんだけど。とにかくもう一回ちゃんと話し合いたいんだが……」
そこまで口走って、しまったと思った。
少女の目の端に、涙が溜まっているのが見えたから。
「あ、えっとごめん! 泣かせるつもりは――」
「あははは……いや~、確かにさっきのは急でしたし、私が突っ走っちゃった感がありますから。戸惑われるのも分かります。でも……一世一代のプロポーズがなかった事にされるのは流石に傷つきますね……」
少女の顔は、明らかに失望に染まっていた。
その上でこちらを気遣ってもくれている。
最低だ。こんなに可愛くていい子に、こんな顔をさせているのか。
誰だそいつぶっ殺してやる。……いや俺じゃねえか。
結婚? むしろウェルカムどころかディズニーばりの大パレードでお出迎えするレベルだ。
問題なんて、出会い頭に殺されかけて、まだ殆ど話したこともないとかそのくらいの些細なものだ。
元々目が覚めたら隣に美少女が居て欲しいとかほざいていたじゃないか。夢がかなった。万々歳だ。断る理由はない……はずなのに。
「悪いけど、一回冷静に話し合おう。そっちにも事情はあるんだろうが、結婚の件は、一度保留にしてくれ」
冷や水を浴びせられたように、自分の胸の内からスーッと感情が引いていくのが分かる。
酷いことをしているという自己嫌悪で、胃がムカムカする。
――それでも、俺には少女を受け入れる事が出来ない。
『あー、ごめんね? でもほら、仕方ないことってあるじゃん?』
脳内に、まるで呪いのようにあの日の言葉が反響する。
例え死ぬほどドタイプな美少女エルフでも、彼女と触れ合えるならもう死んでいいと思える程だとしても。
その先にある裏切りの恐怖を、苦しみを、俺は知ってしまっているから。
それでも保留というあたり、未練がましいが。
「……あは。やはり、あなたレベルの強者にはお見通しでしたか」
そして、嬉しくない事に少女が本性をあらわす。
涙も失望もさっと引き、代わりに最初の蠱惑的な笑みが浮かぶ。
やはり、こうなるのか。
俺は自分の不遇な人生を深く呪った。
だがしかし、
「分かりました、事情を全てお話します。その上で……必ず、あなたを私のものにしてみせますから!」
直後少女が浮かべたのは、不敵で爽やかな笑みで。
そのあまりの格好良さに、俺は心の奥がズンと揺れ動くのを感じた。
……あ、やばい濡れそう
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