第二十五話 そのポーター、黒髪の少年に対してキレる

 黒髪の少年は僕と同じ15~6歳ぐらいだろうか。


 身長は150センチほどと男にしては低い。


 体型もガリガリとまでは言わないが、女の子のような細身だ。


 着ていた服は普通のシャツとズボン。


 だが、なぜか足元まである黒のマントを羽織っている。


 ローラさんのような魔法使いかとも一瞬だけ思ったが、どうも雰囲気からして魔法を使えるような感じには見えない。


 魔法使いには、ある種の独特な雰囲気があるからだ。


 では、黒髪の少年は剣士や短剣使いの冒険者なのだろうか?


 僕はまじまじと黒髪の少年の背中を見つめる。


 目に穴が空くほど確認したが、黒髪の少年は長剣も短剣も何も持っていない。


 はっきり言って無手である。


 こうなると、僕の頭上には疑問符しか浮かんでこない。


 え? もしかして冒険者どころか一般人の素人さん?


 山菜でも採っている最中に僕たちのことを発見し、山賊に襲われて大変だと思って何の考えもなしに飛び出てきた感じ?

 

 などと考えていると、黒髪の少年は僕たちに顔だけを振り返らせた。


 僕は黒髪の少年の顔を見てハッとする。


 美少年だった。


 マジもんの美少年だった。


 髪の毛はうなじの辺りぐらいまでしか伸びていないが、背中まで長く伸ばせば一気に美少女に早変わりしそうな中性的な顔立ちである。


 とはいえ、美少年だからといって現状を打破できるわけじゃない。


 むしろ山賊たちの体のいいオモチャにされる可能性のほうが高いだろう。


 では、なぜそんな黒髪の少年は僕たちと山賊の前に飛び出してきたのか。


 僕は仲間である3人の女性陣たちを見回す。


「ちなみに訊くけど、誰かあの子と知り合い?」


 だとしたら少しはうなずけた。


 この世には知り合いを助けるために命を懸ける人間もいる。


 だが、女性陣たちは同時に首を左右に振った。


「私は会ったことないです」とローラさん。


「まったく知らん」とカーミちゃん。


「会えば覚える顔立ちだが、私は知りません」とクラリスさま。


 当然だが僕も知らない。


 となると、やはり黒髪の少年は一時の義憤ぎふんに駆られて行動したのだろう。


 そんな黒髪の少年は、僕たちを見て満面の笑みを浮かべる。


「もう大丈夫ですよ、旅の方たち。ここはボクに任せてください。あんな山賊の10人や20人ぐらい日が落ちるまでに倒して見せます」


 いやいやいやいやいや、大丈夫とか関係ないよ。


 どう見ても君に山賊退治を任せられる要素は1ミリもないよ。


 それに10人や20人どころか、1人すらも倒せるかどうか不安だよ。


 黒髪の少年は僕の心を見透かしたのか、それでも胸を張って「ノープロブレムです」と言い放った。


 それだけじゃない。


 続いて黒髪の少年は何かを思い出したような顔をする。


「おっと、そうだ。自己紹介が遅れましたね。ボクの名前はハルミ――ハルミ・マクハリと申します。以後、お見知りおきを」


 おいおいおいおいおい、遅れたどころか早すぎるわ!


 そういった言葉はすべて事が終わったあとに言うものだろう!


 たとえば山賊たちを全員倒してからとかさぁ!


 でも、まだ山賊たちは無傷なの!


 体力と気力MAXの五体満足なの!


 ほら、山賊たちも君を見て「何だこいつ?」ってキョトンとしてるよ!


 僕の心中のツッコミに構わず、黒髪の少年ことハルミはぺらぺらと喋り始める。


「このさいだから自己紹介ついでに告白しますね。実は皆さんに内緒にしていたことがあるんです。もう皆さんにはボクがソロの冒険者だとおわかりになられてると思いますが……ボクはある冒険者パーティーに所属していたことがあるんです」


 だから勝手に話を進めるな!


 しかも何だよ「実は内緒にしていた」って!


 僕たちはこれまで君と会ったことない初対面だよ!


 実はもクソもないじゃないか!


 それに君ははっきり言って冒険者に見えないぞ!


「本当にごめんなさい。そんな大事なことを何で今まで黙っていたのかって話ですよね……でも、これだけは言えなかったんです。もしも言ってしまったら、どうしてボクがソロの冒険者になったのかを話さないといけなくなるから」


 だーかーらーッ!


 事態はまだ何にも解決はおろか変化もしてないんだって!


 それに初めて会った人間の身の上話なんて知らないよ!


 ハルミは苦笑すると、大きくため息を吐く。


「だけど、これからパーティーを組むっていうのに隠し事はダメですよね……わかりました。皆さんにはお話しいたします。ボクの過去のすべてを」


 このとき、僕は率直に思った。


 あの子って脳に障害があるカワイソウな子?


 これは僕だけが思ったことではないだろう。


 ふと我に返って周囲を見渡せば、女性陣たちも微妙な表情をしている。


 しかし山賊たちは違った。


 全員ともこめかみに何本もの青筋を浮き上がらせ、いかにも怒りが爆発しそうな表情をしている。


 一方、ハルミは僕たちを無視して言葉を続けた。


「ボクは元々、この先にあるプロテインという街の冒険者ギルドに所属する冒険者でした。職業はポーター。ダンジョン内を探索するさいのパーティーの荷物運びを主としていました。そして僕のパーティーにはAクラスの魔法剣士であるアホットさんをリーダーに、同じくAクラスのタンクであるボケルテさん、そしてこれまた同じくAクラスの魔法使いのカスティアさんがいました。そしてボクは一生懸命に荷物運びの仕事と兼用して、雑務や経理などもこなしていました。けれど、ある日にアホットさんから「ハルミ、お前をこのパーティーから追放する」と言われました。当然ながらボクは納得がいかず「どうしてですか?」とたずねました。するとアホットさんは「てめえは散々でかい口をほざきながら、ユニークスキルが使えねえじゃねえか! それにスキルを発動する条件がイカれていて話にならねえ! しかもお前は荷物運びや雑用も中途半端でそっちも使い物にならなかった! だからクビで追放だ! この無能で役立たずな大ぼら吹きが!」とボクを罵ってきたんです。そのとき、本当は反論しようとしたんです。実はボクがやっていたのは荷物運びや雑用だけじゃなく、スキルを使ってパーティーを全面的にサポートしようと思っていたのだと。でも、そんな訴えをする暇ももらえずボクは全員に馬鹿にされてパーティーから追い出されました。悔しくなかったかと言えば嘘になります。いえ、今思えばどちらかと言うと申し訳なさのほうがありました。え? 誰にですって? そんなの神様に決まっているじゃないですか……あ、これも内緒にしておきたかったのですがもう言っちゃいましたね。だったら、皆さんにはこれも包み隠さず話しましょう。実はボクの真の正体は夢枕ゆめまくらに立った神様から「将来において魔王を倒すべき勇者と勇者パーティーになる者たちを、時が満ちるまで命を賭してサポートせよ」という神託を受けた賢者だったのです」


「長ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい――――ッ!」


 僕はもう我慢の限界を迎えて盛大にツッコんだ。


 直後、ハルミにキレたのだろう山賊たちが「何をごちゃごちゃ言ってんだ、くそボケが!」と束になって襲いかかってきた。


 正直なところ、僕も半ばキレていた。


 ハルミにだけじゃない。


 山賊に襲われるというこのクソッタレな状況にもだ。


 なので僕は「ナンデヤネンッ!」と言い放って勢いよく右手を振った。


 僕の右手から噴出した〈気力封魔きりょくふうま撃滅げきめつ金剛烈破こんごうれっぱ〉は、大量の土煙を発生させた爆風とともに山賊たちを隣の山まで吹き飛ばしていく。


「ふー……まったく」


 やがて土煙が綺麗に晴れて、僕が心身ともに安堵したときだった。


「す、すごいです!」

 

 地面に尻餅をついていたハルミが、目をキラキラさせて僕を見つめてくる。


「あなたたちこそ、僕が命を賭してサポートすべき勇者パーティー……そして、黒髪のあなたこそ将来の勇者さまなのですね!」


 違うから君もどっか消えてね。

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