27 【挿話】初めての依頼と配信を終えて
南門から三人を送り出したルゥリアは、こっそり後をつけようとした。
……すぐにバレた。
ミミから、呆れたようなメッセージが送られてきたので、仕方なくアパートの部屋に戻った。
こうなれば、配信を見て状況を把握するしかない。
やはり幼い子供たちだけの花鳥風月は、注目度が高いようだ。
視聴者数が多く、チャットも賑わっていた。
最初はほのぼのとした雰囲気だった。
チャットを書き込んでる
「ああ、ミミさん!」
後ろ向きに歩いていて転んだのを見て、ルゥリアが声を出す。
その場に行きたい感情が沸々と湧き上がる。
最初の群生地では……
「はい、可愛い。三人とも天使っ!」
「あの人、誰? 後の人のために残してあげないと」
「薬草おじさん? サザ爺? 怪しいですね……」
「えっ? 実はいい人?」
一人なのに、なんとも賑やかだ。
そんな調子で、ファンの目線で騒いでいたルゥリアだったが、周りの景色が怪しくなるにつれて、その表情がどんどん険しくなっていく。
配信からだと、だいたいの位置しか分からないが、どうやら変な方向へと進んでいるようだ。
配下に問い合わせると、その方向には群生地がなく、想定エリア外ということで調査されていなかったとの返答が。
すぐに調べさせようと思ったが、思いとどまる。
今から調査に向かわせたところで、先に到着するのは不可能だろう。それに、ミミの意思にも反するので、仕方なくこのまま見守り続けることにする。
風流さんたちも、ざわついていたが、行くべきと戻るべきで、意見が半々に分かれていた。ただ、奥に何があるのか気になるって意見は多い。
さらに進むと植物が見当たらなくなってきた。
明らかにおかしい。
休憩に入ったタイミングで、引き返すようメッセージを送る。だけど……
「……まあ、予想通りじゃな。明らかに異常じゃから引き返せと言ってきおった。その異常を調べるのが冒険者じゃというのにな」
それがミミの答えだった。
ルゥリアにしても、そうなるだろうと予想していたが、これで介入する言いわけが成立した。
とはいえ、内心では「何事も起こりませんように」と強く願い続ける。
気が付くと、なぜか風流さんたちは、トイレの話で盛り上がっていた。
休憩を終えて、ついに中心地へと向かう段階になり、風流さんたちも危険を感じ取ったのか、行かないほうがいいという声が優勢になった。
だけど、それを見ていない三人は、そのまま向かって行ってしまった。
さすがにこれは見過ごせない。
ルゥリアは一部の配下に連絡し、現場へ向かうよう指示を出した。
ただし、十分な距離を取って、三人に気取られないようにといい含めて。
枯れ木に近付く三人は、どうやらカーバンクルという獣を助けるようだ。
ルナが捕まったのを見て、行けと指示を出す。
だがすぐに拘束が解かれたのを見て、戻れと指示を出し直した。
季節外れの花畑で遊ぶ三人と二匹。それを見守る精霊樹……
何とも長閑で、ほのぼのとした時間が過ぎていく。
なぜあの場に自分が居ないのかと、心が締め付けられる。
そんなことを思いながらルゥリアは、六歳の女の子らしく戯れている彼女たちを見守った。
それにしても……
今回の依頼は、簡単な初心者向けの薬草採集だったはずだ。
なのに、異変のある地に踏み込んで魔物を退治し、カーバンクルと霊獣契約を交わし、精霊樹を救って枯れた大地を花畑にした。
さらに、ルナが初めての霊法術を使い、しかもそれが(ルゥリアにはよく分からなかったが)光明属性の霊法術の中でも、第六階梯の秘術とされるものだという。
風流さんたちは大喜びで、寄付金もどんどん寄せられている。
そろそろ戻るようにと三人にメッセージを送る。
さすがにもう、これ以上は何も起きないだろう。
そう思いつつもルゥリアは、念のため配信に注意を払いながら、気疲れしてグッタリした身体に喝を入れ、出迎えついでの買い出しに向かった。
───◇◆◇───
「おい、あれ……魔物じゃないのか?」
冒険者ギルドの休憩室で、元Aランク冒険者にして、βランク教官のバーンズが、驚きの声を上げる。
少し遅れて「緊急召集です。手の空いている冒険者たちは、至急ホールに集まって下さい……」というアナウンスが流れる。
「やれやれ、俺たちが行くまで、無茶するんじゃないぞ」
そう言ってバーンズが立ち上がると……
休憩室にどよめきが起こった。
「はあ? カーバンクルと霊獣契約……だと?」
しかも、あっさり魔物を倒してしまった。
すぐに「魔物は討伐されました。先ほどの召集は取り消します。繰り返します。魔物が討伐されましたので、先ほどの召集は取り消します。以上です」という、訂正のアナウンスが流れた。
「無茶苦茶だな。何て奴等だ……」
三人は、魔物に襲われた精霊樹と獣を見つけて助けたってことになるが……
運の要素がかなり高いので、それが彼女たちの実力だというのは語弊がある。
それに、枯れた大地に花を咲かせたのは精霊樹の力だ。
とはいえ、カーバンクルと霊獣契約を交わしたので、パーティとしてパワーアップしたのは間違いない。
驚いたとすれば、ユキがミズネという白猫と霊獣契約を結んでいたことだが、その影響でユキが大人びているのかと納得した。
ともあれ、あの場に居合わせ、滅多にない場面に遭遇したことは、三人にとって良い経験になっただろう。
薬草採集なら難なくこなせると分かったし、長距離の移動も問題なかった。
人柄の良さが伝わって来たし、異変に対する対応能力も評価に値するだろう。
だだ、冒険者に一番重要な資質は……
「あとは、無事に帰って来るだけ……だな」
そう呟いて、バーンズは椅子に座り直した。
───◇◆◇───
ドン……と、テーブルに理不尽な暴力が振るわれた。
だが、テーブルはそれに耐え、上に乗っていたお菓子や飲み物に被害を及ぼすことはなかった。
拳を握り両手を振り下ろした男の子は、悔しそうに叫ぶ。
「なぜだ!!」
ここは、フォルニス砦内にある、冒険者パーティ「パレスガーデン」の本拠地。
そこの主はエド、ルディ、ミシャの三人で、全員が九歳児だった。
彼らの世話に、五人の使用人が従事している。
「俺は貴族の息子だぞ! なのに、なんで孤児のガキどもに勝てないんだ!」
「エドくん、落ち着いて。まだ負けたって決まったわけじゃないでしょ?」
憤るエドをミシャがなだめる。
貴族と言っても準男爵の三男。
親父の権限は小さな村の村長と変わらず、その三男となれば受け継ぐモノは一切ない。だから、幼馴染の二人を誘って冒険者になろうと思った。
この果ての町ルシルでなら、一番の冒険者になれるはずだ。
そう考え、無理を言ってこの町に移り住み、この町の学校に通わせてもらった。
冒険者になることは学校にも伝えてあった。
そのせいで、冒険者になるには基礎を学ばなければならないと保留にされ、耐え続けてきたが我慢ならずに、かなり強引で許可を勝ち取った。
それもこれも、若くしてデビューすれば注目が集まると思ったからだが……
同じ時期にあのガキどもが現れた。
どうせ遊び半分だ、合格するわけがないと思っていたのに、俺たちよりも目立って合格し、ギルドの中でも大人気になってしまった。
俺たちがそうなるはずだった。
その思いがエドを苦しめた。
花鳥風月の配信を見ながら、エドは歯ぎしりをする。
俺たちの時には、見送りなんて誰もいなかった。
視聴者も
最初の配信だからそんなものだと自分にイイワケしていたが、まざまざと差を見せつけられた気分だった。
最初は、遊び気分の三人を鼻で笑っていた。
群生地で先客が居た時は、ざまあみろとも思ったし、どんな醜態を晒すのかと少し期待していた。
だけど、あの三人は、あれだけ歩いたのにまだまだ元気そうで、優雅にお菓子を食べながら、先客と談笑を始めた。
もう、それだけで、エドは負けた気持ちになった。
エドたちも、あの群生地に行き、薬草の奪い合いになり、果ては口論になり、「大人のくせに子供と張り合うなんて、恥ずかしくないのか。配信に映ってるぞ」と言い負かして、依頼を完了させていた。
後でアーカイブを見返してみると、言い争った相手にはモザイクがかかっていて、あたかも自分たちが脅して奪い取ったかのような印象になっていた。
できればガキどもには、それ以上の醜態を晒して欲しいと思ったのに、エドの願いは叶わなかった。
だからつい、テーブルを殴ってしまった。
怒鳴り声を上げて……そして、自己嫌悪に陥った。
他人の失敗を願うなんてクズのすることだ。自分はそこまで堕ちてしまったのかと気付いたのだ。
その後は、放心した状態で、ただ配信を眺めていた。
何をするにも楽しそうな三人の姿。
失敗しても笑い合い、助け合う姿。
異変を前にして、好奇心に目を輝かせ、それでいて真剣に挑もうとする姿。
ただお金と名声だけを追い求める自分が、浅ましく思えた。
そして、三人に憧れた……
「エドくん……どうしたの?」
「なにがだ?」
「だって、エドくん……」
「えっ? ……なんで?」
雪の降る花畑で感動に目を輝かせる三人を見た瞬間、固く戒めていた感情があふれ出た。
強くあらねばならないと心に誓い、ルシルに来てからは一度も見せたことがなかった涙が、エドの頬を伝って流れ落ちた。
それを慌ててハンカチで拭う。
「俺たちはもっと、冒険を楽しんでも良かったんだな……」
「それは、人それぞれでしょ。どれだけ真似をしてもあの子たちのようにはなれないし、凄い人の真似をしても自分たちが凄くなるわけじゃないでしょ? アタシたちはアタシたちで、アタシたちのやり方を見つけなきゃ。エドくんならできるよ」
そこへ、慌ただしい足音が近付いてきた。
「エドさん、エドさん、あの子たち凄いよ! あの一番大人しい子が第六階梯の秘術を使ったんだ! 見てたかい?」
才能の差に葛藤することなく、幼い女の子を無邪気に褒め称える賢者の問いに答えず、エドとミシャは笑い声を上げる。
何のことが分からず、困惑するルディ。
「ありがとうルディ。キミが仲間でよかったよ」
近頃見なかった笑顔でエドに礼を言われ、ルディーはますます困惑する。
その様子を見て、二人は再び笑い声を上げた。
───◇◆◇───
ギルドの玄関ホールが騒がしくなった。
それに気付いたバーンズは、やれやれといった感じで立ち上がる。
「無事に帰って来たか」
配信を見ていたのだから知っているはずだが、わざわざ口に出してから、騒ぎのほうへと近付いていく。
「ほれ、ルベイラ、ポリン、お土産じゃぞい。ちと屈んでくれぬか?」
それに従った二人の頭に、ミミとルナが花冠を乗せた。
なぜか湧き上がるギャラリーの拍手。
「花鳥風月のみなさん、お疲れ様でした。依頼の品は鑑定が必要になります。鑑定所に案内しますので、ついて来て下さい」
その手前の鑑定所で、
「ほう、それが魔石か」
「あっ、バーンズさん、お疲れ様です」
ユキに続いて二人も挨拶をする。
「三人こそ、お疲れさん。どうだ、楽しかったか?」
「はい。すごく楽しかったですよ。それに、新しい仲間も増えましたし」
耳と尻尾が長い、黄色と白の毛で覆われた獣が現れた。
「これが霊獣カーバンクルか。俺も実物を見るのは初めてだ」
「あっそうだ。バーンズさん、ちょっと耳を貸してもらえますか?」
「ん? なんだ?」
前屈みになっていたバーンズだが、片ヒザをつくようにして座り、ユキに顔を寄せる。
「どうした? 内緒話か?」
「そういうわけじゃないですけど、ちゃんとお礼を言ってなかったと思って」
「お礼? 何のお礼だ」
「試験の時、私たちが不利にならないように、低いテーブルや子供用の装備や道具を用意して下さったと聞きましたので」
「なんだ、そんなことか。それは、試験官として当然の配慮だ。だから、気にすることはないぞ。世の中にはほら、あの受付嬢のような
「新品のものも多かったですし、手入れもされてましたから。私たちのためじゃなかったとしても、ひと言お礼を言わせて欲しかったんです」
いつの間にか、ユキの手には花冠が。それがバーンズの頭に乗せられる。
「バーンズさん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「そうだな。俺はβランクだから初心者は担当外だが、三人ならいつでも鍛えてやるぞ」
この光景は、後に妖精が猛獣を飼い慣らしたと話題になった。
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