#4 季節商売は3K&休日マジック


 和子が転職した平成元年は、大企業では既に週休二日制が定着していたが、中小企業はまだまだ、の頃。

「土曜半休」「交代制土休」「隔週土休」さらには「完全週休二日制」なる耳障りだけは良いシステムも実際に存在していた。

 〝完全〟とはつまり、国民の休日のある週は土曜出勤… 完全に週休は二日、それ以上認めない。という意味である。


 前職の法律事務所は大企業並みの待遇をうたっていて、〝完全〟抜きの週休二日制であった。梅ノ木化学も新社長就任のタイミングで週休二日制が一応は取り入れられたのだが、年間売り上げのほとんどを冬期に稼ぐという業種のせいもあるとはいえ、よくこんな事思いついたという不完全週休二日制が堂々まかり通っていた。

その裏技いやいや 屁理屈は… 


 退職した社員の訴えなどがあって、度々労働基準局が会社までやってくる。泥鰌ドジョウ部長はそのたびに年末に社員に配られる〝次年度勤務日カレンダー〟を持ち出して、週休二日制が成立する理由を説明する。

 これは通常のカレンダーに従って一端、土日祝日の休みを給付した上で、十月半ばから2月半ばまでの繁忙期の土曜及び祝日を正月休みや夏休みに振替えて行くという荒業である。

「え~っ、この11月一週目の土曜休を8月12日の勤務日と振替えます。次の週の土曜休を13日の勤務日と振替えてですね…」と泥鰌が説明する。

 社員は一見、夏には世の中より多く十日以上休んでいるのだが、それは取り上げられた冬の土曜休の振替であって、厳密にはこの会社には、世間でいう夏休みも正月休みもない事に気づいていない。

 このシステムだと会社は冬の間、休日出勤手当を一切出さずに済むうえに、社員は、この時期の土曜に休むとしっかり有給を消化される。会社ばかりがウィンウィンの、休日マジックである。


 それでもまだ余る休日数で、閑散期の飛び石連休を埋め連休にする。ただこれも思いやりとかではなく、工場の機械は丸一日止めると休み明けに順調に動くまで、調整時間が取られ、その間の製品ロスが出るから、工場の飛び石勤務は無駄ばかり多くなる。だから、冬は連続勤務で、夏は連続休みでスタートロスを減らすのだ。

もちろん労働基準局も罰則までは持ち出さないまでも、毎回、将来的に是正していく計画書の提出を要求し、絵に描いた餅的計画書は毎回恭しく提出されていたが、本格的実施はそれから相当先の話になる。


 使い捨てカイロというのはその年の気温次第のお天気商売だから、兵庫県の大型工場で秋から製造して倉庫にため込んだカイロが全く動かない年もあれば、あっという間に底をつく年もある。

そうなると、近代的大型工場も一瞬にして、ただただ頑張れブラックに変身する。

 

 工場従業員は一律3時間残業で8時まで、希望者はさらに3時間。これには出稼ぎの日系ブラジル人の名前が並ぶ。夕食に加えて夜食も出るし時給の上乗せも4時間目からは大きくなる。日系の特典で出稼ぎに来ている彼らは望んで働いていた。

 それでもまだ追いつかない年もある。するとキングブラック梅ノ木はさらに奥の手を出してくる。営業マンの深夜勤投入だ。

 会社規定で営業には営業手当がつく代わりに残業代は出ない。そう、素人とはいえ営業マンは、深夜勤務させてもただ、の労働力だ。

「どうせお前ら売るモンがないんやから、昼間は茶ぁ飲んでて仕事してへんやないか」

 と言われて交代で深夜の工場へ追いやられる。


だが現実は… 問屋相手の営業だから扱う数量単位は大きく相手の数は少ない、製品が円滑に流れている時は顔見知りの担当とのんびり付き合っているだけでいいけれど、一端、滞れば流通の末端からも罵声、懇願が殺到する。切羽詰まって小売店を一軒一軒回って、少しずつ在庫を引き上げて問屋に持って行くような事もするようになるから「売るモンがない」時ほど営業は忙しいのだ… 

確かに夏にはキリギリスのように楽をして過ごす営業マン達だが、売上が上がる程冬はきつい、泣く泣く交代で深夜勤に行き。工場で仮眠して午後出社という地獄に放り込まれる。


そこまで状況が切羽詰まって来ると、本社の片隅に残された〝本社工場〟にも影響が出る。二階建ての〝工場〟の二階は食堂とロッカーと入浴施設。一階は一本だけの生産レーン。勤務しているのは会長と苦楽を共にした古参の老男老女。ほぼ近隣の住人。自転車で通ってくる。

隣県への工場移設の際に「定年間際になって今さらラッシュの電車に乗って通えまへん…」と会長(当時の社長)に直訴。結果〝本社工場〟が残ったのだそうで、製品は、小売店の在庫補充や、直接購入する一般客用の会社在庫になる程度。日頃は冬でもおじちゃんおばちゃんがお茶飲んで日向ぼっこしてて、女子社員も息抜きにそんな話の輪に加わったりしているのだが…

事態が切迫すればそんな旧タイプの生産レーンにも操業時間延長の波が押し寄せる。

もちろんおばちゃん達は残業なんて一切しないから、短期アルバイトの募集がかかる。

 夜間という事もあり、こういう時の時給はいいので人は集まるが、なかなかのスーツ姿でやって来る年齢のいった男性や濃い化粧にひっつめ髪だったり反対に金髪でスッピンの女性等々 退社時にすれ違うと、その人生や事情を妄想せずにはいられなくなる面々が集まってくる。


この本社工場の工場長から〝疫病神〟と恐れられている男がいる。本社総務部ナマコ課長である。彼は彼なりに愛社精神を見せようと生産部の残業を志願するのだが、営業のように泊まり込んで昼出社されては困るという事で本社工場のヘルプに回る。が、残念な事に本社工場では

「あいつが来ると何かが起こる」と言われていた。

 レーンに付かせれば箱詰めのスピードが遅くて下流の人間の負担が増す。後ろでダンボールを組み立てさせると途中で底を閉じるのを忘れてしまい、ぎっしり詰めたカイロが持ち上げたとたんに崩壊する… というのはまあ彼の資質に関わる話なのだが。3度入って2回も自動包装の機械に袋のロールが絡みついてその日の残業は機械の分解で終わった…そんなめったにない故障が続いては〝疫病神〟と言われるのも仕方がない。 そしてついに工場長は「ここはいいから、アッチに行ってくれるか。大変な事はしなくていいから」と指示する。


 アッチとは、梅ノ木随一の3K、いや泥鰌部長は「きつくてきたないけど臭くはないから2Kだ」と言っている攪拌担当である。

 見上げる程の漏斗状の機械の上まで原材料を運びあげて投入し攪拌、細くなっている下の出口から工場に材料が流れていく。主材料の中に炭粉がある為、作業中は粉塵が舞い作業員は真っ黒になる。大型工場では機械がやっているまさにきつくて汚い作業場だ。

 その作業は操業前の早朝に行われる。専任作業員はマッチョな男性二人。午前4時に出社してほぼ4時間で終業となる。その後、会社が動き始める頃には本社工場の風呂に入ってのんびりしているが、和子の3倍4倍は稼ぐなかなかの高給取りだ。

 中年の男の方は正社員で、廃業した炭鉱で長く働いていたといい「こんなもん何でもない」と白い歯を見せて笑う。

 若い方はアルバイト。再三の会社からの要請にも正社員にならない理由は登山。世界の山を登るには並々ならぬ費用が掛かる。その為にきつかろうが汚かろうが彼には高給と自由な時間が必要なのだ。

 いよいよ山に行くので、と彼が退職を申し出た日。泥鰌部長はその後ろ姿にしみじみと「男のロマンやなぁ、羨ましいなあ」とつぶやき、照れ隠しのように「わしらには到底でけんけどな」と言った。


もちろんマッチョの対極に位置するナマコ課長のお仕事はそんなものではなく、翌朝に備えてデッキブラシで原料の出た後の漏斗の周りの粉を掃除する事。

「難しいとこは若い者に任せて、あんたは縁だけでええで」と言われたというのに、疫病神は再び彼に降臨する。

 漏斗の上部内側をこすっていた時、デッキブラシの頭がとれたのだ。それはコロコロと転がり原料が出て行くパイプの中に吸い込まれ…

 ありえへん。

 再び工場長は「ええから、ええから」と言いながら朝までかかって炭粉のべったりついたパイプを分解する羽目になった。

 もちろんそれ以来、ナマコ課長の生産部残業はなくなった。


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