第三十六話 そのポーター、カントウ・ウメダの姿を見る

「結構、中は広くて大きいな」


 僕がトンネルの中を見渡してつぶやいたときだ。


 あらかじめ天井にいたのだろう。


 コウモリの群れが「キイィ」と甲高い鳴き声を発しながら飛んできた。


 でも、僕たちに向かってじゃない。


 僕たちが今来た道のほうに一目散に向かって飛んでいく。


「変なコウモリですね。普通は光に向かって集まってくるはずなのに」


 そう言ったのは、先頭を歩いていて光源を持っているハルミだ。


「それは光にコウモリの好物の虫が集まってくるからだよ。それにコウモリは目が見えないから光に集まってくるとか関係ない」


 僕が答えると、ハルミは「さすが勇者さま」と感心した声を上げる。


「でも、どうしてこんなトンネルが領主の屋敷に通じているのでしょう?」


 僕の右隣で歩いているローラさんが、誰に言うでもなくたずねる。


「領主とはその土地を治める長です。今でこそほぼなくなりはしましたが、それこそ一昔前には権力を悪用した領主が反乱を起こした民衆に殺される事件もあったと聞きます。このトンネルはそのときの領主が万が一のときのために作らせた避難経路でしょう」


 そう答えたのは、僕の左隣で歩いているクラリスさまだ。


「ふむ、だとするとこのトンネルは異世界人がこの土地を治める前のものじゃろうな。舗装工事はおろか、何十年単位で使われている形跡がまったく見られん」


 僕の後ろからカーミちゃんの声が聞こえてくる。


「しかし、ハルミ。よくこんな秘密通路を知っておったな」


 カーミちゃんの質問の答えは僕も聞きたい。


 場所も場所だ。


 まったく見張りの兵士がいないことと、入口が大量のつたや葉っぱで覆われていた状況を考えると、街の長老クラスでも知らないんじゃないか?


 いや、ここ何代かの領主すらも知らない可能性がある。


「い、以前にたまたま見つけただけですよ……ぼ、ボクはこの街のことなら何でも知ってるんです」


 顔だけを振り向かせたハルミが答える。


 おや、と僕は思った。

 

 今ハルミはちょっと複雑な表情をしなかったか。


 まあ、この先がカントウ・ウメダがいる場所に繋がっているのならそれでいい。


 さて、僕たちがなぜこんな場所に来ているかというと、それは僕の領主の座を奪ったカントウ・ウメダなる謎の人物を成敗しに行くためだ。


 でも、今の僕は【神のツッコミ】の力が使えない。


 神様であるカーミちゃんのキスで一時的に力が戻ったものの、その効果時間が過ぎてしまったために僕は再び元の状態に戻ってしまった。


 とはいえ、兵士さんたちが巡回している街中をうろついているのも危険だ。


 そこで僕たちは逃げ回ることをやめ、打って出ることに決めた。


 カントウ・ウメダがいる領主の屋敷(本当は僕の屋敷)に乗り込み、皆と協力してボッコボッコのギッタギタのメッタメッタのオラオラオラオラにしようとしたのである。


 だが、カントウ・ウメダは謎の力を持った謎の人物。


 真正面から乗り込んでもどんな罠が待ち受けているかわかったものじゃない。


 そこでハルミの出番である。


 領主の屋敷に通じる秘密の道を知っているというので、じゃあ案内してもらおうかという結論になって今にいたるというわけだ。


 もちろん、屋敷内に出てもすぐにカントウ・ウメダの元へ行くつもりはない。


 朝日が昇るのを待ち、僕の【神のツッコミ】の力が戻ったあとに総攻撃をしかけるのだ。


 そうすればカントウ・ウメダがたとえ何者であれ、僕は領主の座を取り戻してこのプロテインの街を基盤とする、ウメダ領の正式な領主となることができる。


 うん、だからここから出たらまずは一旦身を隠す。


 ハルミの話によれば屋敷内にある裏庭の外れに出るということなので、その付近でじっと身を隠していれば朝まで見つかることはないだろう。


 などと思いながら僕たちは足を動かしていく。


 やがて僕たちは前方から生温い風を感じた。


 前から風を感じるということは、ダンジョンと同じで出口が近い証拠だ。


「ハルミ、そろそろ光源を消してくれ。外に出たら不審に思われる」


「わかりました」


 ハルミは光源の石を僕たちの後ろに放り投げた。


 光源がなくなったので再びムカデになろうかと皆に提案しようとした僕だったが、どうやら雲にかげっていた満月が顔を覗かせているらしく、前方からはほのかに青白い光が見えた。


「もうすぐ出口だ。皆、僕の後ろから慎重についてきて」


 僕はここからは男の出番とばかりに、ハルミの前に回り込んで先導者となる。


「頼もしいです、カンサイさま」とローラさん。


「ふむ、まったく頼もしくなりおって」とカーミちゃん。


「どこまでついていきます、カンサイさま」とクラリスさま。


 しかし、僕たちの後方に回ったハルミだけは無言だった。


 てっきりまた馬鹿なことでも言ってくるかと思ったが、自分のあごをさすって何やら小難しい顔をしている。


 そうこうしている間に僕たちはトンネルを抜け、青臭い裏庭の中へと出た。


 屋敷内の裏庭とはいえ相当な広さがあるらしく、月明かりのみでも裏庭には庭園用の茂みや築山つきやまがいくつもあるのが確認できた。


「よし皆、どこか適当な場所に身を――」


 隠そう、と僕が告げようとしたときだった。


 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッ!


 突如、周囲の闇を切り裂くような甲高い音が聞こえた。


 警笛の音だ。


 な、何事!


 僕たちが慌てていると、どこから現れたのか松明を持った屈強な兵士たちがわらわらと集まってきた。


「ふふふ……飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことだね」


 そんな声が聞こえると、50人以上はいる兵士たちの塊が左右に分かれた。


 すると1人の男が、兵士たちの間を歩きながら僕たちに近づいてくる。


 男は領主と呼ばれるに相応しい、上等な服に高価そうな外套を羽織っていた。


 そして松明の光で男の顔を見た瞬間、僕たちは一斉に声を上げた。


「なっ!」と僕。


「ええ~っ!」とローラさん。


「むっ!」とカーミちゃん。


「ば、馬鹿な!」とクラリスさま。


 僕たちが一様に驚いたのは当然だった。


「よく来たね、カンサイ……この日を待ちわびていたよ」


 にやりと笑った男は僕――カンサイ・ウメダと同じ顔をしていた。

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