第六話   そのポーター、第三王女に激しく誤解される

 あ、あの人がこの国の第三王女さまだって!


 僕は口から心臓が飛び出るほど驚いた。


 同時にこうも思う。


 どうして、そんな高貴なお方がこんな露店通りにいるのだろう。


「か、カンサイさま」


 唖然としていると、ローラさんが僕の元へやってきた。


 この事態を上手く飲み込めていないのか、僕の右腕にがっしりと――それこそ自分の乳房を押しつけるようにしがみついてくる。


 ああ、だめだローラさん。


 そのしがみつき方だと、僕の右腕にふくよかな胸の感触が……。


 一方、クラリスさまは白馬から颯爽と降りると、鼻の下が少しだけ伸びていた僕に向かって近づていてくる。


 すると周囲の人たちが示し合わせたように片膝をついて頭を垂れた。


 ローラさんも同様だ。


 それを見た僕もさすがに我に返った。


 慌ててローラさんや他の人たちと同じポーズを取ろうとする。


「いや、そなたは構わぬ。そのまま楽にしていてくだされ」


「は、はあ……」


 僕は言われるまま案山子のように立ち尽くす。


 そして目の前まで迫ってきたクラリスさまの容姿を上から下まで眺めた。


 美の化身とはこういう女性のことを言うのかもしれない。


 隣にいるローラさんも顔の形といい体型といい魅力的な女性だったが、さすがにクラリスさまと比べると見劣りしてしまう。


 それほどクラリスさまの容姿は完璧だった。


 金糸と見間違うほどさらっとしている金髪。


 すっと伸びた鼻梁。


 先端に向かって逆三角形に伸びているあご先のライン。


 蒼海を思い浮かばせる澄んだ碧眼。


 白銀の鎧の上からでも十分わかる出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる体型。


 すべてに置いて女性としては完璧な存在だった。


 さすがは王族の1人だ。


 僕のような平凡な民草とは何もかもがまったく違う。


「私の名はクラリス・フォン・グラハラム。この国の第三王女である」


 やや古風な物言いのクラリスさまは、どう高く見積もっても20歳には達していないだろう。


「さあ、我が名は名乗った。ぜひとも、そなたの名も教えてくだされ」


 はい、と僕は小さく頭を下げた。


「ぼ、僕は――いえ、わたくしの名はカンサイと申します。ここから遠く離れた田舎の施設の出身ゆえ、名字は持っておりません」


 僕の礼儀正しすぎるような自己紹介に対して、それでもクラリスさまは「よい名だ」と微笑んでくれた。


「それで、カンサイ殿は何を生業とされておられる? 先ほどの腕前から察するにA級冒険者……それとも大陸を旅する流れの武芸者かな?」


「どちらでもありません。その……わたくしは単なるポーターでして」


 この発言に周囲の人たちは一気にざわついた。


 眼前のクラリスさまも大きく目を見開く。


「ポーター……ポーターとはあれか? ダンジョンなどで冒険者たちに付き従う荷物持ちのポーターのことか?」


 クラリスさんの質問に僕は満面の笑みで「そうです」と答える。


「嘘を申すな!」


 直後、クラリスさまは目つきを鋭くさせて叫んだ。


「あれほどの腕を持ちながら単なるポーターだと! そなた、この私に対して嘘偽りの身分を申すのか!」


「いやいやいや、ちょっと待ってください。ぼ、僕は本当にポーターで」


 と、全力で誤解を解こうとしたときだ。


 遠くから地鳴りのような音が響いてきた。


 見るとクラリスさまと同じ鎧を着た騎馬団がこちらに向かってくる。


「あれは聖乙女騎士団!」


 ローラさんが大声で言った。


「カンサイさま、あれはクラリスさまが団長を務める聖乙女騎士団です! 全員が女性ながらも、それぞれが一騎当千の強者と評判の騎士団です!」


 そんな聖乙女騎士団が手綱を握っている馬たちがクラリスさまの手前で止まると、ガチャガチャと鎧がこすれる音を鳴らして女騎士さんたちが降りてくる。


 そしてクラリスさまは数十人はいる女騎士さんたちに命令した。


「聖乙女騎士団よ、この黒髪の男を即刻捕縛せよ!」


 ええええええええええええ――――ッ!


 何でええええええええええ――――ッ!

 

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