32 キサマも少女になるがいい その五

 本格的に寒くなり、町の外に出れなくなった私たち花鳥風月のメンバーは、受けられる依頼がほとんど無くなった。

 

 いくら人気があっても、それは風流さんに限られる。

 どれだけ風流さんが増えたとしても、それが熱狂的だったとしても、冒険者は実績がモノを言う世界。

 それに、新人だろうがベテランだろうが危険は平等に訪れる。

 もちろん、外の依頼のほうが高額だが、命懸けとなれば誰もやりたがらない。

 その結果、町の中でできる安全な依頼は、争奪戦になる。


 下水道の掃除や土木関係の依頼なら、そこそこな依頼料が出るが、私たちにはできないし、激しい争奪戦に飛び込まなければならないほど困窮しているってわけでもない。

 とはいえ、何も活動していないとなると、みんな……特に風流さんが心配する。

 だから……


「いらっしゃいませ。武器に防具なんでもござれ、ガルクエスの店へようこそ♪」


 私たち三人は、ガルクさんの店ガルクエスで、店員をしていた。


 そうなったのは……

 ガルクさんに装備のメンテナンスをお願いした時、寒くなって活動を中断しているのかと問いかけられたことから始まる。

 決してそういうわけではないと、詳しい経緯を説明すると……


「ふむ、ならば、ここで働けばいい。その気があるなら、ギルドに依頼を出しておくぞ」

「でも、私たちにできるでしょうか?」

「お前さんたちなら大丈夫だ。全員、読み書き計算ができるだろ?」

「はい、もちろん」


 普通の六歳児ならば、ここで即座に「はい」とは答えないだろう。

 そのことを完全に失念していた。

 ガルクさんは、ガハハと笑いつつ「なら、大丈夫だ」と言って、冒険者ギルドに花鳥風月への指名依頼を提出した。

 その結果、私たち三人が店員さんをやっている。


 この店は、花鳥風月のデビュー配信で名前を出したことにより、客やお得意さんが大きく増えた。

 もちろん、それに合わせて店員も増えているので、決して人手が足りないということはないのだが……

 私たちが加わったところで大した戦力にはならないだろう。

 だからなのか、ガルクさんは「他に依頼が無い時、好きな時に来て、好きなだけ手伝ってくれれば良い」と言ってくれた。

 しかも、「訓練もあるだろうから、多くても週三日でいい」とも。


 それでは他の店員が納得しないだろうと思ったが……


「三人のおかげで売り上げが伸びてるし、それに一緒に働けるなんて夢みたいだから、気にすることは無いわよ。一緒に頑張ろうね」


 リリーさんを筆頭に、そんなことを言ってくれた。


 私たちは、デビュー配信こそ派手で目立っていたものの、その後は特にトラブルもなく、癒し系のほのぼの冒険者などと言われている。

 それだけに、もう客寄せ効果はそれほど期待できないだろう。

 いざとなれば、ここでライブ配信をするという手もあるが……


 これもギルドへの依頼なので、店の許可が下りればライブ配信が可能だ。

 だから、もし前の配信から期間が空くようなら、そのうちお世話になるかもしれない。風流さんへ、元気な姿を届けるために。


「いらっしゃいませ。武器に防具なんでもござれ、ガルクエスの店へようこそ♪」


 今はこの店の店員だ。だから、接客に集中しないと……

 そう思った矢先に、ミミが何かに気を取られている様子が見えた。


「おや、あれは……」

「どうしたの、ミミ?」

「ちと、外すぞ。しばらく任せる」

「うん、分かった」


 ミミが店の入り口から出て行った。

 店の前を知り合いが通ったのだろう。

 私にも、チラリとその後ろ姿が見えた。


 誰だろうかと記憶を探っていたら、男の客に声をかけられた。


「あっ、ユキさん。砥石だけど、もっと滑らかなものってあるかな?」

「えっと、この場に出してある中では、その砥石が一番いいものですよ。それ以上のものでしたら、カウンターの店員さんに聞いてもらえれば、奥から出してくれると思います」

「そうなんだ。ユキさん、ありがとう。よかったら握手してもらえますか?」

「本当はダメなんですよ? だから、内緒ですからね」


 男が持つ砥石を受け取るついでに、両手で軽く手を握ってあげる。

 もちろん、すべてミズネ……支援妖精スティーリアの指示だ。

 カウンターに向かう男へ小さく手を振り、念のために砥石の状態を確認してから棚へと戻す。


 店の奥からミミが顔を出し、私とルナを手招きしているのが見えた。

 リリーさんに、少し休憩してきますと告げ、ルナを連れて奥へと向かう。


「どうしたの、ミミ?」

「店主には話を通してある。ちと、ついて来てもらえるか?」


 何事かと思いつつ後を追うと、さっきの後ろ姿の人物がいた。


「ミシャさん……だよね? どうしたの?」


 なぜか冒険者パーティ「パレスガーデン」のミシャが泣いていた。


     ───◇◆◇───


 どう見ても尋常じゃない。

 かろうじて、ルディが……という声が聞き取れた。

 ルディもパレスガーデンのメンバーで、賢者と呼ばれている少年だ。


 心配そうにルナがミシャの背を撫でる。


「ミミ……」


 どうする? ……と、暗に問いかける。

 それを受けて、ミミは腕組みをして考え込む。


「うむ、先ほど少しだけ話を聞いたのじゃが、どうやらそのルディが攫われたようでな。ギルドへは報告しておいた。そこでじゃ……」


 何となくミミが何を言おうとしているのか、私には分かった。


「ワシらで助けに行かぬか?」


 やっぱり……

 そう言うと思ったが、その答えはすでに決まっている。

 ルナ次第だが、見捨てるわけにはいかない。

 いや、ルナも同じ思いのはずだ。


「分かりました。でも情報が必要ですね」

「うむ。すでに探らせておる」

「わかった。行こう」


 ルナが決めたのなら、私の心も決まった。

 全力でルナを守りつつ、ルディを助ける。


「よし、ならば店の手伝いはここまでじゃ。緊急クエストを始めるぞ」


 ミシャのことはリリーさんに任せ、私たち三人はガルクエスの店を出た。


     ───◇◆◇───


 ルシルの南地区は冒険者たちや兵士たちが多いので、比較的治安は良いほうだ。

 その反面、荒くれ者も多いので絡まれたり喧嘩も多い。

 それのどこが治安がいいのかという話だが、喧嘩はすれど力試しという意味合いが強い。なので、犯罪件数は少なかったりする。

 犯罪が多い地区と言えば東地区だろう。

 商業関係の施設が多く、防犯意識は高いものの、怪しい者も多い。

 犯罪内容も軽犯罪から殺人まで様々。

 その東地区に近い場所までやってきた。


 私たちは保護者同伴であっても滅多に行かないし、ユークリットの時も外せない用事がある時以外は、滅多に近寄らなかった。

 ある程度の地理は把握しているが、うろ覚えなのでミミの後を追うしかない。


「そろそろ用心したほうが良さそうじゃな」

「なら、てるてる坊主だな」


 フードマントを身につけて、ルディがさらわれたという現場に近付く。

 さすがにこのまま突っ込むのは危険だ。


「何か作戦はあるの?」

「奴らに捕まれば、勝手にルディの元へと運んでくれるじゃろ」

「作戦が雑……だけど?」

「仕方あるまい。ワシらならば油断もしよう。じゃから、極力ひ弱な子供を演じるのじゃぞ。ほれ、まんまと誘き出されて来おったわい」


 大人の男が三人……


「こんな所へ、子供が来ちゃ危ないよ?」

「友達が居なくなったって聞いて。お兄さん、メレイアって子、知らない?」

「ん? もしかしたら、あの子かな? おじちゃんが案内してあげようか?」

「えっ? 知ってるの? どこ?」

「ああ、こっちだ」


 それはまあ、たまたまメレイアって子を知っている可能性もないわけではないが、適当に口にした名前にこの反応なのだから、間違いないだろう。

 先導役の男の後を追うと、残る二人が背後からついてきた。

 予定通り、どこかの隠れ家のような場所に連れ込まれ、そのまま部屋に閉じ込められた。

 この部屋にルディはいない。

 だけど多くの部屋があったので、そのどこかに監禁されているのだろう。


 隠密行動なので、ライプ配信はされていない。だけど、どこかの委員会や冒険者ギルドには届いている……らしい。

 だから、あまり本性を現すわけにはいかない。

 とはいえ、私たちも、普段から少女らしくするよう心掛けている。だから本性の現し方も忘れた。


「悪い人たちだったのですね……」

「大丈夫だよ、ルナ。私たちは冒険者だ。私たちでルディを助けるんだ」

「そうじゃぞ。外も静かになったようじゃな。そろそろ始めるとするかのう」


 もちろん扉にはカギがかかっていた。

 カチリという音がしていたので、物理的なものだろう。

 隠しナイフを取り出したミミは、扉の間にこじ入れて、バキッと強引にカギを破壊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る