第2話はじめてのご注文はふしぎな子1

 こちらもまた、公式シナリオの内容となっています。







 『新米勇者』の訪問から数日、引っ越し作業の名残りである空き箱は片付けられたが未だ商品棚の品揃えは寂しいままであった。

 市場に仕入れに行くべきか、はたまたダンジョンに挑み珍しい品を狙ってみるべきか。いやいや、自分の運動能力、鈍臭さを思い出せ、いくら魔法があるとはいえ危ないぞ。などと考えつつも棚の埃をはたき、床を掃き、と自然と手は動く。開店前の準備がはやくも習慣化してきた証であった。

 さてそろそろ掃き掃除も終わるぞ、といったところでカウンター上に寝そべって惰眠を貪っていたモノクロがふと目を覚まし、入り口のドアを見つめる。そのまま耳とヒゲをピクピクと動かす。あまり見たことのない動きであった。

「どうした、モノクロ。そんな珍妙な動きをして。」

「珍妙とはなんだ、珍妙とは。私は妙な気配を感じただけであってな…」

 言い終わらぬうちに、からんころん、とドアベルが音を鳴らす。はて、まだ“close”の札は外していないはずだが…と、カズはモノクロに向けていた視線をドアのほうへと向ける。

 そして入り口から入って来た子を見て、モノクロの言う“妙な気配”とはこの子から発せられているのだろうと確信した。

 不思議な雰囲気で、妙に透き通った目をした人物。ニコニコと笑顔を浮かべており、どこか掴みどころがない所があるが、一方で心が落ち着く雰囲気も持っている。背丈はカズとちょうど同じほどで、年齢もカズ(の外見)とそう変わらない18、9ほどに見える。しかしその年齢とは別に、屈託のない子供のような印象も受ける。そして何より、出会ったことは無いのに、今日、この店に来て出会うことがずっと前から決まっていたような感覚。

 一言で言えば、『ふしぎな子』であった。

 ふと木が軋む音がして目を向けて見れば、モノクロがカウンターから飛び降り屋根裏部屋へと向かって行く所であった。その様子は、心底関わり合いたく無い、と言いたげである。

 それを見たカズは、不思議な雰囲気を持つだけでなく、モノクロがこんな反応をする相手だ、さぞ“面白い”相手に違いないとワクワクし、さっそく声を掛けてみる。とはいえ始めはちゃんと店員らしく。自分の『生きがい』はわりと引かれるものなのだという自覚はあるのだ。

「いらっしゃい。しかしまだ、お店は開けていないのだが…」

「あら、申し訳ありません。素敵なお店のお名前に惹かれてしまい、つい。」

 イタズラが見つかってしまった子供のように少しばつが悪そうにしつつも、出直す、ということをしそうには無い。

「まあ、もう開店するところだったしな。表の札を取って貰えないか?それで良しとしよう。」

 もとより追い返すつもりもないが、ちょうど扉の所にいる訳なのでひとつ頼み事をする。

「わかりました、お許しいただきありがとうございます。」

 『ふしぎな子』は"close"の札を取ってカズの方へと向かってくる。

 カズは札を受け取り、カウンターの向こう側の椅子へと腰掛ける。

「ぅんしょっと、それでどのようなご用件かね?」

 カウンターの下へと札を滑り込ませながら本題を切り出す。

「わたくしは『きれいな石』という品を探しておりまして。」

「『きれいな石』?残念ながらうちには置いていない品だな。」

 これは、『新米勇者』くんのときのようにはいかないか?と心の内で嘆息する。

「ええ、存じております。ですから『注文』をしたいのです。あなたのお店で、初めて注文するお客さんになりたいのです。」

 はて、何やらわからぬが向こうからこちらに縁を持とうとしているらしい。この店が街で話題になるようなこともなかったはずであるし、理由がわからないのが少々不気味ではあるものの好都合ではある。

「注文、ということなら了解した。用意させていただこう。それで…」

 カズはその不気味さに、むしろ好奇心を刺激されながら安請け合いをする。こんなに面白そうな人物と関係性を繋げられる好機、逃す訳にはいかぬと。

「ありがとうございます、用意が出来ましたら教えてください。」

 さらに何故うちなのかと聞こうとするが、それに被せるようにして『ふしぎな子』は言葉を発し、ひとつ笑みを浮かべて出て行ってしまう。

「ううむ、これはお預けかぁ…」

 カズは特に不快に感じた様子もなく『ふしぎな子』が出て行った扉を眺める。好奇心に満ちたキラキラとした瞳で。

 そんなふうにしていると、モノクロが戻ってくる。

「そんな安請け合いしおって、本当にカズは能天気じゃの?」

 呆れたような眼差しをカズに向ける。

「あー…うん。なんも知らない物の注文受けるのは流石に良くなかったわ。」

 さすがにカズもいくらか正気を取り戻したようである。

「とはいえ受けちゃったものはしゃーないし、情報収集からでも始めるかぁ。」

「はん、カズはそういったことは苦手であろう。どうせ私に頼ることになるだろうに全く…。」

「いつも助かってるよ。とはいえこれは僕のやらかしだ。出来る限り自分で頑張ってみるさ。」

「どこまで出来るか見ものであるな。」

 そういうと、モノクロはまたカウンター上で丸くなる。まだ寝足りないらしい。

「さってと、となると一旦お店は閉めることになるか。せっかく開店したけど注文された品にどれだけ手間がかかるかも分からんしさっさと動かんとなぁ…」

 先程カウンターの下に滑り込ませた"close"の札を取り出し、店の扉にかけ直すことにする。

「さってと、外出準備〜。」

 そして屋根裏部屋に一度引っ込んで幾つかの物を身につけて戻ってくる。

 これぞ、といった魔女帽子に体をすっぽり覆う外套、そして首からかけているのは使い込まれた様子のあるフィルムカメラ。

「んじゃ、モノクロ留守番よろしく。泥棒でも来たらとっちめといて。」

「はん、こんなちんけな所に盗みに来る泥棒なぞおるか。」

 まだ、寝てはいなかったらしい。欠伸をかみ殺しながらいつものように憎まれ口をたたく。

 カズはその言葉に「まったく口の減らない…」と呆れた様子だが笑みを浮かべる。

「さって、まずはいつもの酒場かね〜」

 そう言いながら、店の扉に手をかけた。

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