第四十話 そのポーター、少しだけ人生を諦める
僕は二重の意味で怒り狂った。
1つはヌイモリの勝ち誇った声が気に入らなかったことだ。
可愛いヌイグルミみたいな見た目をしているくせに、ダンディーなオジサマ声をしているのがさらに腹が立つ。
だが、もっと腹立たしかったのはハルミのことだった。
ハルミは完全に人間凶器(狂気とも呼んでもいい)のトラブルメイカーだ。
くそっ、と僕は両手で自分の頭を挟んで唸る。
こうなるとわかっていたら、山道で馬車に乗せずに放っておけばよかった。
などと今さら後悔しても、もう遅い。
もう一度、僕は僕自身に対して言う。
ハルミと一緒に行動していることを後悔しても、メチャクチャもう遅い!
そうこうしている間に、僕たちは完全に兵士さんたちに囲まれた。
それこそ蟻の這い出る隙間もないほど、綺麗な円形状に囲まれたのである。
「さあ、カンサイ。吾輩の仲間であるルイボ・スティーの仇を討ってやるのであ~る。覚悟しろ、なのであ~る」
【神のツッコミ】の力を使えるならこんな状況はオナラでもなかったけど、今の僕はそこらのチンピラ程度なら軽く瞬殺する程度の身体能力しかない。
完全武装している兵士さんたちならまだしも、さすがに自分のことを魔人と称しているヌイモリを倒せるとは思えない。
…………あれ? よくよく考えてみると本当にそうかな?
このとき、僕はヌイモリのことをちょっと疑い始めた。
バルハラ大草原で倒したルイボ・スティーならばともかく、あんな可愛い見た目をしたヌイモリが本当に強いのだろうか。
あのときだってヌイモリは、ルイボ・スティーを見捨てて逃げたのだ。
実はそこらの子供ぐらい弱いというオチがあるのかもしれない。
「いや、残念ながらお主の予想は外れておるぞ」
いつの間にか、僕の隣にはカーミちゃんが立っていた。
「予想が外れているってどういうこと?」
「そのままの意味じゃよ」
カーミちゃんはヌイモリを睨みつけながら答える。
「カンサイよ、今さらじゃが簡単に説明してやろう。普通の人間の平均的な戦闘能力が約1~5だとして、訓練された兵士や冒険者などは約10~100。戦闘系のスキル使いや魔法使いが約50~500だとする。しかしお主が【神のツッコミ】を発動できる状態の戦闘能力は、どんなに軽く見積もって約1000万を下回ることはない」
カーミちゃんは両腕を組みながら言葉を紡ぐ。
「じゃが、【神のツッコミ】の力が使えないナイトモードのお主の戦闘能力は約1720。そしてバルハラ大草原でお主が倒した魔人ルイボ・スティーの戦闘能力は約69万ほどで、そこにおる……コウモリ魔人の戦闘能力は約53万ぐらいじゃろう。つまり、どうあがいても今のお主では歯が立たんというわけじゃ。むろん、お主が倒せない奴をわしたちが倒せないのは道理すぎる道理じゃな」
嘘でしょう? あのヌイモリがそんなに強いの?
カーミちゃんは「うむ」とうなずいた。
「それほど強い。このまま全員でかかっていっても全滅じゃな。とはいえ、では逃げられるかと言われるとこれも無理じゃな。わしたちを囲んでいる兵士たちは普通の状態ではない。確実にそこにおるコウモリ魔人に操られているとみていい」
それは僕も思った。
だって僕たちを囲んでいる兵士さんたちは、両目を血走らせながら「フーフー」と息を荒げているんだもん。
はっきり言って尋常じゃない。
まるで赤い布を見て興奮している闘牛のようだ。
「ねえ、カーミちゃん。また僕の【神のツッコミ】の力を一時的に戻せるとかってできたりしない?」
「無理じゃな。詰め所からの脱獄時に使ってしまったからのう。明日の夜にならなければお主の【神のツッコミ】の力を一時的に戻すということはできん」
さようですか。
僕はがっくりと肩を落とした。
どうやらヌイモリの言うように、ここが僕たちの命の納めどきになるようだ。
正直なところ、死ぬことに後悔はないかと言われれば嘘になる。
後悔なんてありまくりだ。
カーミちゃん、ローラさん、クラリスさまの3人とこのウメダ領を治めつつ、これまで不遇だった人生を幸福に変えて行こうと意気込んでいたのに。
まさか、こんなところで死ぬことになるなんて夢にも思わなかった。
でも3人といい思いもできたし、ここで人生が終わっても少しはマシかな。
などと僕が半ば諦めモードに入ったときだった。
「カンサイよ、まだ諦めるのは早いぞ」
僕はカーミちゃんに顔を向けた。
「まだこの状況を切り抜ける手立てはある」
そう言うとカーミちゃんは、ハルミに向かってあごをしゃくって見せた。
「ハルミとキスをせよ、カンサイ。さすればこの絶体絶命の状況を打破できる」
えええええええええええええええええええええええ――――ッ!
どういうことおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!
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