30 キサマも少女になるがいい その三

 寒風が吹き抜け、防寒着に身を包んでいても震えが走る。

 今日は雪が降らなくて良かったが、降ったからといって、今さら帰るわけにはいかない。

 なにせ……


「おっ、もう配信が始まっておるようじゃぞ?」

「どうしましょう。私の格好、大丈夫でしょうか……」

 

 もこもこの手袋をつけた手で、金色の前髪を撫でつけるルナ。

 前を歩いていた私は、振り返って後ろ向きに歩きつつ、二人の姿を観察する。

 

「大丈夫だよ。二人とも、すごくかわいい」

 

 私がそう言うと、今度は二人が私を褒める。

 まあ、ちょっとしたオープニングトークというやつだ。

 移動中は何かと退屈になりがちで、見ているほうも退屈だろうからと、依頼を受けたらサッサと町を出て、オープニングを始めるようになった。


「じゃあ、そろそろ始めよっか。みんな、見えてるかな? ユキだよ」

「ルナです」

「ミミじゃ」


 視界の隅に小さく出している、配信映像とチャットをチェックする。

 少しだけ画面の正面からズレた場所に向かって笑顔で手を振り、どこから映されているのだろうかと探るように、キョロキョロと周りを見る。

 そこですかさずミミが誘導する。


「ほれ、おそらく、こっちの方向じゃ」


 言われた方向を向いて、頭を下げる。


「いつも花鳥風月の活躍を見守りにきてくれて、ありがと☆」

「今日も多くの風流さんが集まってますね♪」

「暇な輩が多いようじゃな」


 ここでルナがツッコミを入れる。


「ミミちゃん、そんなことを言ってはダメですよ?」

「そうじゃな。皆が見守ってくれておるから、もし何があっても安心じゃな」


 疑いの目でミミを見る。


「ミミ、危ないことはしないからね。……しちゃダメだからねっ!」

「わ、分かっておる。平和が一番じゃよ」


 ここまでは、ちょっとした自己紹介を兼ねたコントのようなもので、ある程度パターンが決まっている。

 序盤の進行をスムーズにして、風流さんに楽しんでもらうための工夫だ。


 どういうわけか、風流さんの間では……

 ダメっ子なのにやる時はやるユキ、みんなのお母さんルナ、無邪気なトラブルメーカーのミミ……という認識が広がっている。

 なぜ私がダメっ子認定されているのか分からないけど、問いかけても「だって、ユキちゃんだし」と返される始末。

 まだ「慎重」とか「消極的」だったら分かるのだが……


「そろそろワシらにも、何かキメ台詞のようなものを作らぬか?」

「キメ台詞……ですか?」


 ミミが突拍子もないことを言い出し、ルナが困惑するのもいつも通り。


「ほれ、あるじゃろ? 我に平伏ひれふせとか、ワシに会うとは運がなかったのう、とか」

「そうですね……。風流さんは、私たちに合うキメ台詞、何かありますか?」


 普段はミミが先導役を務めるが、こういった雑談の時には、ミズネに協力してもらいつつ私が先導役を務めるようになった。


「まな板に恋? なんですか? 悪口ですか?

 ……いや、そんな物騒なのはダメですよ

 ちょっと今の人、何を言わせようとしてるんですかっ!」

 

 今日も絶好調のようだ。


「ほう、これなんてどうじゃ? ざーこ、ざーこ、こんな小さな女の子に負けて、恥ずかしくないの……」

「わ~、だめですよ、ミミさん。それを言った後は、お仕置きされますから。絶対に言ったらダメな台詞です!」

「おお、ワカラセというヤツじゃな?」

 

 いつも通り、ミミも楽しそうだ。


「ならば、これは? 正義のかわいさに幸福しなさいっ☆ ……じゃと。くだってふくせ、でなく、幸せになれって意味じゃな」

「キメ台詞っていうより、キャッチコピーっぽいですね。それに、正義のかわいさって、どういうことでしょう……?」

「こういうものは、ノリじゃよ、ノリ。繰り返し言っておるうちに馴染んでくるものじゃぞ?」

「でしたら、かわいい正義に幸福なさい、のほうが語感が良くないですか?」

「ふむ……、かわいい正義に幸福なさいっ☆ ……じゃな?」


 見事に即席のポーズまでキメている。


 人のことは言えないが、二人もずいぶんとこの身体に馴染んだものだ。

 貴猫姫と王女の会話とは、とても思えない。


「ほれ、ユキも」

「えっ? ちょっと私は……」

「良いから、良いから、ほれ三人で、せーのっ」


「「「かわいい正義に幸福なさいっ☆」」」


 やるからには全力でやる。

 全く打ち合わせもしていないアドリブなのに、どうやら三人の息がピタリと合っていたようで、風流さんからは絶賛の嵐だった。


「あっ、そういえば、私たち、新しい装備を買ってもらったのですけど……」


 ルナがその場でクルリと身体を回転させる。


「何か分かりますか?」


 もこもこの防寒着で隠れているのだから、分かるわけがない。

 当然、誰も正解できないが、ちょっと意地悪だったとルナが謝る。

 続いて、防寒着をごそごそと脱ぎ始めたのを見て、私も同じように左腕を袖から抜いて準備をする。


「じゃ~ん。お揃いの霊法石マグスのアームレット♪」


 中の服の袖をまくって、左の二の腕を見せる。

 ……寒い。


 ちなみに、天然の精霊石ジェムは高価なだけに、見せびらかすのは危険だ。だから見えない所に隠し、表面には人工精霊石まがいものをダミーとして飾ってある。

 霊法石マグスのアームレットもそれなりの値段はするが、わざわざ奪い取ろうとする者はいないだろう。

 ミミがくしゃみをしたので、笑いながら服装を正す。


「ミミ、大丈夫?」

「うむ、平気じゃよ。ユキこそ、震えておるではないか」

「もうすぐ群生地だから、少しだけ早足で行こっか」

「そうじゃな」


 さあ行こう……と思ったら、ルナが困ったような表情を浮かべた。


「ルナ、どうしたの?」

「いえ、ちょっと。『ユキちゃん、法術が使えないのに』って書き込みが……」


 たっぷり十秒ほどの沈黙の後……


「にゃにおー! もうダメっ子なんて言わせないからねっ!」


 怒ったフリをしながら、両の手のひらを前にかざして……


「私の力を見せてあげる!」


 念じること三分少々、ようやく握りこぶし大の水の塊を生み出すことができた。


「どうよっ」


 どうだとばかりに得意げに胸を張る。

 せっかく生み出した水球は、落ちて地面に吸い込まれてしまった。


「ああっ……」


 慌てて受け止めようとして空振りした手も……もちろん、全て演出だ。

 ダメっ子キャラが拙い芸を懸命に披露して得意げになるって姿を演じただけだ。

 ……支援妖精スティーリアに言われた通りに。

 

 風流さんからは、温かい祝福が寄せられた。中には、アレでも念動術式が使えるだけ凄いって擁護らしきものもある。だが……

 アレって言葉が引っかかる。

 神秘の力を避けてた私だけに、アレが出来るようになっただけでも奇跡なのに、それが伝えられないことがもどかしい。


 ライブ配信も慣れたものだ。

 ミズネやノヴァ、野生のウサギなどと戯れたり、差し入れの紹介をしながら、この日もトラブルなく採集依頼が完了した。

 風流さんは、初回のようなトラブルを待ち望んでいるのかと思いきや、何事もなく無事に終わったことを「癒された」と言って、喜んでくれた。


     ───◇◆◇───


 今日は完全休養日……ってことになった。


 雪が積もっているので、ここ数日は依頼を受けていない。

 依頼を受けようとしたら、兎耳受付嬢ルベイラさんに全力で止められた。

 だから、冒険者ギルドの修練場を使わせてもらってたのだが、今日は何か予定があるとかで使えなかった。

 町に出る用事もないから、アパートの部屋でゴロゴロしていた。

 のんびりしているって意味ではない。暇を持て余して転がっているのだ。


「暇だ……」


 ミミはどこかへ遊びに行ってしまった。

 ルゥリアさんとルナは買い物だ。

 だから珍しく、私は部屋で一人きりになっていた。

 それなら買い物に同行すればよかったのだが、雪の寒さに負けた。


「ユキって名前なのに、雪が苦手って……ははは」


 ……全然笑えない。

 別に嫌いじゃないが、根本的に寒さが苦手なのだ。

 買い物となれば、あれこれ迷って立ち止まる時間が長くなる。その時間、寒さに耐え続けることを考えると、同行する気持ちが湧かなかった。

 だから……


「ミズネ」

「ユキちゃん、どうしたにゃ?」


 ミズネ遊ぶことにした。

 寝転んだお腹の上に白猫ミズネを乗せて、わしゃわしゃする。


「なんにゃ? ユキちゃん、無言は怖いにゃ」


 しばらく、わしゃわしゃして毛並みと温かさを堪能した後、くしゃくしゃにしてしまった毛並みを手のひらで撫でつけていく。


「本当に、どうしたにゃ? 何か嫌な事でもあったにゃ? 相談にのるにゃ」

「……別にそういうわけじゃないけど」


 そこで、ふと思い出す。


「そういえば、私専用の精霊石ジェムを持ったら、何かが起こるって言ってなかった? 霊力をためれば……だったっけ?」

「どうかにゃ……、できるかにゃ……。試してみるにゃ?」

「うん、試したい」

「にゃら、服を脱ぐにゃ」

「……えっ?」


 聞き間違いだと思った。


「だから、服を脱ぐにゃ。そのままだと危ないにゃ」


 だけど、聞き間違いじゃなかった。

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