第四十一話 そのポーター、覚悟を決めたことが無駄になる

「カーミちゃん、それはマジで言ってる?」


「マジじゃよ。それにほれ……向こうは準備万端じゃぞ」


 カーミちゃんはそう言うと、1本だけ立てた人差し指を誰かに突きつける。


 僕はおそるおそる、カーミちゃんが指さしたその誰かに顔を向けた。


 誰かとは言わずもがなハルミだった。


 そんなハルミは、僕にクイクイッと手招きしてくる。


 いつでもウエルカムです、とでも言うような顔つきで。


「ねえ、カーミちゃん。理由を訊いてもいい? どうしてこの場を切り抜けるために、僕がハルミとキスをしないといけないの?」


 僕がカーミちゃんにそうたずねたとき、無視されたことに苛立ったのかヌイモリが「こら、吾輩を無視するなであ~る!」と叫んできた。


 うん、今取り込み中だから少し黙ってて。


 僕はヌイモリを盛大に無視すると、再び「ねえ、カーミちゃん。ちゃんと教えてくれない?」と訊きなおす。


 うむ、とカーミちゃんは力強くうなずく。


「ずばりスキルじゃよ。今夜のわしはもうお主の【神のツッコミ】の力を戻してやることはできぬが、ここにいる中でハルミだけがスキルの力を使ってお主の力を一時的に戻せそうな気がする」


「いやいやいや、いくらハルミでもそんなことできるわけないでしょ」


「わからんぞ。何せハルミは全身スキル人間じゃ。それにハルミにあの異常な力を与えたのは、おそらくわしの同僚じゃろう。よく暇つぶしに人間の夢枕に立って、適当なことをほざきながら適当に力を与えるのが趣味な神じゃったからな」


 そんなはた迷惑な神様がいるのか。


 などと思った僕だったが、今はそんなことよりもこのピンチを切り抜けることのほうが先決だ。


 となると、やはり頼みの綱はハルミになるのか。


 魔法使いのローラさんは魔法の杖がなければ魔法が使えず、剣士であるクラリスさまも長剣がなければ少々強い一般人程度だという。


 仕方ないか、と僕はため息を吐いた。


 カーミちゃんの言う通り、おそらくハルミのことだから僕の【神のツッコミ】の力を取り戻せそうなスキルがあるのかと問えば、すぐさま「ありますよ、当然じゃないですか」とあっけらかんと返してくるに違いない。


 そのスキルを得る条件がハルミとのキスなのだろう。


 確かハルミ本人が、ボクのサポートを受けるためにはキスがうんぬんと言っていたのを僕は覚えている。


 そんなハルミとのキスは少々抵抗があったものの、まだハルミが女の子とわかっていることが幸いだった。


 これでハルミが正真正銘の「男の娘」だったら、僕は自分の舌を噛み千切るぐらい拒否していただろうから。


 それはさておき。


 意を決した僕はハルミの元へダッシュした。


 ハルミの両肩をつかんでキスをする体勢になる。


「ねえ、ハルミ。僕の【神のツッコミ】の力を取り戻せるのがどんなスキルかは知らないけど、こうなったからには僕も覚悟を決めた。そのスキルを得るために君とキスをする」


 と、僕がハルミにキスをしようとしたときだ。


「ありませんけど」


 ハルミは普通に答えた。


 ………………………………え?


 僕は何度も目をぱちくりとさせた。


「ありませんってどういうこと?」


「ですから、ボクはそんなスキルは持っていません」


「ちょっと待って。君は何百個も色々なスキルを持っている全身スキル人間じゃないか。だったら、そのスキルの中に「他人の特殊な力を一時的に取り戻させるスキル」ぐらいあるんじゃないの?」


「いや、そんなスキルはありませんよ。大体、何ですか「他人の特殊な力を一時的に取り戻させるスキル」って。そんな限定的で長ったらしいスキルなんてあるはずないじゃないですか。もう、勇者さまったら少しは考えてくださいよ」


 はああああああああああああああああああああああ―――――ッ!


 ふざけるなああああああああああああああああああ―――――ッ!


 じゃあ、君の〈いつでも腸内環境が整っていて、う〇ちが毎日スッキリたっぷり出るよ〉っていうクソ長い名前のスキルは何なんだよおおおおおおおおおお―――――ッ!

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