第二十話  そのポーター、誰もが認める若き英雄となる

「は、ハリセンってあのハリセンのこと!」


「そうじゃ、お主の前世でツッコミ役の人間が多用しておったハリセンじゃ!」


 いやいやいやいや。


 漫才でハリセンを使うツッコミ役なんて令和の時代にいなかったよ。


 そりゃあ僕だって漫才でハリセンを使ってみたかったさ。


 でも、漫才でハリセンを使うと所属事務所の人たちに怒られたんだよ。


 テレビ局や劇場側が「ハリセンを使うと罰ゲーム的な感じがするし、何かいかにも暴力を振ってます……みたいだからコンプライアンス的に使わないでね」とハリセンの使用を遠回しに拒否してたからね。


 そうこうしている間にも、ルイボ・スティーはどんどん歩み寄ってくる。


 鼻歌を歌いながら、ものすごい余裕しゃくしゃくな態度で。


「カンサイ、何を躊躇っておる! さっさとハリセンを具現化するキーワードを言うのだ! そして〈ハリセン・マスター〉と謳われた意地を見せよ!」


 ちょっと待って!


 そんな異名で呼ばれたことなんて1度もないんですけど!


 などとカーミちゃんにツッコんでいる場合じゃない。


 くそっ、こうなったらもうヤケだ。


 僕は「ハリセン」という言葉から必死にキーワードとやらを脳内で探した。


 次の瞬間、僕の脳裏に伝説級の大先輩たちの顔が浮かぶ。


 僕の前世で昭和と言われた時代、古典萬歳こてんまんざいからヒントを得て厚手の紙とガムテープでハリセンを考案した、結成時は3人組だった大先輩たち。


 もしかしたら、と僕は思った。


 そのハリセンを多用したコントは「大阪名物」になり、世に名前が広まった伝説のお笑いグループの名前がキーワードなのではないか。


 本当かどうかはわからない。


 でも、このままじっとしていたら魔人に殺されるだろう。


 なので僕は意を決した。


 開いた右手を高らかに上げ、喉が裂けんばかりに叫ぶ。


「チャンバラトリオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!」


 すると信じられないことが起こった。


 伝説のお笑いグループの名前を言った直後、僕の全身から黄金色の光が燃え盛る業火のように噴出したのだ。


 やがてその黄金色の光は僕の右手に集まり、徐々にある形へと変わっていく。


 そして――。


 僕の右手にそれはっきりと握られていた。


 ハリセンだ。


 厚手の紙が蛇腹状に折られて全体的に扇子のような形をしていて、握りの部分にはガムテープがしっかりと巻かれている。


 ハリセンだった。


 もう2回ぐらいだけ言う。


 どこからどう見ても普通のハリセンだった。


 スパンという良い音が鳴って、なおかつ相手に痛さを感じさせない正真正銘の普通のハリセンだった。


 だめだこりゃああああああああああああああ――――ッ!


 こんな普通のハリセンで魔人を倒せるはずなんてない!


 それどころか、スライムにもダメージを与えられないだろう。


 僕はハリセンを見つめながら歯噛みする。


 そのとき、僕はふと気がついた。


 視界に映るルイボ・スティーが立ち止まっていたのだ。


 大きく目を見開き、額からダラダラと大量の脂汗を流しながら。


 え? 何をそんなにビビってるの?


 思わずそうたずねたくなるほど、ルイボ・スティーは僕を見てビビっていた。


 いや、よく観察すると僕を見てビビっているんじゃない。


 僕が手にしているハリセンを見てビビっている。


「そ、そんな馬鹿な……それは我ら魔人だけではなく、魔王コーカ・コーラさまをも屠ることができるという唯一無二の武器――ハリセンではないか!」 


 は? このハリセンが魔人と魔王を殺せる唯一の武器?


 正直なところ「何じゃそりゃあ?」とツッコミたくなった。


 あの魔人の目には、この普通のハリセンはどう見えているのだろう。


「おのれ、小僧! 無害そうな顔をしてとんだ食わせ者だったわ! まさか、貴様がハリセンを具現化できる者だったとはな! だがいくら強大な威力を発揮するハリセンとはいえ、ただのハリセンでは中級クラスの魔人である吾輩を倒すには力不足だ! それこそ〈神のハリセン〉でもなければ倒せんぞ!」


 何だよ……〈神のハリセン〉って。


「はははははははっ!」


 突如、カーミちゃんが大声で笑った。


「残念だったな、魔人ルイボ・スティーよ! そやつの持っているハリセンはお主が恐れている〈神のハリセン〉じゃ!」


「な、何だとおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!」


 ルイボ・スティーは空気を震わせるほど絶叫し、ついでに何十もの落雷に打たれたように全身をガクガクと震わせた。


 正直、まるで質の悪いコントを見ているようだ。


 でも、ちょっとルイボ・スティーに隙ができたような……。

 

「今じゃ、カンサイ! その〈神のハリセン〉で奴を倒せ!」


 そのカーミちゃんの言葉に、僕の身体は突き動かされた。


 ええい、ままよ!


 僕はハリセンを剣道の上段のように構え、ルイボ・スティーに突進した。


 7メートル、6メートル、5メートル、4メートル、3メートル――。


 といった具合に、僕とルイボ・スティーの距離が詰まっていく。

 

 やがて僕たちの間合いが2メートルまで縮まったときだ。


「調子に乗るなよ、小僧! 我が全魔力を使った必殺の暗黒魔法を食らえ!」


 何やら物騒なことを言い出したので、僕は立ち止まってルイボ・スティーの後方に人差し指を向けると、一瞬でも相手の気を逸らせる言葉を言い放った。


「あッ! あんたの後ろに魔王コーカ・コーラさまが!」


「何ッ!」


 ルイボ・スティーが誰もいない後方に振り返った直後、僕はカッと両目を見開いて全速力で駆け出した。


「ナンデヤネエエエエエエエエエエエエエエエエエンッ!」


 一気に間合いを詰めた僕は、思いっきり〈神のハリセン〉でルイボ・スティーを叩いた。


 ズパアアアアアアアアアアンッ!


 僕の〈神のハリセン〉の一撃を顔面に食らったルイボ・スティー。


 そんなルイボ・スティーは、大量の鼻血を噴出させながら地面に倒れる。


 するとコウモリは「ピイイ」と鳴いてどこかに飛び去って行く。


 そのコウモリはともかく、僕はルイボ・スティーに対する攻撃――もとい〈神のハリセン〉によるツッコミの手を休めなかった。


「ナンデヤネンッ! ナンデヤネンッ! ナンデヤネンッ! ナンデヤネンッ! ナンデヤネンッ! ナンデヤネンッ! ナンデヤネンッ――」


 僕は無我夢中でルイボ・スティーにツッコミを入れ続ける。


 やがてルイボ・スティーの全身は黒い霧となって霧散した。


 あれ? 勝った?


 以外にも呆気ないほどの勝利に首をかしげていると、ローラさんが僕の背中に抱き着いてきた。


「すごいです、カンサイさま! あんな凶悪な魔人に勝ってしまわれるなんて!」


 続いてクラリスさまが駆け寄ってくる。


「カンサイ殿、あまりの見事さに言葉を失いました! あなたはまさしく英雄であり神です!」


 そのとき、遠くから伝令の人がやってくる。


「魔物の群れはすべて倒されました! 繰り返します! 1000体の〈魔物モンスター大暴走・スタンピード〉は騎士団によってすべて倒されました!」


 するとアリッサさんとユルバさんも僕の元へ駆け寄ってくる。


「カンサイさま、うちはアンタに心底惚れちまったよ!」


「……………………………………………………全面同意」


 その後、僕は狂喜した聖乙女騎士団の人たちから胴上げされた。




 王国歴1720年。


 このバルハラ大草原の戦い(後世のバルハラ大攻防戦)によって、やがて僕の名前は王国中に知れ渡ることになる。


 伝説の大賢者チンチン・カイカイさまに匹敵する若き英雄として――。

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