第5話 解体と食事
「ぜぇ、はぁ……よ、ようやく戻ってこれた……」
ツノ猪を運ぶのは死ぬほど大変だった。
片道30分。グラウンドの整地ローラーの3倍くらい重たい塊を引き摺って歩く。
新しい拷問を開発したかと思ったレベル。二度とやりたくない。
道中他の魔物に出くわさなかったのがせめてもの救いだ。
「もう疲れて死にそうだが……幾つか先に済ましておかないとな」
ツノ猪と戦って思った。この森、思ったより危険なのではないかと。
火を起こしていれば寄ってこないのは普通の獣までだ。あの風魔法に耐える猪がいるのだから、火を恐れない魔物がいても不思議ではない。
「とりあえず……」
俺は仮組みの丸太小屋を真ん中に4面、周囲の木から木へと土魔法で防壁を作り上げた。
魔力がごっそり持っていかれた上に、不慣れな土魔法の壁は厚さだけはあるが不格好だ。
まあないよりはマシくらいのものだろう。
「道中他に魔力を使ってたらこれで倒れてたかもしれないな……」
突然気を失った昨日と違い、今日はなんとなく魔力の減りが感じ取れるようになった。
初めての感覚だからそう当てにも出来ないが、弱めの魔法なら後4,5発は使っても平気だろう。
「1発は火起こしに使うとして……残り4発くらいでこいつを捌くのか……」
俺はとりあえず薪を組み上げて火を起こすと、ツノ猪の死体を見下ろし、悩む。
因みに薪は丸太を作る時に余計な枝がたくさん出たのでストックは十分ある。
「えっと、確かこんな感じで吊り上げるんだったか?」
俺は近場の木の枝に何本かの蔦をまとめ、頭を下にしてツノ猪を吊り上げる。
そして小さめの風魔法を首元に放った。
「触ってそれっぽい所に撃ったが、上手い事頸動脈を切れたか」
所謂血抜きだ。
死後一時間くらい経ってしまっている為少し心配だったが、しっかり血が流れてくれたので安心した。
そこからしばらく置き、表面を水魔法で洗い流す。
確か、ダニとか皮膚についた虫の処理だったか。
これで、魔法は残り2発。
「んー、運んでる時は風魔法を乱用すれば何とかなると思ってたけど、後2発じゃなぁ」
ツノ猪はそこそこデカい。内臓を傷つけないよう精密な風魔法を使い続けるには魔力が足りないのだ。
仕方ない、プラン変更だ。
俺は土魔法を使い、なるべく鋭利な刃を作り出す。石のナイフならぬ土のナイフだ。
何となく土でナイフを作るのは無理じゃないかと思ったが、イメージだけで風魔法を鋭く出来る事を思い出し、試してみたらうまくいった。
「そう考えると、最初の風魔法は余計だったな」
ナイフが作れるなら魔力が温存できたのに。
まあいいか。解体も後1発、最後に魔法が使えれば何とかなるはずだ。
俺は皮を切り裂いてナイフの切れ味を確かめつつ、慎重に尻の方から刃を入れていく。
こうして腸や内臓を取り除く事で肉が汚染されないらしい。
慎重に慎重に、息が止まる程の緊張感の中俺は作業を続ける。
そして、
「よっし! 終わったぁ……」
終わると同時、情けない声と共にその場にへたり込んだ。
1,2回内臓を切ってしまったが、何とか内臓を取り除くことが出来た。
ずぶの素人の俺でも猪一頭捌けたのだから、本当にYouTubeさまさまだ。
「おっと、最後にっと」
俺は正真正銘最後の1発、なけなしの魔法を使って可食部だけになった猪に大量の水をぶっかけた。ここまでやって、本当の解体終了だ。
「そういやこいつ、死んだ後は魔法も普通に通じたな。皮とか、魔法耐性のある上着に加工出来たりするかと思ったんだが」
死ぬと魔力供給がなくなって耐性も消えるとかなんだろうか。
もしくは、あの角に秘密があるのかもしれない。
一応初討伐記念と、証明部位とかになるかと思って角は分けておいた。
「まあどうでもいいや。もう腹減って限界だし」
俺は幾つか切り分けた可食部の塊を持ち、焚火の傍へと急ぐ。
2本の枝を地面に突き刺し、更に1本を肉に貫通させる。そして物干し竿のようにして焚火の上に置いた。
あれだ、所謂モン〇ンの肉焼きだ。疑似マンガ肉だ。
そこからは焦がさないように肉をぐるっと一周焼き上げると――俺はそのまま豪快にかぶりついた。
「あっつ! 味うっす! けどうめえ!」
塩コショウも焼肉のたれもないので、肉の味だけだ。
けれど、くどくなく程よく油が乗っていて肉としてはかなり上等だ。
そのまま俺は一周食べ、赤みが見えると火に戻してを繰り返し肉を食べ続けた。
「臭みも……まあ多少だな。空腹なら気にならない程度だ」
何よりも空腹が最高のスパイスとなり、俺はあっという間に人くらいの肉の塊を食べきってしまった。
「いやぁ、美味かった。美味かったが……俺、こんなに胃の容量あったか?」
普段は飯なんて1日1食だ。昔友人と焼肉を食べに行った時も2皿目で胃が気持ち悪くなった。
「まあ、夢だしな。せっかく取った肉を残すってのはなんか面白くないか」
説明のつかない事は全部夢パワーで納得である。
そうして、パンパンに膨らんだ腹で温かな火の傍にいればすぐにぐらりと意識が揺れ始める。
「あ、やば……」
どうにか歩を進め、屋根なしの仮組み小屋に辿り着くと同時。
俺の意識はストンと暗闇に落ちて行った。
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