#6 梅ノ木化学の三悪人(小悪党の二人)
まあ、あくまで個人の感想ではあるが。おたか姉さんのあげていた会社の近代化を体を張って止めたという三人は、総務経理を担当している和子の目から見れば文字通り獅子身中の虫、宿主を食らいつつ共存する寄生虫であった。
最初の小物は工場長。季節による材料の配分など彼にしかできない特技はあったが、これとて本気で分析すれば機械化は不可能ではない。
だからこそ近代化には常に反対。
彼なきあとの会社の事なんか頭にない。当然隣県の工業団地に建設する大型工場計画も大反対した。
だが、バブルの終末期、資金の借り受け先を求める銀行の強い強い圧力に加え、何としても工場誘致をしたい県側の思惑で、今なら、という破格の条件が整い計画は動き出した。
「遠い」工場長の弾はそれだけだったが。工員の大半はそれに賛同して声を上げた。徒歩や自転車で通う古株はもちろんだし、新卒採用の若い工員たちは仕事帰りに梅田や十三、新大阪といった繁華街に寄れなくなるのを嫌がった。何しろ新工場は隣県工業団地のど真ん中、最寄駅に送迎バスが用意されるような離れ小島である。
会社には銀行から出向の専務が現れ、各個撃破が始まった。待遇改善昇給、独身社員には工場近くに格安家賃の賄い付き社員寮…
そして、唐突に工場長は移転賛成派に回る。
理由はすぐに分かった。会社は県側から社員寮建設用地として工業団地隣接の住宅地域の土地を格安で購入したのだが、なんと、そこに工場長の大邸宅が建ったのだ。
社員寮は、
そうして無事新工場は竣工、取締役生産部長となった工場長は本社から消える。
続いては最も古株のくせに小物感満載のイタチ専務。
会社は近くのガソリンスタンドと契約があり、多数の営業車や役員それぞれの支給車はナンバー登録されていて、給油や洗車を始めすべてのサービスをいちいち支払わずに受けられ、毎月一括して会社に請求が来る。
疑惑はあった、ずーっと前から。しかし話があまりにせこ過ぎて泥鰌部長はストレスを抱えながらも言い出せずにいた。
そしてついにその日が来た。走り回っている営業車よりも頻繁な給油記録。なぜそこに? の高速道路代… それだけでは押さえきれなかったイタチのしっぽがついにハッキリと姿を現した。
「すんません。これ、なんでんねん」泥鰌部長の声は勝ち誇って震えていた。
冬用替えタイヤ4個、数日後、また4個… イタチ車ナンバーで請求されてきたのだ。一瞬絶句したイタチは「まあまあまあまあ」と泥鰌を上階へ連れていった。
結局、イタチはタイヤ代を、タイヤ代だけを支払った。ガソリンもタイヤもその他の小物類もすべて息子の為にせっせと購入していたのだ。車から車へガソリンを移すイタチもその息子も情けないの極みだと思ったが、イタチの誇りなきケチ道はまだまだ和子を驚かせてくれる。
事の発端は銀行から出向してきた女形、いやオヤマ専務が新工場建設の目鼻がついても銀行には戻れず。する事を探して始めた会社の定款規則の見直しである。
知って驚いたが、会社にあったのは大正時代の手書き数ページのみの代物。時代や法規にそって実際の運用は変わっていたものの、正式に書き換えはされていなかった。
そこで、まず手を付けたのが役員定年制の導入で、役員になれば死ぬまで役員。と思っていたイタチが直撃をくらった。この古イタチ、役員定年なんぞとっくに過ぎていたのだ。決算が近づき、イタチの任期終わりが迫ると、社長は月曜の朝礼の度にその話題を持ち出した。親父の時代からいて、兄貴を追い出した、特に今必要でもないジジイを合法的に追い出せるのが実に楽しそうであった。
「今まで専務におごってもらった人は一人もいないと思うが、今回は慰労金もたんまり入るから、最後の日には全員でコーヒーとケーキ位はおごってもらえよ」などと軽口を朝礼で言っていた。
まさかと思うがもしかしたらと、興味津々で社員はXデーを待った。しかしイタチ退陣のその朝、驚くべき発表があった。イタチが社長室付として残留するというのだ。
既に総務では退職手続きの書類も揃えていたから、既定の路線ではない事は明らかだった。社長室付といっても、そんな部署は存在しないし業務もスペースもない。二階にあった椅子と机を三階の空きスペースに置いて電話を引いただけで通路とのパーテーションすらなく、横の応接スペースで会長のお呼びに待機している会長専属運転手と話しているだけの毎日…
通常ならこの待遇に怒って辞めるケースだがイタチは嬉々としてそこに居続けた。
噂では、社長室で文字通り泣いて社長に取りすがり残留を認めさせたらしい。
当日の社長の言葉がそのうわさを裏付けるようだった。
「えー 専務は本日付で退職されますが、溢れる会社愛が押さえきれないとの事で、明日より社長室付という事で引き続き勤務頂くことになりました。ただし明日からは専務ではないので、今後、みなさんは〝イタチさん〟と呼ぶようにして下さい。これは社長命令です」
しかしその後、イタチはある特殊能力に覚醒し大いに会社の役に立つ事になる。それはクレーム対応。
「ほーほーほー そらえらいこってす かなんわなあ」
「すんまへんなあ わしもここ長いけどそんなん聞いた事おへん ご迷惑かけましたなあ」
「いやあぁ そんな事めったにおへんのやけど」
関西弁は人を煙に巻く、時間ならたっぷりある、とことん聞いてすっかり相手の味方になって一緒に怒るうちに相手はイタチを敵ではなく味方と話しているような気分になってくるらしい。
亀の甲より年の劫、大した技術だ。おかげで営業事務の社員はクレーム電話に手を取られずに済むようになった。
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