第十二話  そのポーター、一難去ってまた一難に見舞われる

 あれ? こんなに呆気なく勝てたの?


 僕は地面に倒れているアリッサさんとユルバさんを見下ろした。


 アリッサさんとユルバさんの身体はぴくぴくと動いているが、どうやら意識は完全に失っているようだ。


「な? わしの言ったとおり簡単に勝てたじゃろ?」


 なぜかカーミちゃんは小さな胸を大きく張ってドヤ顔をする。


 一方、僕は勝てたところで気持ちが晴れるということなどなかった。


 むしろ、2人に対する心配の気持ちのほうが高まってくる。


 だ、大丈夫かな……変な後遺症が出ないといいんだけど。


 などと考えていた僕の耳には、野次馬たちからの様々な声が聞こえてきた。


「す、すげえ! あの二つ名持ちの副団長たちを一瞬で倒しやがった!」


「こりゃあ、聖乙女騎士団に勝ったって言っても過言じゃねえな!」


「す、素敵……わたし惚れちゃいそう」


「闘神じゃ! あの方は闘神の生まれ変わりじゃ!」


 野次馬たちのざわつきがさらに大きくなろうとしていたとき、露店通りの一角に「黙れ!」と野次馬たちを一瞬で黙らせるほどの声が響いた。


 声を発した主はクラリスさまだ。


 僕はクラリスさまへと顔を向ける。


 クラリスさまは腰に携えていた、高価な装飾品に彩られた長剣を抜いていた。


 加えて貴重な部下たちを一瞬で戦闘不能にされたためか、怒りで全身をワナワナと震わせている。


「おのれ、カンサイ。よくも私の大切な部下たちを……こうなった以上、もう容赦はせん。貴様に亡き者にされたアリッサとユルバの仇は私が取る!」


 いやいやいやいやいや、誤解ですって!


 アリッサさんとユルバさんは気を失っているだけで死んでないですから!


 僕が心中でツッコんでいると、カーミちゃんは僕の肩をポンと叩いた。


「カンサイよ、どうやら奴は少しばかりオツムが足りないお姫様のようだ。そしてあの様子だと、もはや何を言っても聞かんだろう。だったら、お主がこの場を切り抜けるためにすべきことは1つしかない」


 カーミちゃんは「ツッコミじゃ」と断言した。


「あのお姫様を【神のツッコミ】でツッコめ。それしかない」


 ど、どういうこと!


 僕が混乱している間に、クラリスさまの怒りは頂点を迎えたのだろう。


「何をごちゃごちゃと喋っている! 私が本気でないとでも思っているのか!」


 クラリスさまは長剣を上段に構えると、大気を震わせるほどの気合を発する。


「エエエエエエエエエエエイッ!」


 次の瞬間、クラリスさまは僕に向かって疾走してきた。


 このとき傍から見ていた野次馬たちの目には、クラリスさまの動きが疾風のように見えていただろう。


 だが、僕の目に映っていたクラリスさまの動きは違った。


 クラリスさまの動きがひどく遅く見えていたのだ。


 それこそスローモーションのように、全身の隅々まで動きが把握できるほど。


 なので僕はクラリスさまの攻撃を避けることなど簡単だった。


 現に僕はクラリスさまの斬撃をヒラリとかわすと、危ないのでクラリスさまの手から長剣を奪い取った。


 そのまま長剣を遠くへと放り投げる。


「くそっ、この化け物め!」


 長剣を一瞬で奪われて捨てられたクラリスさまは、それでも闘志を衰えさせずに僕に攻撃してきた。


 体重の乗った右のストレートパンチを僕のみぞおちに打ち込んでくる。


 僕はカーミちゃんのためにシャツを脱いでいたため、急所の位置が丸わかりでパンチを打ち込みやすかったのだろう。


 では、僕はクラリスさまのパンチを避けたのか?


 答えはノーだ。


 僕は何の防御もせずに「ナンデヤネン」とつぶやき、クラリスさまのパンチを真正面から受け止めた。


 ドンッ!


 パンチが当たったときの衝撃音が周囲に響く。


「そ、そんな……」


 クラリスさまは顔を蒼白にさせて僕を見上げる。


 僕はノーダメージだった。


 すごい……〈気力〉ってこれほど凄いんだ。


 僕は自分自身のタフネスに舌を巻いた。


 全身に〈気力〉が充実している今ならば、もしかすると大砲の弾を食らっても平気かもしれない。


 そしてクラリスさまはパンチから伝わった感触で、僕との実力差をこれでもかというほど痛感したのだろう。


 クラリスさまはへなへなと座り込んだ。


「カンサイ……いや、カンサイ殿。そなたの強さをあらためて感じた。今の私ではそなたの足元はおろか足の爪にも及ばない。心の底から負けを認める」


 そう言うとクラリスさまは、僕に対して小さく頭を下げた。


「だが、そう言われたところでそなたの私に対する恨みは消えないだろう。なので私の運命をそなたに捧げる。私にどんな命令でも与えてくれ。首を落とすのもよし、肉奴隷にするもよし……そなたの望むことを私は受け入れる」


「……本当ですか?」


 僕はクラリスさまにたずねる。


「第三王女に二言はない」


 一拍の間を置いたあと、僕は「わかりました」とクラリスさまに告げた。


「それでは、これまでのことを一切なしにします」


 クラリスさまは「え?」と面を食らったような顔になった。


「もうこれ以上、不毛な争いは止めましょう。確かに僕は命を狙われた身ですが、それであなたに恨みを抱くようなことはしません。僕はポーターですから」


 はっきり言って、自分でも何を言っているか理解できなかった。


 とにかく、今はここから離れたい。


 あまりに色々なことが短時間で起こりすぎたため、どこか静かな場所へ行って頭も身体も休ませたいと思ったのである。


 そんな僕の心情とは異なり、なぜかクラリスさまは「カンサイ殿……」と潤んだ熱い瞳を向けてくる。


 その直後だった。


「た、大変だああああああああ――――ッ!」


 街の治安巡回に務めていた、王都騎士団の人たちが大慌てで駆け寄ってくる。


「みんな今すぐ城へ避難するんだ! 〈天魔の森〉で〈魔物モンスター大暴走・スタンピード〉が発生した! その数は確認できただけで1000体以上! この王都へと向かって来ている!」


 僕は激しいめまいに襲われた。


 もう勘弁してくれ。

 

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