第三十九話 そのポーター、賢者(馬鹿)にぶちキレる

「ハルミ……まさか、君はあいつ側のスパイだったのか?」


 ヌイモリの言葉は、まさにそのようなこととしか捉えられない。


 そして僕に向かって意味深に笑うハルミは、スパイだったことを隠すのはやめた笑みだったのだろう。


 何てことを思った僕だったが、ハルミの顔を見ているうちに確信が疑念に変わっていく。


 なぜなら、ハルミの笑みが見る見るうちに崩れていったからだ。


 それだけじゃない。


 顔は月明かりの下でもわかるほど蒼白になり、額からは脂汗がダラダラと流れて全身も小刻みに震え始めた。


 まるで実刑を言い渡された、無実の人間のような表情だ。


 ちょっと待って、その反応は何?


 君はスパイなの? それとも違うの?


 やがてハルミはゆっくりと口を開いた。


「ゆ、勇者さま。ボクはスパイなんかじゃありません。それは街で有名な占い師のオバサンに誓って本当です。ボクは勇者さまを裏切るような真似をした心当たりなんて…………(たぶん)ありません」


 ねえ、そこは占い師のオバサンじゃなくて神に誓うところじゃないの?


 あと、今ぼそっと「たぶん」って言ったよね?


 と口にしてツッコミを入れたくなったが、僕はそれをぐっと堪えてハルミの言い訳に耳を傾ける。


 するとハルミの言葉をヌイモリが引き継いだ。


「確かにそいつは貴様たちの情報を吾輩に明確に売ったわけではないのであ~る。しかし、それに等しいことをしたのは事実であ~る」


 ヌイモリは「ふふふ」と愉快そうに笑う。


「そいつは今夜、吾輩がいた領主の屋敷に単身で侵入してきたのであ~る。時間は今から約1時間半ぐらい前なのであ~る。もちろん、魔人の端くれである吾輩はすぐに侵入者の存在を知って追い詰めたのであ~る。それがそこにいる小僧だったのであ~る」


 1時間半前?


 僕は詰め所の牢屋から脱獄したあと、皆と馬小屋に辿り着いてから身を隠していた時間、そしてここに来るまでの時間など諸々の時間をざっくりと頭の中で計算してみた。


 そうすると大体、僕たちが詰め所の牢屋からここに来るまでの時間のトータル合計が約1時間半ぐらい。


 この間にハルミが僕たちの前に姿を現したのはいつだっただろうか?


 当然ながらバッチリと覚えている。


 宿屋の馬小屋に隠れているときだ。


 そのときにハルミは僕たちの前に現れたのである。


 …………待てよ。


 そういえば、と僕はハルミが現れたときの記憶を蘇らせる。


 ハルミはあのとき何と言っていた?


 ――もう、勇者さまってばひどすぎます。ボクのことをオ〇ン〇ンがついている男の娘だと思っていたんですね。プンプン


 いやいやいや、その記憶じゃない!


 オ〇ン〇ンだろうとプンプンだろうと関係ない!


 僕は頭を左右に振りながら、記憶という名前の引き出しを開ける。


 ――神様から「のちの勇者さまと勇者パーティーをサポートせよ」と仰せつかったとき、ボクは勇者さまたちのサポートを満足にこなせるように特殊なスキルを与えられました。〈自動回復〉もそのスキルの中の1つです。それこそ即死をしない限りはどんな大怪我を負っても1分以内に全回復します


 違う違う違う、スキルの話でもない!


 僕は口元を掌で覆いながら、さらに記憶の引き出しを開けていく。


 ――怪我が治って目覚めたあと、勇者さまたちがいなくなっていたことに気づいたボクは、とある用事を済ませてから〈個人察知〉のスキルを使って勇者さまたちがこの宿屋の馬小屋にいることを突き止めました。そしてボクはルンルン気分でここに来たというわけです


 これだ!


 僕はかっと両目を見開いた。


 ――勇者さまたちがいなくなっていたことに気づいたボクは、とある用事を済ませてから〈個人察知〉のスキルを使って……


 


 このときはまったく気にすることもなかったが、こうして思い出してみると非常に不自然だった。


 何が不自然かって?


 ハルミは全身スキル人間の変人で、なおかつ〈個人察知〉なんていう他人のプライバシーを最大限に侵害するスキルが使えるのだ。


 しかも即死にならない限り、どんな大怪我を負っても1分以内に復活するという名医や治癒師泣かせの人間でもある。


 加えて確かハルミのスキルの中には、おそらく長距離移動も素早く楽々にこなせるような名前のスキルもあったはずだ。


 となると、やはりおかしい。


 詰め所で僕の〈気力封魔きりょくふうま撃滅げきめつ金剛烈破こんごうれっぱ〉の余波を受けてから1分以内に全回復したあと、これらのスキルを使えば僕たちのいた馬小屋に現れるまで約30分もかかるはずがない。


 では、この空白の約30分以内にハルミはどこで何をしていたのか?


 これがヌイモリの話に繋がってくるのだろう。


 ハルミは僕たちの前に現れる前に、どんな理由があったのかはわからないがここへ来ていたのだ。


 僕が思案していると、ヌイモリは言葉を続ける。


「惜しくも取り逃がしたものの、そこの小僧は逃げる前に色々と告げていったのであ~る。それこそ「ボクの勇者さまは今は特別な力は使えないけど、きっとボクがさりげなく領主の屋敷へ通じる秘密の道を知っているとほのめかせば、ボクの勇者さまのことだから盛大にツッコんでこの場所まで案内してくれと言うはず。なぜなら、街中はお前が放った兵士たちが巡回しているからだ。そうなると僕の勇者さまならきっと力が戻るまでどこかに隠れようと考え、その隠れ場所をこの領主の屋敷内だと考えるはず。だからボクはそれを見越して偵察に……あっ、いけない。そろそろ勇者さまに会いたくなったから早く戻ろう」と馬鹿みたいな長台詞を吾輩たちの前で言って去っていったのであ~る。そいつは見た目とは裏腹に凄まじいスキルの使い手であったから取り逃がしてしまったが、貴様らの行動がわかったので吾輩はこうして貴様らの到着を万全の態勢で待っていたというわけであ~る」


 おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――ッ!


 ハルミさんよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!


 何が「たぶん」だああああああああああああああああああああ――――ッ!


 思いっきり裏切り行為をしているじゃないかああああああああ――――ッ!


 むしろ面と向かって「スパイです」と言ってくれたほうがマシだったわッ!


 僕が鬼の形相でにらみつけると、ハルミは「ええ~と……テヘペロ」と言って誤魔化した。


 そんな僕たちに構わず、ヌイモリは「どちらにせよ、ここまできたら観念するのであ~る!」と笑う。


「ここが貴様たちの命の納めどきなのであ~る!」

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