第7話 求婚①

 ズガン!!! と凄まじい音を立て、白い光と共に地面が爆ぜる。

 


「はぁ、はぁ……くそっ!」

 

 俺は今、走っていた。

 全速力で、死に物狂いで。

 だってそうしないと、一瞬前にいた場所に雷が落ちるのだ。


「無理無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 やばい。あれは絶対にやばい。喰らったら即死のやつだ。

 俺は初めて生命の危機を感じ、それはもう必死こいて逃げていた。


「あはははは! ちょっと前まで死のうとしてた奴が滑稽だなおい!!!」


 恐怖で頭がおかしくなって、変な笑いがこみ上げてくる。


 とにかく何とか時間を稼ごうと、後ろに向かって闇雲に土壁を乱立させる。

 おかげで何発かは当たらなかった。

 むしろ、それが無ければ俺に当たっていた。 

 やばい。もう何度玉ひゅんしたか分からない。


「くそ、夢の異世界生活だったってのに!」


 雷を放ち、俺を殺そうとしている者の正体は、湖で見た少女だ。

 全裸の少女がゴキブリでも見るかのような侮蔑の表情を浮かべて、ひたすら即死攻撃を放ち続けている。

 

 普段ならその表情に興奮するところだが、今はそんな余裕はない。

 雷と土壁では、速度が違い過ぎるのだ。

 このままではいずれ当たってしまう。

 

 ——いちかばちか、賭けに出るか? 

 防ぐ手を止めて、最大の風魔法を叩き込めば逃げる隙が出来るかもしれない。

 このままジリ貧になるくらいなら、いっそ――


 そう思った時だった。


 パァンと花火のような音がして、俺の視界が真っ白に染めあげられる。

 今までの雷光とは違う、視界を埋め尽くす凄まじい光。


 その直後、信じられない程の熱が頬を焼いた。



「あっぶねぇ……閃光魔法か」


 間一髪横っ飛びに避けたが、頬が薄く裂かれたみたいでピリピリする。

 何より、闇雲に動いたせいで足は止まってしまった。


「——っ」


 少女と正面から対峙する。相変わらず全裸だ。

 森の中は暗くて見えにくいが、月光が届く度に白い肌が見えるのが焦らされてるみたいでエロい。


「じゃねえ!」 


 危うく色香に惑わされるところだった。


 どれだけ可愛くてエロくても認識を改めろ。少女は俺を殺そうとしてきたやばいやつだ。

 今はただ一時、こちらの出方を伺っているに過ぎない。

 すぐにまた即死の雷が飛んでくるだろう。


 戦えば、恐らくこちらが不利だ。

 彼女は現地人みたいだし、閃光魔法みたいに俺の知らない魔法を幾つも知っているだろう。どこの世界でも初見殺しは最強だ。

 そうなると、とにかく先手で風魔法を叩き込むしか術はないだろう。

 とはいえ、こんな美少女を攻撃するのも気が引けるんだよなぁ。

 なんとか対話出来ないだろうか。


 と思っていると、


「……あなた、一体何者なんですか?」


 なんと向こうから声を掛けて来た。

 からん、と高級なグラスを優雅に揺らすような、綺麗な声をしている。


「えーっと……何者とは?」


 質問の意図が分からず、俺は聞き返した。

 異世界から来たとかなんとかは説明しづらいしなぁ。


「とぼけないでください! 私の雷撃をあれだけ捌いてみせたんです。一般人なわけがありません! さぞ高名な魔術師なんでしょう?」

「いや、全然違うけど……高名とか言われると照れるな」


 ロクに考えもせず、思考が口に出てしまう。

 駄目だ、全裸に惑わされてるのもあるが、純粋に綺麗すぎて彼女を前にすると心臓の鼓動が加速して思考がぐちゃぐちゃにになる。


「つまり、どこかの宮廷魔術師とか、凄腕冒険者とか、この森で長年研鑽してる賢者とか、そういうのでもないと?」

「まあ、そうなるな。色々複雑なんだが、目が覚めたらいきなりこの森にいたんだよ。魔法も使い始めて5日だ。それより、話をするなら服を取りに戻らないか? さっきから目のやり場に困って――」


「——見つけた」


 少女は呟き、ふわりと駆け出した。


 それはまるで、夜を彩る白い妖精のようで。

 呆然と見惚れていると、胸元にぽす、と柔らかな感触。

 気付けば少女が俺の胸に密着していた。

 

 ……全裸で。何度も言うが、全裸で。


「ちょ、ふぁっ!? あの、何して――」

「見つけた、私の旦那様」


 少女は俺より背が低く、胸元にすっぽりと埋もれて上目遣いに見上げてくる。


 無理無理無理無理! なにこれどういう状況!? あ、水浴びしてたからまだちょっと濡れてる……じゃなくて! え、俺今日死ぬの? いやむしろここがアスガルドだ。死ぬなら今しかない。


「って……ダンナサマ?」


 聞き慣れない単語に、少しだけ俺の意識が戻る。


「はい! どうかお願いします、私と結婚してくれませんか?」


 少女はパッと、満開の桜のような可憐で儚げな笑みを浮かべて俺を見上げる。

 潤んだ瞳と、その笑みの破壊力。そして何より全身に伝わる少女の『じか』の体温に、俺の理性は溶かされていき、


「えっと……ぜひ。お嫁に貰ってください」


 ドロドロに溶けた頭で呆然と、俺はそう返事をした。

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