28 キサマも少女になるがいい その一

 雪こそ降っていないものの気温がグッと下がり、フードマントだけで寒さをしのぐことが難しくなってきた。なので……

 厚手の肌着やマフラー、手袋や帽子など、様々な防寒グッズで身を固めている。

 これらの品々は、皆様からの寄付と応援のおかげで買えました、ってことになっているので、配信の冒頭で紹介するのがお約束になりつつある。


 微妙な言い回しなのは、実際には、割引されたり、タダになったり、おまけを付けてもらったりしているので、買ったと言っていいのか分からない時が多いのだ。

 だから店には「買ったということにしておかないと、またプレゼント合戦が白熱して大変なことになるから……」と、説明してある。

 これほど待遇がいいのは、やはり初配信でケーキやガルクさんの店の話題を出したことで、売り上げが激増したからだろう。

 なんせ、私たちが愛用している商品だと紹介されれば、タダにしたとしても、それとは比べ物にならないほどの売り上げが見込めるのだ。

 

 だから、私たちの中で、ちょっとしたルールを決めた。

 

 ひとつは、店には正直な感想を伝えること。

 もちろん、酷評するってことではなく、要らない理由を伝えるのだ。

 それでも試しに……と言われれば、紹介と言う形で受ける……こともある。

 基本的には断るけど、やはり気になる商品もたまにある。

 

 もうひとつは、風流さんを騙さないこと。

 使ったこともない商品をいい物だと紹介したり、食べたことがないのに美味しいなとど言ったり、初めて見た物を愛用していると言ったり……などだ。

 紹介を頼まれた物は「こういうものがあると勧められた」と正直に言う。

 その上で、その感想を伝えたり、批評する。

 食べ物も、すごく不味かったら「子供にはまだ早い」とか「大人になったら、この美味しさが分かるのかな」などと、誰も傷つけない言葉に置き換えて批評する。

 こういう時、子供は便利だ。

 

 デビューから半月も経つと、町を歩いても大騒ぎになることが少なくなった。

 騒ぎになれば、私たちが出歩けなくなるということが浸透したのだろう。

 今日もルゥリアに連れられて、四人で町を歩いている。

 もちろんプライベートなので、ライブ配信はされていない。

 目指すは靴屋さん。

 そろそろ雪の日用の履物が必要になる時期だ。


「ルゥリアよ、ちと休憩していかぬか?」


 その言葉と同時に、ミミからメッセージが送られてきた。

 また、よくない視線を感じたから注意するように……と。

 ここのところ、こちらを物色するような気配を感じることが多いらしい。

 その中でも、ミミが良くないと言った時は、相手に害意があるという意味だ。

 近頃多くなっているという誘拐騒ぎと無関係ではないだろう。……という話をしているが、実害がないだけに動くこともできない。


 猫神の加護を持つ子供を誘拐しても、リスクしかないはずなのだが、そこは相手もプロなのだろう。

 目隠しや耳栓など、様々な手段で子供に情報を与えないようにして攫っているという話だ。

 私の場合は霊獣ミズネがいるので、たとえ五感が奪われても、代わりに霊獣ミズネが情報を集めてくれるが……

 当たり前のように、自分の姿を映したり、周囲の様子を探ってもらったりしていたが、それはミズネが霊獣だから可能な芸当で、普通の支援妖精ファミリアには出来ないらしい。

 ちなみに、部屋の来客を知らせる映像はアパートの機能だから、また別モノだ。


「ユキちゃん、何にしますか?」

「寒いから温かいのがいいかな。ルナは何にするの?」

「まだ決めてないですけど、やっぱり温かいのがいいですね」


 私はホットチョコレートの黒、ルナはホットチョコレートの白、ミミは白玉ぜんざいで、ルゥリアさんはコンソメ卵スープを選んだ。

 さらに、エビ団子と一口サイズ鳥の唐揚げが。


「ちょっと、休憩するだけ……だったと思うけど?」

「まあ、残るようなら持ち帰ればよかろう」


 そうだが、まず残すことはないだろう。

 この間に、ミズネに危険な視線の正体を探ってもらっているのだが、途中で相手の気配が消えたらしい。だけど、もう少し探ってくれるようだ。

 その報告のため拡張視界ビジョン支援妖精スティーリアが現れたので、ついでに軽く聞いてみる。


『誘拐されたら、どうなるのかな?』

『遠くに運ばれるにゃ。たぶんグースの外かもにゃ。グースの子供は優秀って有名にゃ。高く売れるにゃ』

『私にもっと力があったら、わざと誘拐されてみるという手もあるんだけどね』

『やめた方がいいにゃ。抵抗したら殺されるにゃ』

『魅了を使えば……』

『襲われるかもにゃ』

 

 襲われるって……

 つまり、その言葉通り、襲われるってことだろう。

 

『それは……嫌だな』

『う~ん。だったら、霊力をためるアイテムを使うにゃ』

『霊力をためる……? 精霊石ジェムのこと?』

『そうにゃ。それを使えば……』

『使えば……?』

『期待させてダメだったら悪いにゃ。だから黙っておくにゃ』

 

 そんなに勿体ぶらなくてもいいのに……

 でも、精霊石ジェムということは法術が関係するのだろう。

 この三人の中で、私だけが霊法術が使えない。

 もしかしたら……とは思うが、それなら勿体ぶる理由が分からない。

 

『ルナの杖で試してみようか?』

『やめたほうがいいにゃ。ルナの杖にはルナの霊力が入ってるにゃ。最初はちゃんと、自分の霊力を使ったほうがいいにゃ』

『じゃあ、買ってもいいか、みんなに聞いてみるよ』

 

 私がボーっとしているように見えたのだろう。

 ルナが不思議そうに、私の顔を覗き込んでいた。

 

「ルナ、どうしたの?」

「はい、ユキちゃん、あ~ん」

「……えっ?」

「ボーっとしてる間に、団子、最後の一つになったから。はい、あ~ん」

「あ~ん」

 

 おお、これはなかなか……

 

「美味しい……けど、これで最後か」

「ボーっとしてるからですよ。でも、唐揚げも美味しいですから。はい、あ~ん」

「いや、自分で食べられるから……」

「いいから、あ~ん」

 

 今まで完全に忘れてたが、こういう時にだけ、自分が男だったことを思い出してしまう。

 照れ臭い気持ちもあるが、それよりも、ルナを騙していることを思い出して、申し訳なく思ってしまう。

 そんな私の葛藤を知らないルナは、楽しくなったのか、この後さらに三つも私に食べさせた。

 

 それはさておき……

 店を出る前にルゥリアさんに事情を話した結果、靴屋さんの後で、精霊石ジェムを買いに行くことになった。

 

     ───◇◆◇───

 

 雪道用のブーツは、それほど種類もないので、すぐに買い物が終わった。

 問題は精霊石ジェムのほうだった。


 ガルクさんから、どこかの執事かと見紛うような若い紳士風のドリアス・ラニアンという宝石職人を紹介してもらった。

 だけど、相性の良い精霊石ジェムを自分で選びたいのなら、宝石商や宝石職人に頼むしかないらしい。

 とはいえ、高価な素材を扱っているだけに、しっかりとした伝手がないと会うことすら難しい。

 そこを、何とか無理を言って連絡を取ってもらった。

 もちろん、だからといって魅了などは使っていない。

 困った感じでお願いしただけだ。


 そして今日、ついにラニアンさんの工房「ラニアン宝飾工房」で、宝石商の人と会うことになった。


「ユキさん、大丈夫ですか? 少し顔色が悪いようですが……」

「大丈夫。ちょっと、緊張してるだけ」


 やはり相手はこちらを警戒しているようで、会うのは私だけという条件を出してきた。相手からすれば、会う人数を絞るのは当然だろう。

 でも、緊張しているのは、それが原因というわけではない。

 もし相性の良い精霊石ジェムが見つかっても相当に高価だろうし、みんなに迷惑をかけた挙句、私が精霊石ジェムを上手く扱えずに何も起こらなかったら……と思うと、それが怖い。


「それではユキ様、参りましょうか」

「ひゃい」


 異様な緊張感の中、様付けで名前を呼ばれ、焦って変な声が出てしまった。


「申し訳ございません。少々脅かし過ぎましたかな? あなたが花鳥風月のユキ様なら、何も心配する必要はありませんよ」

「はい。それでは、よろしくお願いします」

 

 今の言葉に含みがあることに気付く。

 ラニアンさんもまた、私が本物のユキかどうかを疑っているのだろう。たとえガルクさんの紹介だったとしても、盲信するつもりはないらしい。

 部屋を出て、ラニアンさんの後に続いて廊下を進み、階段を上って別の部屋の前で立ち止まる。


「こちらです」


 ラニアンさんに続いて、私も部屋に入る。

 

「お待ちしておりました、ユキ様。わたくしは宝石商を営んでおりますエリック・バートンと申します。お見知りおきを」

「Fランク冒険者。花鳥風月のユキです。こちらこそ、無理を言って申しわけありません。どうぞよろしくお願いします」


 バートンさんは、スラリとした身軽そうな男性だった。歳はラニアンさんと同じぐらい……だいたい二十代の半ばぐらいだろうか。


「それでは、後はお願いします」


 挨拶が済むと、ラニアンさんは退室してしまった。

 この部屋には、バートンさんの他に警備の人が二人。


 なぜ、こんなにも不安な気持ちになるのだろう。

 もし三人が誘拐犯なら、私は抵抗できずに捕まるだろう。

 それを恐れているのだろうか……


 でも、ここはみんなを信じるしかない。


「さっそくですが、どのような精霊石ジェムをお探しでしょうか?」

「少し変なお願いに思うでしょうけど、私と相性のいい精霊石ジェムを探しています」

「別に変ではありませんよ。相性の良さは大事ですから。ということは、法術に使われるのでしょうね。得意な属性を伺っても?」

「あっ、いえ。その……霊力は高いとは言われましたが、まだ私は法術が使えません。大海属性の適性があるとは聞いているのですが……」

「そうでしたか」

 

 自分で言ってても、すごく怪しいと思う。

 ごめんなさいと謝って、逃げ帰りたい気分だ。


「そういえば、ユキ様は霊獣契約をされているとか。わたくし、霊獣を見たことがないので、差し支えが無ければ会わせて頂くことは可能でしょうか?」

「はい。いいですよ。ミズネ、出てきて」


 呼びかけに応えて、白猫姿のミズネが現れた。

 私にとってはありがたい話だ。

 これで、ミズネが話を進めてくれる。


「はじめましてにゃ。ユキちゃんが世話になってるにゃ。よろしくにゃ」

「はい、よろしくお願いします」


 ……ん?

 何か、バートンさんの雰囲気が変わったような気がする。

 ミズネの姿を確認して、私が偽物だという容疑が晴れたのだろうか。

 

「それでは、こちらに精霊石ジェムがありますので、ご自由に見て回って下さい。触れて頂いても構いません」

「はい。ありがとうございます」

 

 とはいえ、私には相性の良さなんて分からない。

 いや、アルケミーシードを使えば……

 

「なんにゃ。まがい物ばかりにゃ。これじゃだめにゃ」

 

 さすがにそんなことは……

 でも、綺麗な宝石だとは分かるけど、私には全てが同じように見える。

 なので、相性の良し悪しなんてものは、全く分からなかった。


 ふるふると震え始めるバートンさん。

 怒られる……と思った瞬間。

 なんとバートンさんは、ガバッと姿勢を低くして……

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 いきなり、土下座した。

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