31 キサマも少女になるがいい その四

 よく分からないまま、ミズネの指示に従う。

 だけど、さすがに恥ずかしいから、マントだけは着けさせてもらった。

 あと、精霊石ジェムが必要なので、アームレットも。


「すごい格好にゃ」

「……って、ミズネがさせたんでしょ!」


 白猫ミズネが呆れたような、困ったような様子を見せたので、思わず大声を出してしまった。

 だけど、別に怒っているわけではない。

 ただ、本当に裸になる必要があるのかと、ほんの少し疑っているだけだ。


「それで、どうすればいいの?」

「制限を解除するにゃ。上手くいくか分からないにゃ。それでもするにゃ?」

「解除したらどうなるの?」

「にゃってからの、お楽しみにゃ」


 どうあっても、先に教えるつもりはないらしい。

 とはいえ、その為に準備をしたのだから、ここでヤメるわけにはいかない。

 まあ、たぶん、ミズネだけに、酷いことにならないだろう。


「分かった。じゃあ、やって」

「……もっと可愛くお願いするにゃ」

「…………」


 前にも、こんなことがあったような気がする。

 たしかあの時は、可愛く頼んでみたのに、何かが違うと言われた。

 だから……


「我は真祖にして偉大なるヴァンパイアの姫なり。ミズネよ、このユキリアが新たなる力に目覚める姿を、その目に焼き付けるが良い!」


 ヴァンパイアらしく、威厳たっぷりに言ってみた。


「いい感じにゃ。だけど、その格好と声で言われてもにゃ……」

「いいから、早くやって!」

「もう、ユキちゃんは、仕方がにゃいにゃあ~」


 拡張視界ビジョンに映し出されたのは「新たな変身体を獲得しますか?」と言う文字。続いて「必要な霊力が不足してます」と表示された。

 さらに「アイテムに蓄積された霊力をつかいますか?」「術式の構築を開始します」などと表示され、自動で進んでいく。


「ユキちゃん、術式の構築が完了したにゃ。新しい姿になるにゃ?」

「新しい姿って? えっ、この身体はどうなるの?」

「心配しなくても戻れるにゃ。でも、新しい姿がどうなるか、分からないにゃ」

「新しい姿が気に入らなかったら、いつでもユキリアに戻れるってこと?」

「そうにゃ。いつでも二つの身体を切り替えることができるにゃ。ヴァンパイアがコウモリににゃるのと同じにゃ」


 それなら迷う必要が……


「えっ? コウモリになるの?」

「可能性はあるにゃ。だけど、やってみにゃいと、分からにゃいにゃ」

「身体の大きな男の人にも?」

「分からにゃいけど、たぶん、それはにゃいと思うにゃ」

「なんでよっ!」


 とはいえ、可能性があるのなら……、いつでもユキリアに戻れるのなら、どんな姿になろうとも構わない。


「まあいいよ。新しい姿にしてくれる?」

「じゃあ、始めるにゃ!」


 霊力が消費されているのだろう。ガクンと身体から力が抜ける。

 ペタリと床に座り込み、倒れないように腕で支える。

 その腕が、それに指も、長くしっかりとしているように見える。


「成長……したニャ?」


 あれ?

 いま、私……ニャって言った?

 いや、まあいい、少なくとも子供ではなさそうだ。


「ミズネ、私の姿を見せるニャ……にゃニャ!? にゃぜニャ?」

「ユキちゃん、落ち着くにゃ。これが新しい姿にゃ」


 拡張視界ビジョンに映し出されたのは、黒髪、黒目、黒耳、黒尻尾の猫人族ミャオウだった。

 少しルゥリアさんの姿に近いけど、全然違う。

 こちらのほうが野性味が強く、尻尾が太いし、耳の先も尖って毛が伸びている……感じがする。


「……って、裸ニャ? マント、どこ行ったニャ?」

「消えたにゃ。これなら裸になる必要なかったにゃ」

「アームレットもにゃいニャ! どうするニャ?」

「元の姿に戻ったら、戻るにゃ。腕輪だけ出すにゃ」


 ミズネが何かをしたのだろう。腕にアームレットが現れた。


「よかったニャ……」


 あのまま消滅していたら、土下座どころでは済まないところだ。

 改めて、新たな自分の姿を見る。

 身長はルゥリアさんより少し低めだろうか。年齢はたぶん二十歳前後。見るからに身軽で俊敏そうな身体だ。

 それに、自分で言うのも変だが、目が離せなくなるほど愛嬌のある美人だ。


風猫人族フェルミアニャ? でも、少し変な気がするニャ」

「違うにゃ。山猫人族リンクミアにゃ」


 どうやら同じ猫人族ミャオウでも、山猫人族リンクミアと呼ばれる種族らしい。


猫人族ミャオウは美人さんしかいにゃいのニャ? にゃんかスゴイニャ」

「そんにゃことにゃいにゃ。その姿が飛び抜けて魅力的にゃだけにゃ」


 そうなのか……

 とはいえ、私としては魅力よりも、戦えることが重要なのだが。

 いざという時に、ルナを助けられるような……


「でも、その前に……、この格好をどうにかしにゃいとニャ」


 これは非常事態なのだから、仕方がない。ルゥリアさんの服を借りよう。

 そう思い、物色を始めたら……


「ただいま戻りました」

「ユキよ、一人で留守番、ご苦労じゃった」

「落ち着いたら、紅茶を淹れますね」


 自分の姿を確認し、周りの状況も確認する。

 これはマズイ。

 どう見ても、留守中に入り込んだ泥棒だ。しかも裸にアームレットだけ……

 このままクローゼットの中へ! と思ったが、それより早く……


「ん? なんじゃ、お主……」


 部屋に駆け込んできたミミに見つかってしまった。


     ───◇◆◇───


 私は、ルゥリアさんに向かって裸のまま土下座していた。


「分かりましたから、早く何か着てください」


 白猫ミズネのおかげで、なんとか不審者として兵士に引き渡されるという最悪の事態は避けられた。

 ミミが、お腹を抱えて笑い転げている。

 そんな中、ルゥリアさんに渡された服を着る。

 さすがに下着を借りるのは抵抗があったので、自分の……子供用のものを使ったが、思いのほか伸縮性が良く、この身体が小柄なのもあってか身に付けることができた。

 ただし、尻尾に感じる違和感がすごく気になる。

 

 改めてルゥリアさんと自分の姿を比べると、同じ猫人族ミャオウでも、風猫人族フェルミア山猫人族リンクミアでは、ひと目で分かるぐらい違うと理解した。


「それで、ユキさん。これからは、その姿で過ごされるのですか?」

「いえ、違うニャ。ミズネ、元に戻すニャ」


 あっという間に子供の姿に戻る。

 再びミミが爆笑するので何かと思えば、私は変身前の状態──裸マント姿になっていた。

 

 急いで衣服と整える。

 大変な目に遭ったが、変身の時に服ごと変わってくれるのは、すごく助かる。


「騒がせてごめん。……あっ、言葉が戻った」

「事情は分かりましたから、いいですよ。できれば事前に相談してもらえれば良かったのですが」

「私もミズネから、やってみてのお楽しみって言われ、詳しい話を教えてもらってなかったので」


 そうだ、全て白猫ミズネが悪い!


「語尾にニャが付くのは、子供の証拠じゃよ。少し意識すれば矯正できるし、そうなればそのうち出て来なくなるじゃろ」


 まだ少し余韻が残っているのか、ミミが楽しそうに教えてくれた。


 その後、新しい姿をどう活用するかという話し合いが重ねられ、最終的には、悪を懲らしめる謎の猫仮面という形に落ち着いた。

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