第二十二話 そのポーター、国王から褒美を与えられる

「カンサイよ、近こう寄れ」


 国王さまにそう言われて従わないわけにはいかない。


 僕はどぎまぎしながら大ホールの中央を通り過ぎ、威厳の塊のような国王さまの元へと歩いていく。


 もちろん、その間中は貴族たちの注目をこれでもかと浴びた。


 まるで視線という名の槍衾やりぶすまで身体を貫かれているようだ。


 同時に興味、好奇、疑問などあらゆる感情もびんびんと伝わってくる。


 あのカンサイという男は一体何者なのだろう?


 おそらく貴族たちはこう考えているに違いない。


 やがて僕は国王さまから数メートル手前で立ち止まった。


 さすがに直立していては失礼に当たると思ったので、無言のまま片膝をついて頭を下げる。


 え~と、謁見えっけんの作法はこれで合ってるかな?


 この無礼者め、といきなり怒り出さないよね?


「ふむ、そのようにかしこまらなくてもよい。気を楽にせよ」


 僕はホッとした。


 どうやら謁見えっけんのやりかたはこれで合っていたらしい。


「さて、カンサイ。こたびのそなたの活躍はクラリスから聞いた。何でもそなたは〈魔物モンスター大暴走・スタンピード〉を率いていた魔人をたった1人で倒したそうだな」


「え……は……はい……」


「実にあっぱれ! 余は感動したぞ!」


 国王さまは王笏おうしゃくの石突の部分で床を叩く。


「カンサイよ、そなたの働きに褒美を与えよう。何が欲しい? 言ってみよ」


 褒美?


 いきなりそんなことを言われても困ってしまう。


 僕は別に褒美が欲しくて魔人と闘ったわけじゃないんです。


 マジで身の危険を感じて切羽詰まったから闘っただけなんです。


 などと思っていると、国王さまは「そういえば」と話題を変えてきた。


「そなたは……ポーター? とかいう職に就いているそうだな。それはどのような仕事だ?」


 どのような仕事と言われても、その名のとおり荷物運びですとしか言えない。


 他にも多少の雑務も兼務したりするが、魔物と闘う冒険者たちと違って格下扱いされている職業には違いなかった。


 本当は荷物運び――運搬系の仕事は重要なものだ。


 人間の身体に置き換えるとよくわかる。


 人間の身体には、脳みそや心臓を中心に大事な器官が多数存在する。


 たとえば心臓が剣士、脳みそが魔法使いとしよう。


 この2つの臓器が上手く機能することで、人間の身体は人間の身体たらしめる行動ができる……と、一般的には思っている人も多い。


 しかし、人間の身体には血管というものが存在している。


 全身に酸素、栄養、老廃物、水分を送り続けて身体の調子を整える器官だ。


 そしてポーターの仕事は、人間の身体にたとえるならこの血管に相当するものだと僕は思っている。


 冒険者パーティーのみならず、国にしても何かを運ぶという仕事がなければ色々な場所から人、物、金が運ばれず瞬く間に荒廃するだろう。


 何て力説するわけにはいかない。

 

 相手はこの国の最高権力者の国王さまなのだ。


 とはいえ、国王さま相手に嘘をつくわけにはいかなかった。


 荷物運びですって言ったら怒るかな?


 このとき、僕の脳裏にこれまで出会ってきた冒険者たちの罵詈雑言がよぎる。


 ――荷物運びなんて誰でもできるんだよ! いいから黙って働け!


 ――ポーターにしかなれない人間って不憫よね。私は冒険者になれてよかった


 ――俺たち冒険者は魔物と闘えるから偉いんだよ! このポーター風情が!


 国王さまも他の冒険者たちと同じく、僕の仕事内容を知って嘲笑するだろうか。


 どれだけ考えても答えは出てこなかった。


 なので僕は正直に自分の仕事内容を話した。


「ポーターというのはダンジョンに潜る冒険者パーティーたちの荷物運びを主としています。中には斥候や雑務、経理の仕事を請け負っている人も多いです。僕もそのような仕事も兼務していました」


 すると国王さまから返ってきた反応は意外なものだった。


「つまり、縁の下の力持ち的な仕事をしているわけだな」


 国王さまはひげをさすりながらうなずく。


「実に立派だ。我がグラハラム王国も近年では国内における運搬と流通網を強化させることに重きを置いている。砂と水を混ぜた石材を道路にし、より速くよりスムーズに大量の荷物を運べるようにな。だが、その道路以上に運搬を主とする担い手がいなければ話にならん。カンサイよ、そなたの仕事は重要かつなくてはならん仕事だ。大いに胸を張るがよい」


 じんと胸が熱くなった。


 てっきり罵倒や嘲笑をされるかと思ったが、国王さまは本当にポーターという職業を立派なものだと思ってくれている。


「さて、話が逸れてしまったな……それで、カンサイよ。褒美は何がいい?」


 その言葉に僕はハッと我に返った。


 う~ん……やっぱり褒美と言われてもすぐには思い浮かばない。


「よろしいでしょうか?」


 そのとき、今まで黙っていたクラリスさまが口を開いた。


 僕と国王さまの視線がクラリスさまに向く。


「どうした? クラリス」


「父上、カンサイ殿の褒美の件なのですが……ご本人に特に希望がないのなら、領地をお与えになられてはいかがでしょうか?」


 リョ、リョウチって何ですか?


 ふむ、と国王さまは再びひげをさする。


「要するにクラリスよ。カンサイを貴族にして領主にせよ……と?」


「その通りです。カンサイ殿にはその力と価値があります」


「確かに!」


 国王さまは破顔すると、王笏おうしゃくを僕に突きつける。


「カンサイよ、そなたへの褒美が決まったぞ! そなたには貴族の称号である男爵位とともに、かつて異世界より来たりし勇者が残した土地――ウメダ領を領地として与える! そなたは本日をもってカンサイ・ウメダと名乗るがよい!」


 えええええええええええええええええ――――ッ!


 僕が貴族ううううううううううううう――――ッ!


 なぜだかそういうことになった。

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