第十九話  そのポーター、変なピンチに立たされる

 ルイボ・スティーは、僕たちから10メートルほど離れた場所に降りてきた。


「クククク……愚かで小賢しい人間どもよ。覚悟せい」


 ルイボ・スティーの全身からは禍々しいオーラが漂ってくる。


 その気配を敏感に察知した人たち――クラリスさまを始めとした、アリッサさんやユルバさんたち聖乙女騎士団の人たちは無意識に距離を取った。


 傍目からは僕とカーミちゃんとローラさんの3人が、ルイボ・スティーと対峙しているような形になる。


 それはさておき。


 初めて見る魔人の姿は異様の一言だった。


 ダンジョンにいる魔物とは何もかもが違う。


 ゴブリンやオーガなど人型をしている魔物は多いが、それでもこうして人間と瓜二つな姿をしている魔人の言動や雰囲気には遠く及ばない。


 姿かたちの醜さではなく、全身から放たれている邪悪な力がである。


 それに加えて、右肩には小さなコウモリが一匹乗っている。


 本物のコウモリじゃなかった。


 子供が好むヌイグルミのように愛くるしい姿のコウモリだったのである。


 僕はごくりと生唾を飲み込んだ。


 ヌイグルミみたいなコウモリはともかく、本物の魔人は確かに強そうだ。


 けれど、僕には【神のツッコミ】の力がある。


 あの力を使えば魔人だろうと簡単に倒せるさ。


 僕は脳裏に【神のツッコミ】を発動させたときの様子を蘇らせる。


 ナンデヤネンと言い放ち、対象者に右手を振れば噴出する黄金色の光の奔流。


 あれを食らえば魔人とて無事ではすまないだろう。


「うむ……ちとマズイな」


 そう漏らしたのはカーミちゃんだったが、戦闘意欲が全開だった僕は軽く聞き流して魔人と対峙した。


 後方からは「カンサイさま、がんば~!」という黄色い歓声が聞こえてくる。


 ありがとう、聖乙女騎士団の皆さん。


 男カンサイ、魔人を倒して見せます!


「ほう、小僧。もしや貴様が吾輩の相手をするというのか? しかも1人で?」


 そうだ、と僕はルイボ・スティーに向かって叫んだ。


「お前なんて僕の力で倒してやる!」


 僕はルイボ・スティーを睨みつけると、10歩ほどルイボ・スティーに近づいた。


 小説の中に登場する、悪役と対峙する正義の主人公のような気分で。


 そして――。


「ナンデヤネエエエエエエエエエエエエエエエンッ!」


 裂帛のキーワード一閃。


 僕はルイボ・スティーに勢いをつけて右手を振った。


 直後、噴出した黄金色の光の奔流がルイボ・スティーに飛んでいく。


 しかし、ルイボ・スティーはまったく避けようとしなかった。


 きっと僕の力を甘く見たのだろう。


 人間の、しかも小僧の力などたかが知れていると。


 馬鹿め!


 その人間を見下した余裕がお前の命取りだ!


 やがて黄金色の光の奔流はルイボ・スティーに直撃した。


 同時に大地を鳴動させるほどの爆発が起こり、ルイボ・スティーの姿が見えなくなるほどの土煙が上がる。


 あれ? いつもは爆発なんてしてたっけ?


 などと思った僕だったが、相手は魔人なんだから爆発ぐらいするか程度に軽く考えた。


 そうさ。


 爆発うんぬんはともかく、要は魔人を倒せたんだからそれでいい。


 僕は後ろにいたカーミちゃんとローラさんに振り返った。


「やったよ。僕は魔人に勝ったんだ」


 そう言うとローラさんは「凄いです、カンサイさま」と喜んでくれたが、カーミちゃんは難しい顔で首を左右に振る。


「いや、まだ終わっておらんぞ」


「え?」


 と、僕がすっとんきょうな声を上げときだ。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 鼓膜だけじゃなく、脳みそまで刺激するほどの笑い声が聞こえた。


 僕は慌てて振り返る。


「ぬるい! ぬるいぞ、小僧! その程度の力で吾輩を倒せると思うたか!」


 もうもうとした土煙が晴れたあとに姿を現したのは、無傷の状態で佇むルイボ・スティーだった。


 そ、そんな馬鹿な!


 あの黄金色の光をまともに食らって無傷なんて!


「やはりか……カンサイよ。あの魔人はただの魔人ではない」


 驚愕している僕に、カーミちゃんは言った。


「あやつは実力が上級・中級・下級の3段階にわかれている魔人の中で、中級に分類される魔人じゃ。となると、お主が放った〈気力封魔きりょくふうま撃滅げきめつ金剛烈破こんごうれっぱ〉ではダメージは与えられん」


 ええええええええええええええええええええええ――――ッ!


 魔人の実力にそんな分類がされているなんて聞いてないよ!


 というか、あの黄金色の光にそんな大げさな技名があったの!


「フフフフ、さあ小僧。次はこちらの番だな。簡単には殺さぬから覚悟せい」


 ルイボ・スティーはニヤリと笑うと、地面を噛み締めるように歩み寄ってくる。


 ひいいいいいいいっ、殺される!


 僕が心中で高らかに悲鳴を上げると、カーミちゃんは「案ずるな。カンサイよ!」とビシッと人差し指を突きつけてくる。


「魔人の実力が3段階にわかれているように、お主の【神のツッコミ】もハイクラス・ミドルクラス・ロークラスと使える力がわかれておる。そして言うなれば〈気力封魔きりょくふうま撃滅げきめつ金剛烈破こんごうれっぱ〉はロークラスの力……じゃったら、こちらも相手の実力に相当するミドルクラスの力を使えばいい」


 ちょっと待って!


 こんな土壇場にきて知らない単語がバンバン出てくるんですけど! 


 それにミドルクラスとやらの力の使い方は知りません!


「ハリセンじゃ!」


 カーミちゃんは力強く言い放つ。


「お主だけが使える〈神のハリセン〉を具現化せよ!」

 

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