第3話 ホテルの部屋

「すごい眺めいいですね。」

海岸沿いを歩きながら見た景色もすごかったが、この高さから見える景色は、一枚の動く絵画のようだ。『動画』みたいなちゃちいものではない。

「ホテルの名前思い出した?」

佐久間さんが紅茶を淹れながらきいてきた。

この部屋にはキッチンまである。一泊いくらくらいだろう。

「それが、全然。ホテルどころか、どうやってここにきたのかも思い出せないんですよ。」

「え、ホント?流石にアメリカまで来て、どうやってきたかぐらいは覚えてるでしょ。」

アメリカ?

「アメリカですか!ここ。」

宮崎かどこかと思っていた。日本離れした景色だと思ってたけど、まさか外国。だから日本人がいなかったのか。なんかのイベントじゃなかった。

「ちょっと重症ね。どこまで覚えてるの?」

佐久間さんが真面目な顔で聞いてきた。

「そうですねぇ。朝家で起きて、チイに見送られて家を出たとこは覚えてます。桜島の煙がすごくって、今日は洗濯物外に干せないななんて考えてました。」

それからどうしたっけ。

「いつも通りのバスで、会社に行こうとして。」

バスに乗る前に。

「バスに乗る前に、何かしたんですよね。その辺からうやむやですね。ところどころ、何かしたのは覚えてるんですけど、モヤってしてます。」

「そう、とりあえず家に電話入れとこうか。実家から、会社に行ってるんだったよね。」

電話?

「番号がわかんないです。最近携帯じゃないですか。家のみんなもみんな携帯で、番号は、携帯の電話帳にいれっぱなしで。」

「ハハハ、確かに。私もそうだわ。会社の番号もおんなじね。」

会社?

「そうですよね。」

会社、会社。

「会社の名前を教えて、会社の方から連絡してもらいましょう。」

「それが、会社の名前が、思い出せなくて。」

この辺まで出てるんだけど。これは、ちょっと異常だ。

「そう、無理しないで。とりあえず大使館かしら。一緒に来た人が、探してるかもしれないし。」

一緒に来た人?

「やっぱり、誰かと一緒だったんですかね?」

佐久間さんが、怪訝そうに私をみる。

「ユキちゃん、海外旅行初めてだから、そう思っただけ。一人旅だったかもしれないわ。」


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