第二十四話 そのポーター、道中で山賊たちに襲われる

 ガラガラガラガラガラ――。


 僕たちを乗せた馬車は、石材で舗装された道路をゆっくりと走っている。


 本日は晴天。


 僕は開け放たれた窓から外を見た。


 夏の日差しと見間違えるような陽光と、大自然の光景が目に飛び込んでくる。


「何回も言って申し訳ないのですが、やっぱりこんな凄い馬車に乗れるなんて本当に幸せです」


 そう言ったのは右隣にいるローラさんだ。


「ローラの言っていることもよくわかるぞ。さすがは領主に与えられた馬車ということじゃな。乗り心地も非常に満足じゃわい」


 これは正面にいるカーミちゃんの言葉ね。


「乗り心地がいいのは馬車の性能だけではありません。石材で舗装された道路を作ることにより、以前よりも馬車や荷車の走行性が安定したからです」


 左隣にいたクラリスさまの説明に、僕は何度目かの感嘆の声を上げた。


「でも、こんな立派な道路を国中にいくつも作ってはお金がいくらあっても足りないでしょう?」


 僕はクラリスさまに顔を向けると、ずっと考えていた疑問を口にする。


 道路に使う材料費のこともそうだが、綺麗に舗装した道路を作る人足の人件費も馬鹿にできないはずだ。


 クラリスさまはうなずいた。


「もちろんこのような舗装した道路を作ったり維持するのにはそれなりの国費がかかりますが、それ以上に他国からも多くの行商人が王都へ通うようになったので税収で賄えるのですよ」


 なるほど、と僕は何となく納得する。


 だが、この馬車の乗り心地がいいのは舗装された道路のお陰ばかりじゃない。


 やはり僕たちが乗っている馬車自体の性能が非常にいい。


 現在、僕たちが乗っている馬車は行商人が使うような馬車じゃなかった。


 世間一般的に馬車と聞くと大抵の人は馬1頭に木造の荷台、そして最低限の雨除けができるほろつきの馬車を想像するだろう。


 かくいう僕もそのような馬車しか見たことがなかった。


 しかし、僕たちが乗っている馬車は貴族や王族が使うような豪勢な馬車だ。


 血統がよさそうな2頭の白馬。


 この道数十年と思しきベテランの御者ぎょしゃさん。


 雨除けが完全にできる、それこそ個室が荷台になったような車体。


 どこからどう見ても、金持ちか貴族が乗っている馬車だ。


 そして僕たちを乗せた馬車が走っているのは、すでに王都を過ぎてから数時間は経っていたあとの山間の道である。


 そして1時間ほど前に、僕たちはすでにウメダ領内へと入っていた。


 あとはプロテインという街に行くだけである。


 その街にはウメダ領の新領主となった僕の屋敷が用意されているという。


 ちなみにウメダ領はかつて異世界からやってきた勇者に与えられた土地らしく、かつて他国との戦争で活躍してウメダ領の領主となっていた前領主――アトガマ・ダッレーさんは息子さんと奥さんと旅行中に不幸にも事故でこの世を去ったらしい。


 このとき世継ぎの息子さんと奥さんも亡くなってしまったことで、このウメダ領の領主を誰にするか国王陛下など国の重鎮の人たちが迷っているときに、ちょうど武勲(?)を立ててしまった僕がウメダ領の領主に抜擢されてしまった。


 いわゆる大出世というやつだ。


 ただ、そんな大出世をした僕の馬車を警護する護衛の騎士団や傭兵はいない。


 え? 何でそんな馬車に護衛がいないのかって?


 そんな者たちはいらん、とカーミちゃんが断ったからだ。


 カンサイほどの強者に護衛など無用だからだ、とも付け加えて。


 するとローラさんも大いに納得し、僕の専属護衛騎士となったクラリスさまも「確かに!」と何度もうなずいていた。


 そうそう、これも伝えておこう。


 クラリスさまを団長とした、聖乙女騎士団はもうこの世にない。


 聖乙女騎士団は解体され、僕の身辺警護を生業とするカンサイ騎士団として生まれ変わった。


 クラリスさまの話によると、のちほど新たな団員を加えてウメダ領に参上するらしい。


 なので僕はひとまずカーミちゃん、ローラさん、クラリスさまの3人だけを連れてウメダ領へと向かっていた。


 最初はそれもどうかと思った僕だったが、まあ美女に囲まれて気ままに道中を楽しむのも悪くないと、すぐに考えを切り替えて今に至るというわけだ。


 ガラガラガラガラガラガラガラガラ――。


 そんなこんなで、僕たちを乗せた馬車は目的地に向かってひた走っていく。


 どれぐらい時間が経ったときだろうか。


 やがて薄っすらと空が暗くなってきたとき、今までスムーズに走っていた馬車が急停車した。


「うわっ!」


「きゃあっ!」


「ぬっ!」


「何事か!」


 すぐに防御態勢を取ったことで、僕たちは怪我を負うことなく無傷で済んだ。


 ホッと安心したのも束の間、馬がいる方向の扉が開いた。


 慌てふためいた御者ぎょしゃさんが僕に向かって叫んでくる。


「た、大変です! 領主さま、いきなり山賊が現れました!」


 山賊だって!


 御者ぎょしゃさんは血相を変えながら言葉を続ける。


「非常にマズイ状況です! ど、どうしましょうか!」


「おのれ、山賊ども! この馬車の持ち主がカンサイさまと知っての狼藉か!」


 大声を張り上げたのはクラリスさまだ。


 うん、山賊たちは十中八九そんなこと知らないと思うよ。


 とにかく車体の中にいても状況を把握することができなかったため、僕はサイドドアを開けて外へと降り立った。


 カーミちゃん、ローラさん、クラリスさまも僕のあとに続いて外に出てくる。


 僕は馬車を通せんぼしている山賊たちの姿を視界にとらえた。


 山賊たちは20人ほどの全員ハゲ頭のおっさんたちだった。


 それぞれが薄汚れた革鎧と長剣や槍で武装している。


「ヒャッハーッ! 俺たちは泣く子も黙る、ここら辺を縄張りにしている〈セイキマツ団〉だ! ヘイヘイヘイッ、命が惜しかったら有り金全部と身ぐるみ脱いで俺たちに渡しな!」


「そうすれば命を助けるかどうか考えてやるぜ!」


「ただし女は絶対に逃がさねえけどな!」


「おうよ! 女はガバガバになるまで犯りまくってやるぜ!」


 山賊たちは馬鹿笑いをしながら僕たちを扇状に取り囲む。


 そんな山賊たちは完全に僕たち――っていうか僕の力を100パーセント侮り、自分たちの勝利を200パーセントは確信している。


 では、そんなクソたわけな山賊たちをどうするべきか?


 このとき、僕の脳内に久しぶりに『ピンポーン』という音色が鳴った。


 続いて無機質な音声認識ガイドが質問してくる。


『あなたは山賊たちに対して、どのようなツッコミを入れますか?』


 A、ナンデヤネンと言って金品等を差し出す


 B、ナンデヤネンと言って女性陣を差し出す


 C、死


 僕は何の躊躇もなく「C」を選択しようとした。


 と、そのときである。


「待ってください!」


 突如、森の奥から1人の黒髪の少年が飛び出てきた。


 全員の視線が黒髪の少年に向く。


 黒髪の少年は、僕たちと山賊たちの中間の位置で立ち止まった。


 上から見下ろすと僕たちに背中を向け、山賊たちと対峙するような形だ。


「あ、あなたたちの相手はボクです! この人たちには指1本触れさせません!」


 少しどもりながらも山賊たちに言い放つ黒髪の少年。


 そんな黒髪の少年を見つめながら僕はこう思った。


 え~と……だ、誰?

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