33 キサマも少女になるがいい その六

 ミミは隣の部屋のカギも小さなナイフ一本で壊した。


「何を驚いておる。ちょっとしたコツじゃよ。ほれ……」


 そう言うと、さらに向かい側の扉の隙間にナイフを突き入れる。


「この角度で……こう力を入れると……」


 パキッという音がして、扉が動き、少しだけ隙間が開く。


「ほれ、簡単じゃろ?」


 こんな簡単に壊れる物なのか?

 そう思いながら、その隣の扉で試してみる。


「こう……で、こう?」


 パキッって音がして……ナイフが折れた。


「いやいや、捻ってはならぬぞ。位置はその通りじゃが力を込める角度が悪い」

「はい、先生!」


 そんなことを言いながら、言われた通りに……パキッ


「あっ……。いや、もう一回……」


 今度こそ……パキッ

 ギィ……


「成功だ」

「おお、その感覚を忘れずにな」

「はい、先生!」


 ちなみに、これまでの部屋には誰もいなかった。

 私が初めてカギを壊した部屋は……


「誰かいる」

「うむ、誘拐された子供じゃな」


 とりあえず三人とも部屋に入って扉を閉める。

 どうやら、こちらの声は聞こえていないようだ。

 両手両足が縛られ、椅子にくくりつけられ、目隠しされ、猿ぐつわを噛まされた状態で、椅子に縛りつけられている。

 手にしたナイフで拘束を解く。


「あっ、ルディ……さん?」

「おお、ユキよ。引きが強いな」

「耳に何か……」

「音を遮断する霊法具じゃな」


 まあ、そんな表情にもなるだろう。

 ルディは、驚きと懐疑的な表情でこちらを見つめている。

 それに泣いていたのだろう、目元が涙で濡れている。


「ルディさん、私たちの事が分かりますか?」


 率先してルナが介抱する。

 こういう時は、ルナに任せるのが一番だ。


「うん、もちろん。あの秘術を使ったルナさんですね?」

「あっ、あれはノヴァくんのおかげですよ。それより、立てますか?」

「うん。……僕の杖、見なかった?」


 見るからに高そうな杖だっただけに没収されたのだろう。


「すまぬが、杖を回収しておる余裕はない。すぐに冒険者がやって来るじゃろうから、それまで我慢してもらおう。ところで、他に捕まった者はおるか?」

「ごめん……、分からない。僕は気絶させられて、目が覚めたらここに」


 一ヶ所に集められていたら手間が省けたのに。


「仕方がない。ここのカギ、全部壊すか……」

「おお、ユキよ。なかなか過激じゃな。でも、そういうの、ワシは好きじゃぞ」


 ミミの笑顔が、不意に真剣なものに変わる。


「シッ、足音じゃ。誰か来る」


 周りを見るが、隠れられそうな場所はない。

 だから、二人を引っ張って、入り口の横の壁に張り付く。

 残念ながら、ここの扉は外側に開くので、扉の陰には隠れられない。


「ん? カギが……? なんだお前、縄を……」

「えいっ!」


 自由になったルディーの姿に驚いて駆け寄ろうとする男の頭を、横合いからルナが霊法杖ムーンライトで思いっきり殴る。

 杖の上の部分には力場が展開されていて、鈍器としての能力があるので、相当に効いたはず。

 トドメを……とは思ったものの、刃物以外の武器を持っていない。

 転がってる椅子を持って、殴りかかるが……


「お前ら、動くな!」


 私は羽交い絞めにされ、人質になってしまった。

 とっさに、腕に噛みつく。


「いてっ……くない? なんだ、貧弱だな」


 勝ち誇っているが、私の思惑は別の所にある。


『ユキちゃん、術式の構築が完了したにゃ。眷属化を始めるにゃ?』

『最低ランクでね』

『それだとゾンビみたいににゃるにゃ。操り人形でいいかにゃ?』

『じゃあそれで』

『姿はどうするにゃ?』

『ん~、そのままで』


 男がビクンと身体を震わせる。

 拘束が緩んだので脱出したが、相手は止めようともせず、ただ立っていた。


「あなた、名前は?」

「ミーヴス」

「じゃあ、ミーヴス、捕まえてきた子供たちはどこにいるの?」

「全て、この階に集めてあります」

「案内して」

「はい。分かりました」


 眷属化にもレベルがある。

 この男は、私の命令に絶対服従の操り人形、ノーマルヴァンパイアになった。

 捕まっていたのはルディを含めて三人だけだったので、割とすぐに救出できた。

 ミーヴスはルディのいた部屋のカギしか持っていなかったので、救出のついで、全ての部屋のカギを壊しておいた。

 ルナが子供たちに事情説明をしている間、私はミーヴスから情報を聞き出す。


「ここの人に見つからずに、ここから出る方法ってある?」

「見張りがいるので、無理です」

「ここにいるのは、あなたを含めて何人?」

「全部で五人ですが、今は二人が外に出てます」

「だったら、見張りの気を逸らして、その間に逃げよう」


 簡単に打ち合わせをして、ミーヴスに指示を出す。

 私たちは、いつでも動けるように物陰で身を潜める。


「よし、今じゃ」


 見張りを交代したのだろう。

 ミーヴスが手招きするのを見て、できるだけ音を立てないように気を付けながら階段を下りて、扉から外へ出た。

 そのまま止まらず、南地区へと急ぐ。

 その途中……


「ミミ、ちょっと用事があるから、あとのこと、お願いしてもいい?」

「うむ、構わぬぞ」


 緊急クエストの終了と撮影の終了を確認し、私は一人離脱した。


     ───◇◆◇───


「おいっ、ガキどもが居ねぇぞ!」

「どういうことだ!」

「カギが壊されてんぞ? どうなってんだ」

「俺が見回りに行った時は、そんなこと無かったぞ。杖を持ってたガキも大人しくしてた。他はカギがかかってんのを確認しただけだが……」

「探せ! 絶対に逃がすな!」


 アジトの中を探し回るが、子供たちの姿は見つからない。

 男たちに、外に逃げられたのかという思いが芽生え始める。

 だが、どうやって?

 入り口は常に誰かが見張っていた。

 二階の窓は塞がれたままだし、裏口からならそれこそ誰も気付かないってことはないだろう。


 その裏口に、人影……いや、猫人影が現れる。

 音もなく、いつの間にか、そこにいた。


「おいっ、ガキが一匹いたぞ!」

「今度こそ、しっかり閉じ込めとけ」


 声を上げたのは、表口のほうを探している二人だろう。

 それを聞きながら裏口に向かった男は、注意深く周囲を観察する。

 そして、ソレを見つけた。


「だ……誰だ!」


 建物内の霊光灯が暗く逆光になっており、その影しか見えないが、それでも相手が猫人族ミャオウだと分かる。

 このグースの地では、猫や猫人族ミャオウは、神の使いとも言うべき神聖な存在。それに目をつけられたってことは、破滅を意味する。


「ヤ、ヤベェ……猫人族ミャオウが出たぞ!」


 叫んだ瞬間、身体に強い衝撃が走り、宙を飛び、通路を転がって悶絶する。

 わざと叫ばせたのだろう。

 わらわらと残る男たちが集まって来た。

 男たちが見たのは、黒い面覆いマスクとタイトな全身スーツを着た黒ずくめの猫人族ミャオウ


山猫人族リンクミア? 処刑人か!?」


 その手前に、子供が呆然となり、ぺたりと通路に座り込んでいる。

 簡素な服だがスカート姿なので、女の子なのだろう。

 明らかに、さらってきた子供ではない。


「貴様! 何ものだ!」


 問いかけられた山猫人族リンクミアは、ここで初めて動きを見せる。

 手に持つ武器──ゴムと弓のしなりで石を飛ばす装置、スリングショットを構えると、高らかに宣言する。


「我は偉大なるヴァンパイアにして錬成技巧士アルケマグナーを極めし者。人呼んで、ヴァンパイアマグニャー……」

「ヴァンパイアのマグニャーだと!?」

「あっ、いや、マグナー……」

「くそっ、こうなりゃヤケだ! こいつを始末しろ!」

「だから、ヴァンパイアマグナーにゃんだって!」

「そのガキも商品だ、ぜってー逃がすんじゃねぇぞ!」


 一人が子供を引きずるようにして、後ろへ下がらせる。

 残る二人は短剣を構え、前の一人が切りかかった。


 後ろの男が見たのは、前の男が切りかかった瞬間、スリングショットから放たれた石が命中し、バランスを崩して壁に激突したところを、ヴァンパイアマグニャーと名乗った山猫人族リンクミアが噛みつき……

 男が幼い女の子になった。


「へっ? なにが……?」


 驚きで尻餅をつき、震える男。

 その男に、黒い影が落ちる。

 そして、黒ずくめの山猫人族リンクミアは、ニヤリと笑って宣言する。


「キサマも少女になるがいい」

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ヴァンパイアマグニャー かみきほりと @kamikihorito

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