第9話 求婚③

 水を飲んで一息つき、俺たちは机を挟んで向き直る。



「私の身の上話をするのはいいんですが、その前に名前を教えて貰えませんか?」


 少女に言われ、そういえばお互い自己紹介もしていないことを思い出す。

 まあ、ここまでの展開が怒涛過ぎたので仕方ない。


「失礼。俺は葛西 鷗外(かさい おうがい)だ。よろしく。えっと――」

「私はメア・フィルローズです。ぜひメアと、そう呼び捨ててください。よろしくお願いします、葛西」


 名前を聞けて喜んでいるのか、満面の笑みで苗字を呼び捨てにされる。

 しまった、言語は通じているが文化は違うのか。


「すまん、家名が葛西で名前が鴎外だ」

「なるほど、極東出身の方でしたか。道理でその黒髪……」


 少女改めメアは言いにくいのかオウガイ、オウガイ……と何度も発音を確かめている。


「いやまあ違うが。出身は異世界だし」

「あ、そうでしたか。不勉強ですみません」


 ちょっと勇気を出してカミングアウトしたのだが、意外とあっさり受け流されたな。

 この世界、意外と異世界出身者が多かったりするんだろうか。


 と思っていると、


「すみません今さらっととんでもないことを言いませんでしたか?」


 メアは目をぱちくりさせて固まっていた。


「あー、やっぱり異世界人ってそんなにいない?」

「いませんね。少なくとも私が知る限り、何百年に1度現れて世界を救うとかそういう、伝説レベルです」

「そっか、じゃあやっぱ忘れてくれ。俺は極東出身って事で」

「無理ですね。話してください」


 笑顔で促してくるメアだが、目が笑っていない。

 美人からかけられる圧というのは、なかなかいいものだ。


 ま、事情があるにせよ女の子を泣かせたのは事実だ。

 せめてもの贖罪にこれくらいの情報開示はいいだろう。


 それに、俺にとっても彼女は初めて接触した異世界人だ。ある程度友好的であるなら、自分の置かれた状況を確認しておきたい。


「話せと言われてもなぁ、俺自身よく分かってないんだよ。気付いたらこの森にいて、今日まで何とか生きて来たってだけで」

「じゃあ、その元の世界で凄い人だったって事ですか? 自慢じゃないですけど、私結構も凄い魔術師なんですよ? それをあっさり退けたんですし」

「あっさりじゃねえよだいぶ死にそうだったよ! でもそれも違う。俺のいた世界は魔法なんてなかったしな。魔法の練習始めたのはここ数日だ」

「す、数日……」


 メアが驚愕に目を見開いている。

 凄い魔術師らしいし、数日の俺に負けたのが悔しいのだろうか。


 いやまあ、心当たりはある。例の《純粋無垢》さんだ。

 でも切り札を明かすほど、俺は彼女を信用してはいない。

 何か聞かれたたら適当に誤魔化そう。そう思ったのだが、


「め、めちゃくちゃ凄いじゃないですか。ここから更に強くなるかもしれないとかもう反則ですよ。やっぱり今すぐ私と結婚してください!」


 興奮気味に俺へと詰め寄って来る。

 ええい近い近い良い匂いがして興奮する……じゃなくて。


「そ! れはそっちの話を聞いてから考えるから。さ、話してくれ」


 残念に思う心を叱咤して、俺は彼女を押し退ける。

 メアは頬を膨らませて、渋々自分の席へ戻っていく。可愛い。


「私もまあ、大した話じゃないんですけどね。ちょっとエルフのお姫様で、政略戦争の末に命からがら逃げてきて、一緒に戦ってくれる超絶強くてカッコいい旦那様を探してるってだけです」

「あー、まあそんな感じだと思ってたけど大体合ってたな」

「あれ全然驚いてない!? 結構凄い事言った自信あったんですけど」


 どうやらさっきの意趣返しがしたかったらしく、さらっと重要事項を告げてきたメアだったが、相手を誰だと思っている。

 そういうファンタジーの定番要素で今更俺が驚くわけがなかろう。

 強いて言えば、そんな定番イベントが俺自身の身に起こったという事実に驚いてはいるが。


 ってか……あれ?


「今カッコいい旦那様を探してるって言った?」

「?? 言いましたけど」

「それでなんで俺に結婚を申し込んできたんだ?」

「……それを乙女に言わせるんですか?」


 メアは本気で顔を赤らめていじらしくそう言う。



 そんな馬鹿な話があっていいのか!?!?!?!?!?



 自慢じゃないが、俺は顔が良い方じゃない。

 無自覚系とか、集計がけん制し合ってただけとかじゃなく、純粋に小中高全くモテた事がないし、証明写真とか撮るたびにせいぜい中の下に引っ掛かればいい方だと思っている。

 大学で彼女が出来たのだって偶々趣味が同じだっただけというか、要するに奇跡だ。

 まあ、それも人生終わりたくなるレベルのトラウマ植え付けられて終わったが。


 そんな俺がカッコいいとか、到底信じられない。


「気を遣ってるならやめてくれ。俺は自分の顔の事は冷静に受け止めている。事情があって強い人を探してたってだけの方が信用できる」


 魔法に関しては未知数だしな。メアが本当に凄腕なら、それを防いだ俺は中々のモノだと言っていいかもしれない。

 だが顔は違う。こちとら20年生きて来たエビデンスがあるのだ。ちょっとやそっとの色目で騙されはしない。


「……こいいですよ」


 メアが頬を赤らめ、消え入るような声で呟く。


「カッコいいですよ! オウガイさんはめちゃくちゃカッコいいです! そうじゃなきゃ出会ってすぐ求婚なんてしませんよ! ぶっちゃけ一目惚れです! ……これで満足ですか?」


 メアは顔を真っ赤にして、やけくそとばかりに思いっきり叫んだ。

 勇気を出してくれたのだろう。目の端に涙が浮かび、まだちょっと手が震えている。


「え、まじ……? りありぃ……?」


 彼女の言葉を疑っているわけではない。

 ただ、これが現実だという事が信じられないだけだ。


「ほーお? まだ言いますか。それなら――」


 一度羞恥を乗り越えたら怖いものがなくなったのか。

 目に危ない炎を燃やして、ふらふらとメアが近づいてくる。


「——これが、私の気持ちです」


 そして彼女は、俺の唇のキスをした。


「え、ちょ――」

「正真正銘、私のファーストキスです。傾国の美少女とまで言われて今実際に国を滅ぼしかけてる私の唇は高いですからね!」


 腕を組み、ふんとそっぽを向いて、その後で悪戯っぽく舌を出して笑う。

 その全ての動作が、一々可愛らしい。



 ……どうやら俺は、とんでもないものを貰ってしまったようだった。

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