第3話はじめてのご注文はふしぎな子2
「おうらっしゃい!『魔女』ちゃん!昼間から来んなんて珍しいじゃねえか!」
「はぁ…だーかーら!ちゃん付けするな!お前よりこっちは長生きしてんだよ!」
カズがやって来たのは表通りに店を構える冒険者向けの酒場『戦士の泊まり木』であった。
そんなカズに声をかけたのは厳つい顔をし、筋肉質で大きな体に可愛らしいエプロンを付けた男、この酒場の『大将』であるベルフである。
なんでもエプロンは今年で11になる愛娘が、6歳の時に嫁と一緒に作ってくれたものらしい。胸元にあしらわれたデフォルメ熊さんが可愛らしい笑顔を振りまいている。野生味溢れる笑顔を振り撒く『大将』に似合わない。
「はん!うちの嫁くれぇの大人の魅力を出せるくれぇになってから言いやがれ!まっ、うちの嫁が一番だから無理だろうがよ!」
ガッハッハッ、と大笑いしながらも料理の手を止めぬあたり、仕事に慣れている様子が伺える。
ちなみにカズの見た目についてだが、身長は女性にしては高めなものの胸は無いといって良いほど、髪は適当に伸ばされたものを後ろで括っただけ、顔も悪くはないが良くも無い、身なりも機能性重視という『大将』の言う"大人の魅力"とはかけ離れたものである。
「まーた嫁さん自慢かよ!かーっ、いいねぇ『高嶺の花』を射止めた『大将』殿はよぉ!」
「んだぁ、俺たちにもその幸運分けやがれ!とりあえずタダ酒でも寄越せ!」
いくつかの声が客から上がる。この流れは良くあることなのかカズは特に気にせずいつものカウンター席に向かおうとするが、そこで声がかかる。
「『魔女』さん、偶然ですね!」
テーブル席から上がった声に、カズは驚く。
「あれ、『新米勇者』くんじゃないか。ここの酒場使ってるんだ。」
「いえ、今回が初めてです。あ、そうだ!お話したいこともありますし一緒にどうですか?」
「いいのかい?仲間たちも一緒のようだけれども。」
そう、そこにいたのは数日前『軌跡のカケラ』に訪れた『新米勇者』とその仲間と思われる人物たちであった。はて、この酒場はそこそこ来ているが見たことは無かったが、と驚いたのだ。
「問題ないぜ!」
そばに杖を立て掛けた魔法使いと思われる青年は快活そうな笑みを浮かべる。
「ええ、私も問題ありません。むしろお礼させていただきたいことがあるのです。」
神官衣を纏った女性と少女の間くらいの歳の人物が微笑みながらそう続ける。
「ではお言葉に甘えることにしようか。」
お礼?とさらに首を傾げながらも『新米勇者』と交友を深めるチャンスを逃す訳にはいかぬと進行方向を切り替える。
ちなみにこのとき、半ばここに来た目的は頭から離れそうになっていた。
『新米勇者』一行の席に着くと『大将』から声がかかる。
「んで、『魔女』ちゃん、いつものでいいか?」
「んにゃ、今日はまだ動くからアルコールはね。」
「うちでアルコール以外の飲み物ったらミルクくれぇしかねーぞ。」
「んじゃ、ミルクでいいよ。」
「はいよ、ちょっと待ってな。」
その声でなんとかここに来た目的が頭から溢れずにすむ。カズは『大将』に心の内でお礼を述べつつ、テーブルの面々に目を向ける。
「さて、はじめましての面々もいるし自己紹介からかな?僕は『魔女』のカズ、相棒のモノクロという猫と共に道具屋『軌跡のカケラ』を営んでいるよ。どうぞ御贔屓に。」
「あっ!そういえば名前聞いていなかったし名乗っていませんでした!改めて『新米勇者』として活動しています、アスカといいます!」
「そして俺は、勇者一行の魔法使いをやっているヤッコフってもんだ。よろしくな、『魔女』殿!」
「同じく勇者一行にて、神官を勤めているジェドといいます。どうぞよしなに。」
『魔女』は少し芝居がかった様子で、『新米勇者』はハッとした表情で、『魔法使い』は元気良く、『神官』はお淑やかに、それぞれ挨拶をしていく。
「おまたせ、ミルクだ。『魔女』ちゃんの交友関係が順調に広がってるみてぇで安心したぜ。」
ちょうどそのタイミングで『大将』がミルクを運んでくる。
「そんで『勇者』様ご一行はこいつだな。」
と言って、アスカたちが注文していたらしい食事類をテーブルに並べて行く。パンに鶏肉の香草焼き、野菜のスープと、どうも朝食らしい。
それぞれ代金を『大将』に渡しつつジェドが口を開く。
「『魔女』様もいかがですか?ささいではありますがお礼に。」
「そうそう、そのお礼というのはなんだい?申し訳ないのだが心当たりがない。それから食事だが、もう自宅でとってきてしまっていてね。」
「朝早いんですね!」
「お礼ってのはアレだ、アスカに売ってくれた薬草のことだ。」
「なるほど、薬草が依頼で役に立ったと。売ったものが役に立ったというのは商売人として嬉しいが、仕事だからね。あまり過剰に感謝されてもむず痒いものだよ。」
「いえ!それでもです!あそこで薬草が無かったらたぶん、持たなかったと思います!」
「アスカ様、それだけでは伝わらないと思いますよ?実は、前回の冒険で本来ならありえない数のモンスターに遭遇したのです。」
アスカが中心に喋りつつもジェドが補足をしてくれる。
「ずいぶんと刺激的な冒険だったみたいだね。まあ、どおしてもお礼がしたいというなら今度、うちの店でその冒険の詳しい話を聞かせてよ。」
「そんなことでいいのか?もっとこう、うめぇもん食いてぇ!とかねぇの?」
「いやいや、僕にとっては大事なお願いさ。」
『新米勇者』一行は顔を見合い、頷く。
「それなら、とびっきり臨場感溢れる言葉をしっかり考えておきます!」
「それはありがたい。」
カズはしめた、ととびっきりの笑顔を見せる。
「おっと、そうだ。あとお礼というなら『きれいな石』というものを知らないかい?」
「『きれいな石』ですか?それなら聞いたことがあります。ダンジョンの低い階層にいるモンスターたちがよく持っているそうです。なんでも、モンスター同士の交易に使われているとかなんとか…。」
「モンスターが交易するの?!」
「確かにそれは驚きだね、モンスターに貨幣経済の原型があるのかい?」
「おい、ジェド。交易うんぬんはただの噂だろ、マジっぽく話すんじゃねえよ。」
「あら、噂もあまり馬鹿にしてはいけませんよ?」
意外にあっさりと情報を知れたことに自己肯定感を高めつつ、ジェドっておちゃめな子なのかな?とかヤッコフも知識があるとは驚いた、いや魔法使いなら頭もそれ相応にあるか、などと失礼極まりないことを考えているカズであった。
「ふむ、つまり『きれいな石』を入手するにはダンジョンに潜らねばならないと。」
「カズさん、『きれいな石』が欲しいのですか?」
「うん、注文を受けてね。でもダンジョンかぁ…低階層でも流石に一人だとなぁ…。」
カズは、危機察知能力が低く反射神経も鈍い自分一人では難しいだろう、どうするべきかと悩み顎に手を添える。
「それなら一緒に行きませんか?」
ここでアスカから声がかかる。
「私達も今日はダンジョンに向かう予定だったんです!二人とも大丈夫だよね?」
「おう、『魔女』殿ってことはかなりの魔法を使えるはずだ。いいんじゃねぇか?」
「そうですね、和を乱す方のようにも思えません。それにまだダンジョンに慣れていない私たちにとって戦力が増えることは好ましいです。」
「というわけなんだけど、どうですか?」
「ふむ、そういうことであればご一緒させて頂こう。この街に来るまでにも、小規模の物だがいくつかダンジョンにも潜ったことはある。その場その場で臨時パーティを組んでだがね。足は引っ張らないことを約束しよう。」
カズは自信ありげににやりと笑う。
「経験も豊富なのですね、頼りにさせていただきます。」
「あ、とはいっても魔法以外はからきしだ。旅をしてきたぶん体力はあるがいわゆる運動音痴というやつでね。」
「大丈夫です!後衛のみんなの所にはモンスターを絶対に通しません!」
「これは頼もしい。ではその分、しっかりと仕事をさせて頂こう。」
「やった!よろしくお願いします!」
「そんなら、後から揉めねぇためにも報酬の分配を先に決めておかねぇか?」
「確かに重要だね。それなら僕は今回目的とする『きれいな石』だけは貰うがそれ以外はそちら、そういう形が良いのだがどうだろうか?」
「それだけで良いのですか?」
「うん、人数差もある。低階層となるとそれ以上はたぶん貰いすぎになる。」
「確かにそうですね、ではそうしましょうか。」
カズはミルクを飲みつつ、『新米勇者』一行は朝食を食べ進めつつもテンポ良く会話が進んでいく。
「そんで、『魔女』殿はどんな魔法を使うんだ?」
「そうだね、その説明も必要だ。僕の魔法はコレを使う。」
そう言って首に下げていたカメラを軽く持ち上げる。
「カメラ…?見たことのない系統の魔法っぽいな。」
「正確にはカメラそのものじゃなくて、写真を使った魔法だね。写真に写っている物の性質や、想い、そういったものを引き出して現象に変えるんだ。」
「む…想像しづれぇな。」
「だろうね。今は写真を持ち歩いていないから、一度準備しに戻るつもりだ。そのあと、合流しなおしたら一度見せておこう。」
「そうだな、助かる。」
「カズさんの魔法?見たいです!」
「戦力の確認は大切ですからね。私たちのほうも説明しなくては。」
「僕の魔法の実演も後になる。それもその時でいいだろう。君たちが食事をしている間に準備がしたいしね。」
ちびちびと飲んでいたがそろそろミルクも無くなる。カズは飲み食いしないのに居座るのも『大将』に悪かろうと腰をあげる。
「では、また。再集合はダンジョン前の広場でいいかな?」
「はい!私たちも準備をして向かいます!」
どの写真を持って行くべきか、そう頭を回しつつカズは酒場を後にし、一度店へと帰って行った。
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