29 キサマも少女になるがいい そのニ

 遥か昔から、霊力との親和性が高い宝石の存在は知られており、竜の宝玉、もしくは、その欠片ではないかと言われていた。

 様々な属性を秘めたその宝石は「属性石」と呼ばれ、術士たちに活用されてきた。


 属性石の中でも光明属性を秘めたものは神聖石ホーリージェムと呼ばれ、神気を宿している石として、神を信奉する者たちによって利用された。

 また、魔の眷属──魔族を倒すと残される、闇黒属性を秘めたものを魔石ダークジェムと呼び、危険なものとして別に扱うようになった。

 だから、宝石を扱う商人たちの認識では、精霊石ジェムとは神聖石ホーリージェム魔石ダークジェムを除いた属性石のこと、というのが常識となっている。

 その精霊石ジェムに関して、グースにも時代の波が押し寄せる。


 このグースの地は、猫神の加護のおかげで魔族の出現が非常に珍しい。

 だが。その外……特に、魔族領がある大陸の北西部では、魔族が多く出没する。

 つまり、危険が多い反面、多くの魔石が手に入る。

 なので、魔石を加工して闇黒属性を除去した霊法石マグスが作られ、広く利用されてきた。

 近年になり、加工技術の革新によって量産が可能になったことで、ますます販路が広がった。


 天然ものである従来の精霊石ジェムとは違い、人工精霊石である霊法石マグスは、安価な上に使い勝手が良かった。だから、霊光灯や霊法鞄マナリアバッグなどの霊法具、飲料提供装置ドリンクサーバー全自動洗濯装置オートランドリー霊像鏡テレビなどの霊法機器などにも使われている。

 それどころか、術士が補助に使う杖や装備品にも、霊法石マグスが使われるようになり、精霊石ジェムといえば霊法石マグスのことを指すようになりつつある。

 それでもグースでは、霊法石マグスと呼び、精霊石ジェムとは区別している。


     ───◇◆◇───


 神秘の力を避けてきた私だけに、まがい物という言葉の意味を、正確には理解していなかった。

 だから、ここにあるのは普通の宝石で、精霊石ジェムではなかったのかと、そう思った。


「お客様を試すような真似をして、申し訳ありませんでした」


 私が黙っていたので、怒っていると思われたのだろう。

 バートンさんは、再び床に額をつけて謝った。

 このまま無言だと、大騒ぎになりそうだったので、白猫ミズネがうなずいたのを確認してから、バートンさんを引っ張り起こす。


「残念ですけど、無いなら仕方がないですね」


 精霊石ジェムを手に入れたところで何が起こるのかも分からないし、本当に必要なものかも分からないだけに、無いなら無くても構わない。

 むしろ、購入した結果、何も起こらないことのほうが怖かったので、少しホッとしていたりする。


「ま、待って下さい! お待ちください、ユキ様。宝石商の所へご案内致しますので、どうかご容赦ください」

「いえ、別に怒ってないですよ。バートンさんは、宝石商じゃないのですか?」

「私は……この店の職人で、ゼス・バルフレオといいます」


 わざわざ偽名を使っていたわけだ。

 そこまでして宝石商に会わせたくなかったのか……と思ったら違った。

 その宝石商の人は、花鳥風月に会えるのならばと快諾したが、もし嘘だったら関係を絶つと言ったらしい。

 それで、この場が設けられた。


「冒険者カードで本人確認をしたのでは?」

「もちろん。ですが、我々が重視するのは、その人柄、つまり人の内面なのです」


 待ちきれなくなったのか、白猫ミズネが割って入る。


「細かい話はいいにゃ。それで、ユキちゃんは、合格にゃ?」

「はい、もちろんです。それでは、ご案内致します」


 私がここにきてやったことといえば、挨拶をしてミズネを呼び出しただけ。

 なのに内面を重視した結果、合格らしい。

 本当に、よく分からない。


「ま、いっか。ミズネ、おいで」


 気持ちを切り替えて……

 白猫ミズネを抱き上げて、本物の宝石商のところへと案内してもらった。


     ───◇◆◇───

 

 その途中、ラニアンさんに連れられてきたルゥリアさんたちと合流した。

 ラニアンさんも、店を守るためとはいえ申し訳ないことをしたと謝ってくれた。

 

 ここの人たちがここまでするのだから、これから会う宝石商は、よほど用心深くて怖い人なのかと、新たな不安がよぎる。


「こちらになります」

 

 ノックをしたラニアンさんは、返事を待って扉を開けた。


「我々は外でお待ちしておりますので、どうぞ皆様、中へとお進みください」

「ラニアンさん、バートン……じゃなくて、バル……なんだっけ?」

「ゼス・バルフレオと申します。ゼスとお呼びください」

「はい。ラニアンさん、ゼスさん、ありがとうございました」


 部屋に入ると、目の前には、書類仕事が似合いそうな容姿と服装の、メガネをかけた女性が立っていた。

 キリッとした表情で、鋭い眼光が私たちに向けられる。

 ……ちょっと、怖い。

 

 背後で扉が閉じられた。

 これでもう、逃げられない。

 つい、そんなことを考えてしまうほどの威圧感を放っていた。

 

 とにかく挨拶をしないと……

 挨拶は大事だ。

 

「Fランク冒険者、花鳥風月のユキです。無理を言って……ひょわっ?」

 

 気付いた時には、女の人に抱き上げられていた。

 誰も反応できなかった。

 

「なにうぉ……ぶっ!」


 そのままギューと抱き付かれる。

 パニックになりそうになったが、白猫ミズネが少し離れた位置から、今の状況を拡張視界ビジョンに映し出してくれた。

 あの、キリッとしていた女性が、顔を紅潮させ、よだれを垂らさんばかりの恍惚の表情で、私を抱きしめていた。

 特に害意や敵意はなさそうだ。

 あるとすれば、身の危険だが……

 

「これ、やめぬか! ユキが壊れてしまうではないか!」

 

 いち早く状況を理解したミミが駆け寄ろうとするが……

 

「おっと、動くんじゃないよ。こらっ、そこっ! 物騒なもんを仕舞いな!」

 

 いつの間にか杖を手に持ったルナが、殴りかかろうとしていた。


「落ち着け、ルナ。どうやら、あやつ、ワシらと遊びたいだけのようじゃぞ」

「もし二人に怪我でもさせたら、絶対に許しませんからね」

 

 かなりご立腹の様子で、ルナはしぶしぶ杖を霊法袋マナリアポーチに収納した。

 

「お主も気をつけられよ。ワシらはこう見えても冒険者じゃぞ? 敵意を感じなんだから控えたが、時と場合によっては斬っておったぞ」

「そりゃ、悪かったね。でも、こんな簡単に捕まってるようじゃ、心配になるよ。ほれ、ユキちゃん。自力でアタイから逃げてみな」


 ミズネに頼めば簡単に逃がしてくれるだろうが、それでは納得しないだろう。

 とはいえ、こう抑え込まれては、唯一の長所、素早さが活かせない。

 

「どんな方法でもいい?」

「まあ、後始末が大変なことにならなければね」

「うん、わかった」

 

 とにかく言質はとれた。

 あとは、私のプライドの問題だが……

 必死に抵抗している風を装って、女性の身体を少しずつよじ登っていく。

 そして……


「なぜ、こんなことをするの?」

 

 女性の目の前まで来て、目を潤ませながら、多少怯えた様子を交えて、恐る恐る問いかける。

 さらにもがいて、自分からギュッと抱き付き、耳元に顔を寄せ。

 

「あっ、分かった。私のためなんだね。……ありがとう、

 

 チュッ☆

 耳元で軽く舌打ちして、キスの音をプレゼントしてやる。

 

「ほにぇ~☆」

 

 ……思った通りだ。

 一瞬だけ拘束が緩んだのを見逃さず、素早く隙間から腕を抜き、お姉さんの腕を捻り上げて完全に拘束から逃れた。

 ……ルナ、なぜそんな不機嫌そうな顔で、こっちを睨む?

 

「ず、ずるい! それ……それっ、ずるい!」

 

 そう言いつつも、女性の表情は緩みっぱなしだ。

 

「どんな方法でもいいって、言ったよね?」

 

 ふふ~んと、勝ち誇ってあげると、女性はさらに喜んでくれた。

 なんのことはない、この人も風流さん……それも、熱狂的なファンだった。

 

「ほんっと、マジゴメン。みんなに会えるって思ったら、もう辛抱が爆散して欠片も残らんかった。でも、コレが心配事っしょ?」

「コレって?」

「捕まったら逃げられない」

「ちょっと違うかな。本当にどんな手段を使っても良かったのなら武器を出してたし、そんなことをしなくても、ミズネに頼んだら簡単に抜け出せてたよ?」

「そっかー、違ったかー。でも、霊法術に頼るのは悪い考えじゃないよ。相性のいい精霊石ジェムなら、効果爆上がりだかんね」

 

 精霊石ジェムの使い道といえば、法術関係の補助ぐらいしか思いつかない。

 それは宝石商の女性も同じようだ。

 

「そろそろ、名前を教えてもらっていいかな? ♪」

「は、きゅん☆」

 

 変な声を上げてもじもじする女性。

 普段なら、こんな恥ずかしいことは絶対に言えないが、こう反応がいいと楽しくなってくる。

 

「アタイはメリエレーゼ。見ての通り宝石商をやってるわ」

 

 残念ながら、そうは見えない。

 それに、姿と言動のギャップが酷すぎる。


「……鉱石属性の霊法術が得意で、霊法術の家庭教師なんかもやってんよ。よかったらユキちゃんにも、簡単に教えてあげよっか?」

「ぜひ、お願いします。……って、いいよね?」


 つい勢いで返事してしまったが、念のためにみんな……特にルゥリアさんに聞いてみる。


「そうですね。ユキさんは、霊法術が使えなくて悩んでましたから、メリエレーゼさん、どうか教えてあげて下さい」

「ういっ、任された―。あー、名前長いっしょ? アタイのことはリエラって呼んでくれていいかんね。もちろん、おねえちゃん☆、でも良し」

「よろしくね、おねえちゃん」

「きゅふ~ん☆」


 変な人だが、悪い人ではなさそうだ。

 それに、この姿は、家庭教師をするための服なのだろう。

 たぶんだが、着替える間もない忙しい中、わざわざ時間を割いてくれたのだ。


「んじゃ、さっそくダーリン選ぼっか」


 実は、さっきからずっと気になるモノがあった。

 これが相性なのだろう。

 引き寄せられるように、その前に立つ。

 見る角度によって、藍色っぽくなったり、緑色を帯びたり、透き通るような水色になったり……


「キレイ……」


 手に取って霊光灯の光にかざす。

 湖か大海原か……浮かんで漂っているような感覚に包まれる。

 心地いい、この解放感……


「……ちゃん、ユキちゃん、しっかり」

「あれ? 寝てた?」


 なぜかリエラさんに、お姫様抱っこされている。

 ……いや、赤ちゃん抱っこだな、これは。


「ユキちゃん、マジスゴイ。一発でダイブ決めちゃうって、相当よ?」

「……? ダイブ?」

「互いに一目ぼれってこと。ダーリンがユキちゃんを求めすぎて、パラダイスに連れてったんよ。鬼ヤバだったっしょ?」

「そう……ですね。不思議な感覚でした」

「ユキちゃんのダーリンは、この子に決定ね」


 ミズネにも確認してもらい、青く綺麗な精霊石ジェムに決めた。

 すぐに二人の石も決まったようだ。

 ……?


「三人分?」

「問題ないっしょ。ここにあるの、アタイのコレクションだし」

「値段は……?」

「ん~、忘れた。そんなびびんなくても、プレゼントするって」


 リエラさんの話では、幼い頃に精霊石ジェムに魅せられ、宝石商になり、そこそこの成功を収めていた。

 そこに、人工精霊石である霊法石マグスが大量に流入して、精霊石ジェムの価格が大暴落した。これを好機と見て、それこそ私財を全部つぎ込んで買い漁った。

 その後、やはり術士が使うには天然の精霊石ジェムのほうが良いと見直され、一気に品薄になって、今度は大暴騰した。

 その時に、あまり魅力の無かったものを売りさばき、霊法術の家庭教師となって隠棲しているらしい。


 つまり、とてつもない資産を持ってるから、精霊石ジェムの三つぐらい譲ったところで気にならないらしい。

 それよりも、それを身に付けて活躍する私たちの姿を見てみたい……って言ってくれている。


「だから、このことはナイショだぞ☆」

「わかりました。ありがとうございます」


 ちなみに、私が選んだものは水精石ウォータージェムというもの。

 ミミは雷精石サンダージェム

 そしてルナは……


「ルナちゃん、この子に選ばれるってヤバイよ? この子は天眼石クリアジェム神聖石ホーリージェムん中でも上位種で、破魔の力が宿ってるっぽいよ」

「えっ? 希少なものですよね? お返ししますよ」

「ああ、いいの、いいの。天眼石クリアジェムなら、まだ三十はあったはず。それにアタイじゃ全力は無理っぽいし」

 

 三人の精霊石ジェム──ルナは神聖石ホーリージェムの上位種だけど──が決まり、約束通り、リエラさんは私に霊法術の基礎を教えてくれた。

 頭ではなく身体で覚える感じで、とにかく体内を巡る霊力を認識し、水を生み出すイメージを繰り返して練習した。

 その結果、一時間ほどでようやく、コップ一杯分の水を出せるようになった。

 

「あー、最後に、アタイがプレゼントしたって、誰にも言っちゃダメだかんね。もちろん、ここのお兄さんにも」

「ラニアンさんにも?」

「もち。知ったらあの人、ぶっ倒れっからね。格安で二十万クレジット? それをローンで売ったってことにしとくかんね。よろー」

「わかりました。……ってルゥさん、そういうことでいい?」

 

 実のところ、私の猫神通貨クレジットは、二十六万クレジットを超えていたりする。

 使う機会があまりないのに、ギルド依頼報酬はちゃんと入って来るから、少しずつ増えている。

 寄付などの配信関係はルゥリアさんが管理して、生活費や装備に使われているのだが、そちらの収支がどうなっているかは怖くて聞けない。

 

「すごく助かりますけど、それでリエラさんに、なんの得があるのですか?」

「アンタなら分かるっしょ? アタイがプレゼントしたものを使って活躍してるって思えば、応援にも熱が入るってもんっしょ?」

「すっごく、分かります!」

 

 意気投合した二人の語らいを見守った後、記念撮影をし……

 三人でお辞儀をしながら、お礼を言った。

 

「「「ありがとう、おねえちゃん」」」

「にょほぅ……☆」

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