29 キサマも少女になるがいい そのニ
遥か昔から、霊力との親和性が高い宝石の存在は知られており、竜の宝玉、もしくは、その欠片ではないかと言われていた。
様々な属性を秘めたその宝石は「属性石」と呼ばれ、術士たちに活用されてきた。
属性石の中でも光明属性を秘めたものは
また、魔の眷属──魔族を倒すと残される、闇黒属性を秘めたものを
だから、宝石を扱う商人たちの認識では、
その
このグースの地は、猫神の加護のおかげで魔族の出現が非常に珍しい。
だが。その外……特に、魔族領がある大陸の北西部では、魔族が多く出没する。
つまり、危険が多い反面、多くの魔石が手に入る。
なので、魔石を加工して闇黒属性を除去した
近年になり、加工技術の革新によって量産が可能になったことで、ますます販路が広がった。
天然ものである従来の
それどころか、術士が補助に使う杖や装備品にも、
それでもグースでは、
───◇◆◇───
神秘の力を避けてきた私だけに、まがい物という言葉の意味を、正確には理解していなかった。
だから、ここにあるのは普通の宝石で、
「お客様を試すような真似をして、申し訳ありませんでした」
私が黙っていたので、怒っていると思われたのだろう。
バートンさんは、再び床に額をつけて謝った。
このまま無言だと、大騒ぎになりそうだったので、
「残念ですけど、無いなら仕方がないですね」
むしろ、購入した結果、何も起こらないことのほうが怖かったので、少しホッとしていたりする。
「ま、待って下さい! お待ちください、ユキ様。宝石商の所へご案内致しますので、どうかご容赦ください」
「いえ、別に怒ってないですよ。バートンさんは、宝石商じゃないのですか?」
「私は……この店の職人で、ゼス・バルフレオといいます」
わざわざ偽名を使っていたわけだ。
そこまでして宝石商に会わせたくなかったのか……と思ったら違った。
その宝石商の人は、花鳥風月に会えるのならばと快諾したが、もし嘘だったら関係を絶つと言ったらしい。
それで、この場が設けられた。
「冒険者カードで本人確認をしたのでは?」
「もちろん。ですが、我々が重視するのは、その人柄、つまり人の内面なのです」
待ちきれなくなったのか、
「細かい話はいいにゃ。それで、ユキちゃんは、合格にゃ?」
「はい、もちろんです。それでは、ご案内致します」
私がここにきてやったことといえば、挨拶をしてミズネを呼び出しただけ。
なのに内面を重視した結果、合格らしい。
本当に、よく分からない。
「ま、いっか。ミズネ、おいで」
気持ちを切り替えて……
───◇◆◇───
その途中、ラニアンさんに連れられてきたルゥリアさんたちと合流した。
ラニアンさんも、店を守るためとはいえ申し訳ないことをしたと謝ってくれた。
ここの人たちがここまでするのだから、これから会う宝石商は、よほど用心深くて怖い人なのかと、新たな不安がよぎる。
「こちらになります」
ノックをしたラニアンさんは、返事を待って扉を開けた。
「我々は外でお待ちしておりますので、どうぞ皆様、中へとお進みください」
「ラニアンさん、バートン……じゃなくて、バル……なんだっけ?」
「ゼス・バルフレオと申します。ゼスとお呼びください」
「はい。ラニアンさん、ゼスさん、ありがとうございました」
部屋に入ると、目の前には、書類仕事が似合いそうな容姿と服装の、メガネをかけた女性が立っていた。
キリッとした表情で、鋭い眼光が私たちに向けられる。
……ちょっと、怖い。
背後で扉が閉じられた。
これでもう、逃げられない。
つい、そんなことを考えてしまうほどの威圧感を放っていた。
とにかく挨拶をしないと……
挨拶は大事だ。
「Fランク冒険者、花鳥風月のユキです。無理を言って……ひょわっ?」
気付いた時には、女の人に抱き上げられていた。
誰も反応できなかった。
「なにうぉ……ぶっ!」
そのままギューと抱き付かれる。
パニックになりそうになったが、
あの、キリッとしていた女性が、顔を紅潮させ、よだれを垂らさんばかりの恍惚の表情で、私を抱きしめていた。
特に害意や敵意はなさそうだ。
あるとすれば、身の危険だが……
「これ、やめぬか! ユキが壊れてしまうではないか!」
いち早く状況を理解したミミが駆け寄ろうとするが……
「おっと、動くんじゃないよ。こらっ、そこっ! 物騒なもんを仕舞いな!」
いつの間にか杖を手に持ったルナが、殴りかかろうとしていた。
「落ち着け、ルナ。どうやら、あやつ、ワシらと遊びたいだけのようじゃぞ」
「もし二人に怪我でもさせたら、絶対に許しませんからね」
かなりご立腹の様子で、ルナはしぶしぶ杖を
「お主も気をつけられよ。ワシらはこう見えても冒険者じゃぞ? 敵意を感じなんだから控えたが、時と場合によっては斬っておったぞ」
「そりゃ、悪かったね。でも、こんな簡単に捕まってるようじゃ、心配になるよ。ほれ、ユキちゃん。自力でアタイから逃げてみな」
ミズネに頼めば簡単に逃がしてくれるだろうが、それでは納得しないだろう。
とはいえ、こう抑え込まれては、唯一の長所、素早さが活かせない。
「どんな方法でもいい?」
「まあ、後始末が大変なことにならなければね」
「うん、わかった」
とにかく言質はとれた。
あとは、私のプライドの問題だが……
必死に抵抗している風を装って、女性の身体を少しずつよじ登っていく。
そして……
「なぜ、こんなことをするの?」
女性の目の前まで来て、目を潤ませながら、多少怯えた様子を交えて、恐る恐る問いかける。
さらにもがいて、自分からギュッと抱き付き、耳元に顔を寄せ。
「あっ、分かった。私のためなんだね。……ありがとう、おねえちゃん」
チュッ☆
耳元で軽く舌打ちして、キスの音をプレゼントしてやる。
「ほにぇ~☆」
……思った通りだ。
一瞬だけ拘束が緩んだのを見逃さず、素早く隙間から腕を抜き、お姉さんの腕を捻り上げて完全に拘束から逃れた。
……ルナ、なぜそんな不機嫌そうな顔で、こっちを睨む?
「ず、ずるい! それ……それっ、ずるい!」
そう言いつつも、女性の表情は緩みっぱなしだ。
「どんな方法でもいいって、言ったよね?」
ふふ~んと、勝ち誇ってあげると、女性はさらに喜んでくれた。
なんのことはない、この人も風流さん……それも、熱狂的なファンだった。
「ほんっと、マジゴメン。みんなに会えるって思ったら、もう辛抱が爆散して欠片も残らんかった。でも、コレが心配事っしょ?」
「コレって?」
「捕まったら逃げられない」
「ちょっと違うかな。本当にどんな手段を使っても良かったのなら武器を出してたし、そんなことをしなくても、ミズネに頼んだら簡単に抜け出せてたよ?」
「そっかー、違ったかー。でも、霊法術に頼るのは悪い考えじゃないよ。相性のいい
それは宝石商の女性も同じようだ。
「そろそろ、名前を教えてもらっていいかな? おねえちゃん♪」
「は、きゅん☆」
変な声を上げてもじもじする女性。
普段なら、こんな恥ずかしいことは絶対に言えないが、こう反応がいいと楽しくなってくる。
「アタイはメリエレーゼ。見ての通り宝石商をやってるわ」
残念ながら、そうは見えない。
それに、姿と言動のギャップが酷すぎる。
「……鉱石属性の霊法術が得意で、霊法術の家庭教師なんかもやってんよ。よかったらユキちゃんにも、簡単に教えてあげよっか?」
「ぜひ、お願いします。……って、いいよね?」
つい勢いで返事してしまったが、念のためにみんな……特にルゥリアさんに聞いてみる。
「そうですね。ユキさんは、霊法術が使えなくて悩んでましたから、メリエレーゼさん、どうか教えてあげて下さい」
「ういっ、任された―。あー、名前長いっしょ? アタイのことはリエラって呼んでくれていいかんね。もちろん、おねえちゃん☆、でも良し」
「よろしくね、おねえちゃん」
「きゅふ~ん☆」
変な人だが、悪い人ではなさそうだ。
それに、この姿は、家庭教師をするための服なのだろう。
たぶんだが、着替える間もない忙しい中、わざわざ時間を割いてくれたのだ。
「んじゃ、さっそくダーリン選ぼっか」
実は、さっきからずっと気になるモノがあった。
これが相性なのだろう。
引き寄せられるように、その前に立つ。
見る角度によって、藍色っぽくなったり、緑色を帯びたり、透き通るような水色になったり……
「キレイ……」
手に取って霊光灯の光にかざす。
湖か大海原か……浮かんで漂っているような感覚に包まれる。
心地いい、この解放感……
「……ちゃん、ユキちゃん、しっかり」
「あれ? 寝てた?」
なぜかリエラさんに、お姫様抱っこされている。
……いや、赤ちゃん抱っこだな、これは。
「ユキちゃん、マジスゴイ。一発でダイブ決めちゃうって、相当よ?」
「……? ダイブ?」
「互いに一目ぼれってこと。ダーリンがユキちゃんを求めすぎて、パラダイスに連れてったんよ。鬼ヤバだったっしょ?」
「そう……ですね。不思議な感覚でした」
「ユキちゃんのダーリンは、この子に決定ね」
ミズネにも確認してもらい、青く綺麗な
すぐに二人の石も決まったようだ。
……?
「三人分?」
「問題ないっしょ。ここにあるの、アタイのコレクションだし」
「値段は……?」
「ん~、忘れた。そんなびびんなくても、プレゼントするって」
リエラさんの話では、幼い頃に
そこに、人工精霊石である
その後、やはり術士が使うには天然の
その時に、あまり魅力の無かったものを売りさばき、霊法術の家庭教師となって隠棲しているらしい。
つまり、とてつもない資産を持ってるから、
それよりも、それを身に付けて活躍する私たちの姿を見てみたい……って言ってくれている。
「だから、このことはナイショだぞ☆」
「わかりました。ありがとうございます」
ちなみに、私が選んだものは
ミミは
そしてルナは……
「ルナちゃん、この子に選ばれるってヤバイよ? この子は
「えっ? 希少なものですよね? お返ししますよ」
「ああ、いいの、いいの。
三人の
頭ではなく身体で覚える感じで、とにかく体内を巡る霊力を認識し、水を生み出すイメージを繰り返して練習した。
その結果、一時間ほどでようやく、コップ一杯分の水を出せるようになった。
「あー、最後に、アタイがプレゼントしたって、誰にも言っちゃダメだかんね。もちろん、ここのお兄さんにも」
「ラニアンさんにも?」
「もち。知ったらあの人、ぶっ倒れっからね。格安で二十万クレジット? それをローンで売ったってことにしとくかんね。よろー」
「わかりました。……ってルゥさん、そういうことでいい?」
実のところ、私の
使う機会があまりないのに、ギルド依頼報酬はちゃんと入って来るから、少しずつ増えている。
寄付などの配信関係はルゥリアさんが管理して、生活費や装備に使われているのだが、そちらの収支がどうなっているかは怖くて聞けない。
「すごく助かりますけど、それでリエラさんに、なんの得があるのですか?」
「アンタなら分かるっしょ? アタイがプレゼントしたものを使って活躍してるって思えば、応援にも熱が入るってもんっしょ?」
「すっごく、分かります!」
意気投合した二人の語らいを見守った後、記念撮影をし……
三人でお辞儀をしながら、お礼を言った。
「「「ありがとう、おねえちゃん」」」
「にょほぅ……☆」
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