第四話   そのポーター、街中で極悪非道集団と対峙する

「カンサイさま、これからどうしますか?」


 僕は泊まっていた宿屋の一室でローラさんに訊かれた。


「そうですね……とにかく、まずは生活費を稼がないと」


 すでに僕とローラさんは水浴びをすませて衣服を着ている。


 ローラさんは暗色のローブ、そして僕は清潔感のあるシャツとズボン姿だった。


 このシャツとズボンは宿屋の女主人がくれたものだ。


 何でも僕の姿が亡くなったご主人と顔や体型が瓜二つだったらしく、僕を一目見るなりタダでいいからもらってくれと言われたからありがたく頂戴したのである。


「でも、おそらくカンサイさまは冒険者ギルドでお金を稼ぐことはできなくなっていると思います。さすがにあれだけ騒ぎを起こしたらギルド側も黙ってはいられません」


「ですよね」


 ローラさんの言うことはもっともだ。


 冒険者ギルド内での私闘は固く禁じられている。


 たとえA級やS級の冒険者といえども、どんな小さな冒険者ギルド内で私闘をすれば一発でライセンスが取り消されるという。


 だとしたら、僕などはもう完全に終わりだ。


 今後は二度と冒険者ギルドを通じて職を得ることは不可能だろう。


 とはいえ、僕のような何の学歴や家柄もない人間が日々の糧を得る手段などあまりない。


 それこそ何の資格もいらずに稼げるのが冒険者ギルドで職を得ることだったのだが、こうなった以上は冒険者ギルド以外で生活費を稼ぐ必要になってくる。


 グウウウウウ…………。


 そんなことを考えていると、僕の腹が盛大に補給を要求してきた。


 ローラさんはくすくすと笑う。


「何はともあれ、まずはご飯を食べましょうか。それからゆっくり考えましょう……2人で」


 ローラさんは頬を赤らめながら僕にすり寄ってくる。


 ああ、だめだ。


 このままだと僕の腹だけではなく、股間もいかがわしい要求をしかねない。


「ローラさん、いっそのこと外に食べに行きましょう。宿屋で食事をするより露店で買ったほうが食べ物は安くてうまいから」


 嘘だった。


 本当は宿屋で食事をしてしまったら、すぐさま食欲以外の欲求を満たしたくなると思ったのだ。


 そうなると職探しどころではなくなってしまう。


 昨日の晩の続きとばかりに、ローラさんをベッドに押し倒しかねない。


 なので僕は急いでローラさんと宿屋を出た。


 大通り沿いに軒を連ねている露店通りへと向かう。


「きゃああああああ」


 露店通りへと到着した直後、僕の耳にかよわい女性の悲鳴が聞こえてきた。


 悲鳴の発生源に顔を向けると、そこにはいたいけな少女に群がるむさ苦しい男たちがいた。


 ボサボサの総髪男、無数の傷がある禿頭男、小太りの男、チビな男、長身の男など全部で5人だ。


 そんな男たちは下卑た笑い声を上げながら、恐怖に怯えている少女の身体のあらゆる場所を触っている。


 僕は驚いて周囲を見渡した。


 犯罪の現行犯であるにもかかわらず、周りにいる人間たちは顔を逸らすだけで男や少女に見向きもしない。


 まるで見て見ぬ振りをしているようだ。


「あれはアーノルド一家!」


 男たちを見たローラさんが、恐怖に入り混じった声を上げた。


「あ、アーノルド一家?」


「そうです。このグラハラム王国の裏社会を牛耳っている極悪非道な犯罪集団――アーノルド一家の連中です。間違いありません。首に一家の証であるトカゲの刺青があります」


 確かに男たちの首には同じようなトカゲの刺青があった。


 わざと見せびらかすように彫った印象がある。


 あいにくと僕は1ヶ月前に田舎からこの王都へとやってきたので、裏社会などのことは全然くわしくなかった。


 それでも相当な規模の犯罪集団だということは周囲の反応で理解した。


 では、僕も他の人間たちにならってこの状況を見過ごすのか。


 僕の脳裏に施設で生活していたときの様子がよみがえる。


 孤児や捨て子など100人以上が住んでいた田舎の施設では、ありとあらゆる子供たちがいた。


 背の低い子や高い子、勉強ができる子とできない子、悪戯好きな子とそうでない子など様々に。


 そんな中でもよく別の子に暴力をふるう悪ガキどもがいた。


 特に気弱な女の子をイジメていた奴らがいて、僕は何度も助けようとして立ち向かったが、そのたびにボコボコにされて返り討ちにあった。


 僕は泣きながら思ったものだ。


 強くなりたい。


 理不尽な暴力を叩き伏せるほどの力が欲しい、と。


 でも、僕には肉体の才能がなかった。


 どれだけ鍛えても筋肉がほとんどつかなかったのだ。


 なのでそんな僕は冒険者になることもできず、最低限の仕事だったポーターとして働いていたのだ。


 おそらく、昨日までだったらこの現場を見ても黙って立ち去っていただろう。


 そう、昨日までの僕だったら。


 僕は「やめろ!」と言って男たちに怒声を放った。

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