第十一話  そのポーター、聖乙女騎士団に完全勝利する

 この世のすべての時が動き出した瞬間、僕は嬉しさよりも抗えない現実を突きつけられて軽いパニックに陥った。


 そう、僕は聖乙女騎士団の副団長たち――アリッサさんとユルバさんに捕縛されそうになっていたからだ。


 しかも腕と足を1本ずつ切り落とされるというオマケつきである。


 ど、どうしよう。


 などと持った直後、アリッサさんとユルバさんの歩みがピタリと止まった。


 それだけではない。


 周囲からは悲鳴のような怒号のような声が津波のように押し寄せた。


 僕は「え?」と頓狂な声を発して周囲を見渡した。


 どうやら全員の視線は僕に注がれている。


 いや……よく見ると違う。


 他の人たちは僕の後方に視線を集中させているようだ。


「よし、カンサイよ。今こそ覚醒したお主の力を見せるときだ。処女ばかりの聖乙女騎士団の連中など軽く蹴散らしてしまえ」


 後方から聞こえた若々しい声は、感じからして10代前半に違いない。


 まさか、と僕はおそるおそる顔だけを振り向かせる。


 僕の嫌な予感は的中した。


 そこには全裸姿のカーミちゃんが、腰に手を当てて仁王立ちしている。


 表情はもちろんのこと、その堂々とした態度には羞恥の色などまったくない。


 えええええええええええええええええッ――――ッ!


 普通に実在してるのおおおおおおおおッ――――ッ!


「うむ、面白そうだからこのままお主と行動をともにすることに決めた。これからよろしくな、カンサイよ」


 僕は目の前がクラクラした。


 元がおっさんの姿とは思えない可愛らしさだ。


 いやいやいや、そんなことよりも全裸の状態はかなりマズイ。


 僕は着ていたシャツを脱ぎ、カーミちゃんに素早く着せてあげた。


 するとどうだろう。


 かなりの身長差があったので、僕のシャツを着ただけでカーミちゃんの全身がすっぽりと覆い隠されるナイスな状態になった。


 股間のデリケートゾーンも、見事にロリコンと思しき一部の野次馬たちの目から守ることができている。


「だ、誰だそなたは! 一体どこから現れた!」


 ホッとしたのも束の間、僕の耳にクラリスさまの声が聞こえてきた。


「答えよ、カンサイ! どうして貴様の後方にいきなり全裸姿のいたいけな少女が現れたのだ! まさか、どこかからさらってきたのか!」


「ちょっと待ってください! そんな結論になるのは無理があるでしょう! 大体、どこに少女をさらってくる時間があったというんですか!」


 しかし、クラリスさまは僕の反論などどこ吹く風だった。


「やかましい、この変質者が! アリッサ、ユルバ! 捕縛などという生温いことはやめだ! その者を全力で処刑せよ!」


「何かよくわからねえけど了解っス」とアリッサさん。


「………………………………委細承知」とユルバさん。


 ひいいいいいいいいいっ、状況がさらに悪化した!


 僕が絶望していると、隣にカーミちゃんが颯爽と並ぶ。


「何をそんなに動揺しておるのだ、カンサイ。【神のツッコミ】スキルを会得したお主ならば、あの者たちなど物の数ではない。さあ、今こそわしとともに修行した日々を思い出すのだ」


「そんな修行は1秒たりともしてないんですけど!」


 僕がカーミちゃんに普通にツッコんでいると、クラリスさんは「何をごちゃごちゃ言っている!」と怒声を上げた。


「アリッサ、ユルバ! さっさと始末するのだ!」


 クラリスさんの命令で、アリッサさんとユルバさんは完全な臨戦態勢になった。


 アリッサさんは背中の槍を両手に持って中段に構え、鋭利に磨き上げられている穂先を僕に突きつける。


 ユルバさんも両腰に吊るされていたレイピアを一息で抜くと、胸の前で十字架のような形に剣をクロスさせる独特な構えを取る。


 あわわわわ……冗談抜きでマジで強そうだ。


「だからカンサイよ、そんなにビビらずともよい。今のお主ならば赤子の手をひねるような感じで奴らを倒せる。ほれ、自分の体内に溢れている力を感じてみよ」


「僕の体内に溢れている力?」


 カーミちゃんの指示に従い、僕はあらためて自分自身へ意識を向けた。


「――――ッ!」


 そのとき、僕ははっきりと確信した。


 僕の体内にとてつもない力が循環している。


「これは〈魔力〉?」


「いいや、その力は〈気力〉という」


 カーミちゃん曰く、僕の体内に溢れている力は異世界――チキュウに存在している〈魔力〉とは異なる別次元の力の総称とのこと。


 ちなみに、このアルガイアの世界に〈気力〉という力は存在していないらしい。


 何でも異世界の転生者である者だけが、かつて自分たちが存在していたチキュウから無尽蔵に〈気力〉を得られて凄まじい力を発揮できるという。


 たとえば〈気力〉を全身にまとわせて肉体を鋼鉄のように硬くさせたり、凝縮した〈気力〉を別の道具に変化させたり、もっと変わったところで言えば〈気力〉で次元に穴を開け、その穴に色々な道具を入れる収納棚の代わりにするようなことも可能だとカーミちゃんは言った。


 一方、そんなやりとりをしている僕たちに構わず、アリッサさんとユルバさんが突進してくる。


 くそっ、こうなったら野となれ山となれだ。


 僕が2人を見て覚悟を決めると、隣にいるカーミちゃんは大きくうなずいた。


「さあ、カンサイ。あの〝キーワード〟に〈気力〉を込めてツッコめ!」


 よくわからないけど、こうなったらやるしかない。


 僕は体内に溢れていた〈気力〉を右手に集中させ、本能に従って右手を振った。


 キーワードと思われる、あの言葉と一緒に。


「ナンデヤネエエエエエエエエエエエンッ!」


 すると僕の右手からは、黄金色の光が力の奔流となって噴き出した。


 そして――。


「うわああああああああッ」


「…………………………ッ」


 アリッサさんとユルバさんは黄金色の光に包まれると、やがてその場にパタンと倒れた。


 周囲からはどよめきが沸き起こり、クラリスさんは化け物を見るような目で僕を凝視する。


 それは僕が聖乙女騎士団に完全勝利した瞬間だった。

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