第6話 覚醒
森に来てから5日が経過した。
ツノ猪の肉によって食糧問題が解決したのをいいことに、その間俺はひたすら家の制作に打ち込んでいた。
そして、
「っしゃあ! これで完成だ!」
5日目の今日、遂にまともな住居を作り上げる事に成功した。
3メートル4方のそれは、ログハウスというより丸太小屋という名前が似合う。
風呂無しトイレ無しのワンルームと、現実なら絶対住みたくない不便な物件だ。
しかし、
「壮観だ……ふつくしい」
俺は目の前の不格好な丸太小屋に胸を打たれていた。
初めて拠点を作った時もそうだが、やはり一から何かを作り上げるというのは達成感があるな。うん。
メジャーなんてないから1本基準となる丸太を作ってそれに合わせ、釘もセメントもないから木と木の接する面に溝を掘り、そこをハンマーでぶっ叩いてはめ込んだだけの簡素なつくりだ。
一応、基礎だけは土魔法でそれなりにがっしり作ったので形にはなっているが、上に行くほど丸太を短くしなければならなかった屋根なんかは、正直左右対称という言葉に土下座したくなる程不揃いだ。
ひとしきり眺めた後、鍵も何もないただ回るだけのドアを開けて中に入る。
「この床が苦労したんだよなぁ」
外装だけなら風魔法で簡単に加工出来るのでさほど難しい作業ではなかった。せいぜい丸太を運ぶとハンマーで打ち込むのがきつかったくらいだ。
だが、床は違う。基本は作った基礎の上に更に角材を渡しその上に板を張るのだが、これが上手くいかない。
根太だの大引きだの、基礎からしてなんとなくの知識で作ったから少しの隙間でガタガタになったり、強度が足りなくて歩いてみたら床がひっくり返ったりと、かなり苦労した。
サバイバル動画だと外装作って数日過ごしてさようならだからな。仕方ないっちゃしかたないが。
結局部分部分で木材をカットしたりつなぎ合わせたり、最悪土魔法で補強したりと試行錯誤の末、なんとか板の間を作ることに成功したのだ。
直接地面に寝るとなると虫とか寒さとか色々怖いし。
「けど、これで当面のやるべき事がなくなっちまったな……」
俺は土魔法と洗って乾かした枯草で作った固いベッドに腰掛け、ため息を吐く。
やる事がなくなった途端、ずっと考えないようにしていた不安が襲って来るのだ。
それはつまり――
「やっぱこれ、夢じゃないんじゃね!?」
というものだ。
だってそうだろう。夢の中で5日も寝起きすることあるか普通!?
「もしかしなくても、本当の異世界なんじゃ――」
いやいや、そんなまさか。
いやでも、もし本当なら。
まあ、本当は3日目辺りからおかしいなとは思っていたのだ。
だが考えれば考える程に思考は堂々巡りに陥り、とにかく手を動かして不安を紛れさせようと丸太小屋の制作に勤しんでいたのだ。
だが、それもたった今完成してしまった。
いい加減逃げ続けるわけにもいかないだろう。
「つってもなぁ、魔法のある異世界だぞ? そんな美味い話があるのか?」
ファンタジーが大好きで現実でニートやってるクソ野郎が、偶々望んでいた魔法のある異世界に転移する。そんなの、話が出来過ぎている。
それならまだ、ただの長い夢でした!って言われた方が納得がいく。
とはいえ頬をつねっても痛かったし、セルフビンタしてみても痛かったし、風魔法で軽く皮膚を裂いた時なんて痛すぎて嗚咽混じりに泣き喚いた。
痛覚のある夢、という可能性はまだ残っているがそれにしたって感覚がリアルすぎる。
「それに、5日だ。 もし本当に長い夢だとしたら、それはそれでやばいだろ」
時間の流れが速くなっている訳でもない。しっかり朝昼夜、現実と同じ感覚で過ごしている。
仮にこれが夢だとすると、俺は5日間昏睡状態だということになってしまうのだ。
「どっちにしろあんまりいい状況じゃないってのは確かだな……」
自分の命が脅かされているという意味ではどちらでも同じだ。
にもかかわらず。
俺の心は不思議と高揚感に包まれていた。
「どうせ、戻ったところでロクな現実じゃないしなぁ」
他人にも自分自身にも失望して、せっかく入った大学も放り出し、ただ毎日を無為に消費するだけの引き籠り。
ゲームをするか小説を書くくらいしかやる事もなくて、それもやり尽くしてしまって。
どこか綺麗な場所を探して身を投げよう。
あの日はそんな気持ちで電車に乗っていた。
夢ではないと思い始めた今、世界が変わっても己に失望する気持ちは変わらない。
「だけどもう少し、せめて飽きるまでは魔法で遊ぶのも悪くないかもな」
せっかく憧れの魔法が使えるようになったんだ。死に急ぐこともないだろう。
「それじゃまあ、夕飯まで魔法の練習でもするかな」
まだまだ試してみたいことがいっぱいある。
俺は少し心が軽くなったように感じながら、小屋の外へと向かう。
ここ数日、作業と並行して練習した結果、俺のステータスはこんな感じになった。
――――――――――――――――――――――
【ステータス】
・名前 葛西鴎外
・性別 男性
・年齢 21
・健康 良
・レベル 1
【スキル】
・純粋無垢
・風魔法Ⅲ
・土魔法Ⅱ
・水魔法Ⅱ
・火魔法Ⅱ
・雷魔法Ⅰ
・氷魔法Ⅰ
【装備】
・ボロボロの異世界の服(最低)
――――――――――――――――――――――
普段使いの多い魔法は全てⅡへと上がり、風魔法に至ってはⅢになった。
どうやらこの世界の魔法はスキルレベルが上がる程使用魔力が減り、威力や強度などの調整の幅が広がっている……っぽい。
ぽいというのはあくまで俺の体感でしかないからだ。
相変わらずステータスにはMPとかINTとか表示されないからな。そのせいで俺自身の魔力量が上がっているのかどうかは、いまいちわからないままだ。
それから、レベルについてもよく分からない。倒した魔物はツノ猪だけだが、結局1のままだ。
魔法耐性が高い魔物なんて、それなりに経験値がもらえてもいいと思うんだが。
後服の記述が酷い。低級の次がなんで最低なんだよ、せめて級くらいつけてくれ。
「しかし、そう考えると戦闘を、何より殺しを経験できたのは大きいな」
ツノ猪との戦いでは夢だと思っていたからあんな思い切りよく魔法をブチかませた。
もしこれが現実だと認識した後なら、戦いを挑む事も、生物を殺す事も踏ん切りがつかず、迷っている間にサクッと殺されていたかもしれないのだから。
ともあれ、魔法の練習を始めようか。
「とりあえずは、領土拡大からだな」
レベルはⅡだが、風魔法の次に使って来たのが土魔法だ。
丸太小屋を中心に四方を囲んでいた壁は、今では高さ3メートル、厚さも40センチはあるかなり立派なものに仕上がった。
そして俺は今、更にその外側に半径50メートルくらいの円形状に壁を作っている。
巨人はいないが、気分は壁の王だ。
「安全な範囲は広い方がいいしな。こっちは質に拘ってないし、土壁の形成速度を上げるいい練習になる」
攻撃はどの属性でも出来るが、防御に優れているのはやはり土だろう。氷壁でも代用は利くが、それは戦闘時の話だ。温かい今の季節に氷の壁を築いても、数日で溶け消えてしまう。
そうして俺は土の壁を広げながら、道中ある邪魔な木を色んな魔法で薙ぎ倒していく。
数日使ってみて分かったが、この世界の魔法には明らかに優遇不遇がある。
優秀なのは風、土、雷の3種類。
風はもはや言わずもがな、なんにでも使えて便利な上殺傷力が高い。
土は作り出したものが場残りするのが群を抜いて優秀で、質量を用いて攻撃にも防御にも使える。これも万能枠だな。
そして雷。こいつは攻撃にしか使えないが、威力と速度が圧倒的だ。生活上必要ないのでレベルは上がっていないが、今後は重点的に鍛えていくべきかもしれない。
逆に不遇なのが火、水、氷の3つだ。
それぞれ生活には欠かせないのだが、如何せん戦闘となると使いづらい。
火は森にいるからというのもあるが周囲を巻き込む危険があるし、水は単純に威力不足だ。氷はこれといって欠点はないのだが、どうしても土の下位互換という感じが否めず優先的にレベルを上げる気にはならない。
俺の好みが出てないわけじゃないけど、概ねはこんな感じのはずだ。
「もちろん全部試してみたいんだが……どうしても風ばっか使っちゃうんだよなぁ」
各属性で倒した木を風魔法で薪や木材へと加工しながら呟く。
魔法は全部好きだが、俺は特に風魔法にロマンを感じる。
攻撃は視認しづらいし、用途は広い。
「何より、極めたら空飛べるかもしれないしな!」
風を操り自在に空を駆ける。うん、やはりロマンの塊だ。
実際はかなりの魔力消費が必要になりそうなので、まだまだ先は長いが。
「とりあえず継続的な生活基盤を作るのと魔法の練習を続けるのと……後は、なんだ?」
今後やるべきことを考えていると、どうにも頭が回らなくなってきた。
ここ3日夢じゃないかもしれないっていう不安感に駆られながらほぼぶっ通しで作業してたからな。流石に疲れた。
「とりあえず、少し……眠……ろう」
言い終わるのと眠りの落ちたのと、どちらが早かったか。
久々に屋根の下で眠れる安心感から、俺は横になった途端眠りに落ちてしまった。
***
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
魔法以外は原住民みたいな文明力しか持たない俺だ。当然小屋には灯りなんてない。
「やばい、火も起こさずに寝ちまった」
ここに来てから夜は特に魔物除けの焚火は絶やさないようにしていた。
いくら周囲を壁で覆っているとはいえ、慎重に動こう。
俺はドアを少し開け、周囲の気配を探る。
外は曇っているようで月明かりもなく、何も見えない。
「一応、念のため」
俺は隙間からゆっくり動く火の球を放ち、辺りを見回す。
灯りの下でも特に問題はなさそうだ。
「ふぅ……」
夢じゃない可能性に気付いてから、行動が一々慎重になっている。
俺は警戒を解かずに外に出て、なるべく急いで薪を組み上げて火を付けようとした。
——その時だった。
パシャン、と微かな水音が木々の奥から響いた。
「なんだ?」
俺はしばらく固まったまま耳を澄ますが、もう何も聞こえなかった。
「幻聴か……?」
森の中は色んな音がする。不安に思うあまり、過敏に受け取ったり、幻聴が聞こえたりしても不思議ではない。
とはいえ、ここ数日の森暮らしで俺の五感が鋭敏になっているのもまた事実。
「万が一があるからな……」
俺は火をつけるのを止め、近くに立てかけてあった石槍を持って防壁を超える。
石槍は、拾った石を割り、それを木を削り出した柄の先に土魔法でがっちりと固定したものだ。
ツノ猪のように魔法耐性がある魔物がいた場合、物理的な攻撃手段は必要だからな。
拠点から南に5分ほど歩くと、そこには池と呼ぶには少し大きいくらいの湖が広がっている。
近くで水音がするとしたらここしかない。そう思ったのだ。
「——っ、やっぱり、なにかいる」
俺は息を殺して身をかがめ、茂みに隠れて少しずつ距離を詰める。
影は時折水を跳ねさせながら何やら蠢いている。
結構でかいな。ツノ猪の倍以上、人間と同じくらいのサイズがあるかもしれない。
「ていうか、もしかして――」
言いかけて、言葉は呼吸ごと止まった。
雲の間から不意に差し込んだ月明かり。
その光が照らしだした光景に、何もかもを奪われてしまったから。
――そこにいたのは、少女だった。
白光に映える朱色の髪をした、少し耳の尖った美少女。
その美少女が一糸まとわぬ姿で水浴びをしていたのだ。
月光に濡れ、水の滴る真っ白な肢体は折れてしまいそうな程に細く、凹凸は少ない。にもかかわらず、この世のどんな美しいものでも彼女には決して叶わない。そう思わせられるほどに綺麗だった。
ばくん、ばくんと、心臓が飛び出そうな程に鼓動の1回1回が激しく、そして異常な早さで脈を打つ。
「欲しい……」
彼女が欲しい。
他には何もいらない。
何もかもが、それこそ世界が壊れてもいい。
気付けば俺の思考はただそれだけに染まり、ふらふらとした足取りで前へと踏み出した。
気配を殺すとかはもうどうでもよくて、踏み荒らした茂みがガサリと大きな音を立てた。
その直後。
「——っ⁉」
振り返った彼女の手が何事か光りながら素早く閃くと同時。
俺の視界は、真っ白に染め上げられた。
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