探偵はいらない

羽入 満月

探偵はいらない

 昔ばなしはいい。

 良いことをすれば良いことが起こる。逆に、悪いことをすれば悪いことが起こる。

 努力は報われ、どれだけ現状が苦しくても最後はハッピーエンドが訪れる。


 これまでの短い人生を振り返ってみるが、どれだけ頑張ってもハッピーエンドにたどり着きそうにないくらいの悲劇しかない。

 その惨状は、主演もドン引きなものだ。

 これを見せられる客は、いろんな意味で可哀想だと思うくらいに。

 この話に出てくる人たちは、私のことなんて嫌いなんだと思って諦めてしまえばいい。

 しかし、私は言葉にだして「私の事嫌いなんでしょう」と言うくせに、本心はそう思っていなかったらしい。

 きっと心のどこかでは、白馬に乗った王子様ではなくても、誰かが助けに来てくれるのでは?と期待をしているのだろう。


 だからなのか、私は今日も悪意にさらされている。



 事の発端は、学校の教室に入る扉には、すりガラスが嵌まっているのだが、そのガラスが落ちて割れたのだ。

 最後に扉から出たのは私。確かに強めに扉を閉めた。

 怒ってたからね。


 で、だ。

 私が立ち去った後にガラスが落ちて割れたらしい。

 そして、先生に「割れた原因の(割った)人に書類を書いてもらわないといけない」と言われたクラスメイト(女子)たちは、私の名前をあげたらしい。


 本当に私のせいなのかはわからない。


 でも、先生にとって、『ガラスが割れた。割れたら書類を書かなくてはならない。その書類には誰かの名前が必要である』なのだ。


 誰かの名前が書かれていればそれでよし。

 生徒に話を聞き、犯人を探すなんて野暮なことはしない。

 中学生にもなれば、それくらい考えられるだろう、と。

 仕事を増やすなんてしてくれるな、と。


 だから、生徒に紙を渡し、名前が書かれたら回収するだけでこの話はおしまい。


 彼女たちは、私のせいにしておこうとなったんだろうね。世で言う始末書に名前を喜んで書く人なんかいない。


 罪の押し付けあいに持ってこいだっただろう。

 原因かもしれないし、ここにいなくて反論出来ない、嫌いなやつに押し付ければみんな幸せハッピーなのだ。


 次の日、登校してみれば、委員長から、「ここに名前を書いて」と言われた。

 色々と話を聞こうにも、その場にいなかった気弱な委員長は「みんながそう言ってるから」と。

 この子を責めてもなにもならないのは、分かりきってる。

 だからと言って素直に名前を書くほどバカじゃない。

 名前を書かず、紙を突き返す。


 そうしたら、放課後。

 彼女らがさも私たちは正義だと言わんばかりの態度で私の所にやって来た。後ろに困った顔で委員長がみえる。


「貴女が割ったガラスでしょ。名前を書いて先生に出しに行きなさいよ。委員長が困ってるでしょ!」


 彼女らは私を責め立てる。


「私が割った証拠はあるの?」

「あんたが出ていった後に割れてんの。他に誰がいるわけ?」


 多分、いくら言い合っても私が割ったことになるのだろう。

 これは、もう決まっている事だから。

 茶番だから。


 しかも、私が持っている情報は委員長からの情報だけで、真実とは限らないし、手札は少ない。

「『みんながそう言ってる』から『私の名前を書け』言われたけど、別に誰でもいいでしょ。というか、その場にいた人が書けば?」


 そこまで言うと、彼女らが笑った。


 そのときの顔をみて確信にかわる。委員長のいう『みんな』とはこいつらだ。


「みんなって?みんなって誰よ。名前をあげてみなさいよ。」


 そんなの知るわけないじゃないか。揚げ足取りもいいところだ。

 ちらりと、委員長を見るとおろおろするばかりで使い物にならない。

 よく考えてみれば、委員長は彼女らと同じ小学校出身だから、私より付き合いは長いのだ。そして、頼りにならない、御飾りの委員長で、実際に仕切っているのは副委員長である目の前の彼女だ。

 委員長も副委員長ら、彼女たちに、私に紙を渡してこいとお使いをさせられているのだろう。

 私が突き返したから、泣きついたんだ。


 この茶番は、台本があって配役もセリフもト書きでさえもすべて決まっている予定調和。いくら台本と違うことを言ったって、行動したって結末は決まっているし覆らない。


 もちろん悪役も決まっていて、覆らない。

 悪者は、何を言っても聞き入れてもらえない。


 そして、この茶番の悪者は、私。


 そんなこと、朝の時点でわかっていたじゃないか。

 なのに、紙を持ってきたのが委員長だったから、委員長は味方とまではいかなくても、もう少し此方側かと思ってしまったから。


 言うなれば少し、信じていたから。


 だから。

 裏切られたと思うのだ。

 はじめから、信じていなければ、裏切られなかったのに。


 ほら、また私だけがバカを見たのだ。


 この話には、探偵は要らない。いるのは悪役だけ。

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