#5 イタチ専務と狸常務


 梅ノ木化学は非上場とはいえ株式会社であるから、役員もいれば監査役もいる。

役員報酬や決算時配当金支払手続きの度に「こんなに大勢いるのか!」と驚くが、

よくよく見れば連なる名前は会長や社長の家族や身内ばかり、もちろん社内では顔を見た事もない。


年に一度の株主総会さえ開かれず〝〇月〇日〇時より 株主総会が開催され決算報告並びに株式配当が承認された〟というような書類が、というか書類だけが駆け巡り〝株主〟である会長一族が押印すれば株主配当という名のその年の会社収益の身内での分配が終了する。

もっともバブルの頃には、税金で持って行かれるくらいなら、と社員にも決算賞与が出た時期もあるらしいが、それは和子の知らない時代の話である。


和子の入社当時、この役員の中に二人だけ身内以外の人間がいた。イタチ専務と狸常務である。二人に共通するのは人品骨柄極めていやしく、しかもドケチである事だった。

狸常務に初めて会った時、和子は、子供の頃読んでおぞましさに震えた太宰治の〝カチカチ山〟のタヌキを連想した。コイツなら美女の前でも虫や泥を拾っては食らい、自分の保身の為なら婆さんだって迷わず打ち殺して食いそうだと…

それでもまだ狸には営業部長の肩書があり。営業部と営業事務を統括するという役割があるのだが、イタチ専務に至っては何をしているのか全く不明で、定時であろうがなかろうが、机の上に何一つなくなっていれば今日は退社したと見なされる人であった。 


「あの二人と生産部長はね、出戻り出世なのよ」

 和子の前任者が退職した後、全社事務女子一番の古株となった営業事務のおたか姉さんは、お気に入りのジンライムを一口飲んで、和子を見た「聞きたい?」目がそう言った。

 

 会長には男の子が二人いた。長男は真面目で優秀。次男はやんちゃで破天荒。

会長は長男に跡を継がせるべく大学卒業後、修行のつもりで当時日の出の勢いの大手スーパーに就職させた。

当時の梅ノ木化学は西日本では既に名を成していたものの、東日本ではまだまだ。

そこで、東京に東京梅木という販売専門の別会社を設立して、その傘下として北海道、東北に営業拠点をもうけ、さらに安定した売り上げの為、西日本博多の本社営業所もここにつけて、全国展開の足掛かりとする態勢を整え、ゆくゆくは次男を社長に据えて東日本の販売を任せる予定だった。

会長の作戦は着々と進行。スーパーを退職した長男に本社社長職を譲り、自分は東京梅木の社長になった。後は時期を見て東京梅木専務の次男にこの席を譲るだけ… のはずだったのだが…


満を持して社長になった長男は、学んできた最先端のスーパーの経営システムを一気に取り入れようとした。

だが、会長の元、丁稚奉公からたたき上げたイタチにも、一軒一軒の問屋の社長との個人的つながりを優先した〝でんがな まんがな〟営業の狸にも、新社長の持ち込んだ合理的経営システムは到底受け入れられるものではなかった。結局二人は、当時の工場長を誘って三人揃って会社を辞めた。

随分な話だが、現実に会社は止まった。

そうなっては、合理性も最先端もなんの薬にもならない。結局会長が本社社長に返り咲き、イタチを専務に、狸を常務に、工場長を生産部長として再び迎え入れた。


「なるほど、それで出戻りか。なんや偉そうにしてると思った」

 おたか姉さんは、大きくうなずいて、話を続ける。


 で、長男は弟がやるはずだった会社に都落ち… という訳にもいかず大阪で新たに販売会社を作ってそこの社長に据え、しばらく会長が本社の社長を続け…

「ああ、それで次男が本社と東京の兼務社長になったんや」

「結局、長男が残したのは壁に貼った社訓だけ」

「月曜日にみんなで読むあれ?」

「初めは毎日だったのよ。しかも内容はほぼ勤めていたスーパーの社訓のパクリ。

 今の社長が、毎朝下に降りるのが面倒だって言いだして、週一になったの」

「なんて社長! でも、よかった」

「でしょ。あの人のいいかげんもたまには人の役に立つのよ」

と言って、おたか姉さんはジンライムを飲み干した。


 えっ、あの人? と思ったが和子は黙って笑っていた。

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