26 花冠に感謝を込めて その六

 おやつを食べたばかりだが、すでに時刻は十三時を回っていた。


 昼食は群生地でと決めていたが、これ以上遅らせてタイミングを逃せば、せっかく用意した昼食が無駄になるかもしれない。

 それに、茨を切っただけだが、これも立派な初めての実戦だ。

 心を落ち着けるためにも、休息が必要だった。

 殺風景なのは残念だけど、障害物がないので、見通しがいいとも言える。

 

 ルナのお手製シチューを携帯霊法炉コンロで温め直す。

 そんな手間をかけなくても、時間が経過しても冷めたりしない猫神収納ペットボックスに入れておけば、いつでも熱々が食べられるのだが、そんなことをすれば、猫神収納ペットボックスの所有者だとバレる危険がある。

 バレれば、王宮は、行方不明になった貴猫姫さまとの関係を怪しむだろう。下手をすれば監視、拘束、尋問など、ややこしいことになりかねない。

 それに、シチューは温め直すことを前提に味が調整されているらしい。

 温め直すことによって、具材が柔らかくなって味にも深みが出るのだとか。


「「いただきます」」


 スプーンですくい、フーフーと息を吹きかけて少し冷ましてから口の中に入れる。……けど、まだ熱かった。

 口の中を火傷しないように、ハフハフしながら食べる。


「ふぅ~、温まる~」


 それに、キノコ、人参、トマト、干し肉……具だくさんで贅沢なほど美味しい。

 それにパンも、すごくいい香りがして、柔らかくて美味しい。


「ルナの料理、幸せ~」


 しみじみとそう思う。

 それを見て、ルナが満面の笑みを浮かべる。


「おかわり、ありますよ♪」


 なんだか静かだと思ったら、ミミは何かが気になるようで、周りをキョロキョロと見回している。

 どうしたのかと、声をかけようとしたら……


「……ユキよ、何か言ったかのう?」


 先に問いかけられた。


「ルナの美味しい料理が食べられて、幸せって……」

「うむ、それには異論なぞないが、そうじゃのうて……ほら、またじゃ」

「聞こえますね……」


 ミミに続き、ルナまで……

 だけど、今度は私にも聞こえた……気がする。


「女の人の声?」

「そのようじゃが……」


 今日は変なことがいろいろと起こりすぎた。

 だから、これ以上何かが起こる前にと、急いでシチューを食べる。


「きゃっ! ……ゆうれい?」


 ルナの悲鳴で喉が詰まりそうになった。

 慌てて水で流し込み、シチュー皿に残った最後のひと口を飲み込むと、立ち上がって周囲を警戒する。


「ルナ、どうしたの?」

「ユキちゃん、あれ……」

 

 枯れた木の前に、半透明な女の人がたたずんでいた。

 真っ先に疑ったのは、拡張視界ビジョンに映し出された映像ではないか……ということ。

 だけど、すぐに違うと分かる。


「どこかから投影されてるとか?」

「……いや、恐らくじゃが、あの者が精霊樹じゃろうな」

「精霊樹って、物語に出てくる、精霊が集う木だよね?」


 私が知っているのは、その程度。

 幽霊と同じで、実在するのか怪しいモノのひとつなのだが……

 その正体が幽霊なんて話は、聞いたことがない。


「あっ、ちょっと、ノヴァくん?」

「ルナ、心配ないよ」


 後を追いかけようとするルナを止める。

 姿を現したカーバンクルは、跳ねるようにして枯れ木の方へと向かい、途中で立ち止まって振り返った。


「もう危険はないから、ルナ、来てもらってもいいかな?」


 私たちは顔を見合わせると、コクリとうなずいて、カーバンクルの後を追う。

 今にも消えそうな女の人の前まで来ると、カーバンクルが再び振り返る。


「この子は精霊樹のフラウローラ。魔物に襲われてたところを、ボクが助けてあげてたんだ」

「その割には、ノヴァも襲われておったようじゃが?」


 私にもそう見えた。だが……


「わざとだよ。ボクの力は光明属性だからね。魔物には、ボクの霊力は毒なのさ。でも、思ったより魔物が強くて、倒すことができなくて困ってたんだ。ルナ、キミがきてくれて本当に助かったよ」

「ふむ、じゃから、あの魔物は弱っておったのじゃな。そうでなければ、今のワシらで抗することなど敵わぬじゃろうて」

「そういうこと。それで提案というか、お願いなんだけど……」


 カーバンクルが、真剣な表情でルナを見上げる。


「ルナの力を、この精霊樹に分けてあげて欲しいんだ。いいかな?」

「私の力?」


 フラウローラが消えそうに見え、カーバンクルが少し焦ってるように感じた。

 たぶん、急がなくてはならないのだろう。

 だから、私はルナを見つめて小さくうなずいた。


「分かりました。私の力で良ければ」

「ありがとう。じゃあ、ボクを抱きかかえて、力をボクに注ぎ込んでもらってもいいかな」


 言われた通り、カーバンクルを抱きかかえたルナは、う~ん、う~ん、と唸り始めた。だけど、上手く力が注ぎ込めないようだ。

 私もよく分からないから、何もアドバイスをしてあげられない。


「ルナはまだ、霊法術を使ったことがないんだね。だったら……」


 振り返り、ルナの顔を見上げたカーバンクルは、そのまま無言で見つめ続ける。

 しばらくして、美しいルナの声が流れ始めた。


「全知全能なる至高の天帝ラディエル様に願います……」


 歌うように、慈しむように……

 ミミが驚愕の表情で「まさかっ、精霊王じゃと!?」と呟いている。


「……ワタクシ、ルーナ・アデラードに、この気高き精霊樹を癒す力を与えてくださいませ……慈愛の光セイクリッドリカバー


 カーバンクルの身体から放たれる青白い光が輝きを増し、光の粒子となってフラウローラと枯れ木に降り注ぐ……

 今にも倒れそうだった枯れ木が、みるみるうちに生気を取り戻し、幹が太くなり、枝葉が茂り、オレンジ色の小さな花が無数に開花し、辺りに濃厚な甘い香りを放ち始める。

 それに、今にも消えそうだったフラウローラも、はっきりと姿を現し、質素だった服や髪飾りがオレンジの花で彩られる。


「ルナ、お疲れ様」

「これで、良かったのです?」

「ああ、十分すぎる程だよ。まさかこれほどの力を秘めていたとはね。やっぱりボクが見込んだパートナーだ。ルナ、お疲れ様。それと、ありがとう」


 疲れたのだろう。

 笑顔を浮かべたルナの身体が揺れたのを見て、慌てて抱きとめる。

 いや、抱きとめようとしたけど、支えきれず……

 慌ててミミも手を貸してくれたけど、三人まとめてコロンとひっくり返った。

 だけど、何か柔らかいものに受け止められる。


 一面が荒野だったのに、いつの間にか地面に草が青々と茂り、芝生のようになっていた。さらに……

 フラウローラさんが舞うと花が咲き、一面が花畑になった。


「あっ、ノコギリ薬草!」


 私の声に、二人もムクリと上半身を起こして、驚嘆の声を上げる。


「わあ……、キレイ……」

「ほう……、見事なものじゃな……」


 真っ先に、依頼の事が頭をよぎった私とは違って……

 素直に景色に見惚れている二人を見て、私は少し恥ずかしくなった。


     ───◇◆◇───


 フラウローラは、精霊樹と紹介されたが、正確には、樹木に宿った花妖樹族アレイナと呼ばれる妖精族フェアリーだった。

 その霊力マナで周囲に恵みをもたらし、それに惹かれて精霊たちが集まって来る。

 だから、樹木と妖精をセットにして「精霊樹」と呼ばれている。


 そこに魔物が現れた。

 この魔物、イビルソーンと呼ばれる植物系の魔物で、霊力を吸い取って強くなるという特性がある。

 どうやってこのグースに、しかも、こんな奥地にまで入り込んだのかは不明だが、精霊樹の力を吸ったイビルソーンはかなり強力な魔物になっていた。

 この魔物を放置すれば、被害が広がる。そう思ったフラウローラは、助けを求めた。それに気付いたのが、ルナであり、このカーバンクルだった。


 カーバンクルは、妖精たちのことを友達だと思っている。

 なので、フラウローラとは初対面であっても友達という認識だった。

 その友達が、魔物に襲われていたので助けに入った。

 自分の光明属性の霊力を吸わせることで、魔物を弱体化させることに成功した。だが、思ったよりも魔物は強く、倒すだけの力が残っていなかった。

 そこにやってきたのが、強い光明属性の力を秘めたルナだった。


 カーバンクルはルナに霊獣契約を申し出る。

 霊獣契約を結んだことにより、ノヴァと名付けられたカーバンクルは、ルナの霊力を得て復活した。

 それに、ノヴァには契約者の法術系能力を高める力がある。

 今まで溜まりに溜まったルナの霊力と、ノヴァのサポートで、光明の精霊王ラディエルの力、慈愛の光セイクリッドリカバーを発動させることができた。

 ただし、今回は特殊な条件がそろっていたからこそ行えた荒業で、光明系霊法術、第六階梯の秘術なんてものは、かなり実力を磨かなければ使えないだろう。


 おかげで、フラウローラは完全復活を果たし、それどころか、あり余る霊力が樹木を復活させ、さらには枯れた大地にまで霊力が浸透した。

 それを使ってフラウローラは、大地を命で満たした。


「ボクだって、この結果には驚いてるよ。でもまあ、ビギナーズラックっていうのかな。そういうものだと思ってもらえばいいと思うよ」


 その言葉で、ノヴァは説明を締めくくった。


     ───◇◆◇───


 シチューを温め直し、フラウローラさんとノヴァも一緒に食べた。

 冗談交じりで勧めたのだが、カーバンクルや妖精が、まさかシチューを食べるとは思わなかった。

 ならばとミズネにも勧めたのだが、私の霊力だけで十分だと言って、頑なに食べようとはしなかった。


 薬草採集の依頼は、あっという間に終わった。

 念のため二十束集め、霊獣たちと追いかけっこをしたり、ボール遊びをしたり、寝転がったりして楽しい時間を過ごした。


「おお、ルナよ、なかなか器用じゃのう」


 そんなミミの声を聞いて起き上がる。


「ユキ、見てみよ。ルナが作ったんじゃが、見事なものじゃろ?」


 差し出されたのは、花で作った輪っかだった。

 形が綺麗だし、花の色もバランスよくて華やかだ。


「うん、すごく綺麗だ……」

「作り方は簡単ですよ。二人も作ってみますか?」


 フラウローラさんも加わり、夢中になって四人で作る。

 次はどの花にしようかと探していると、四葉のクローバーを見つけた。

 サザ爺に教えてもらった、幸運が宿ると伝えられる草だ。


『アルケミーシード起動』


 心の中で唱えると、半径一メートルほどの結界──力場が展開される。

 続いて……


『探索、四葉のクローバー』


 次々と、ここにあるよと拡張視界ビジョンに表示される。

 気付かなかっただけで、手の届く範囲に十本以上あった。

 だったら……

 作ったばかりの花冠に四葉のクローバーを組み合わせる。


 ・幸運の花冠(七十三%)

  持ち主にささやかな幸運をもたらすという花の冠。


 ・四葉のクローバーの冠(二十七%)

  持ち主に幸運をもたらすとされる冠。


『錬成』


 見た目は変わらないけど、幸運の花冠が出来上がった。

 さっそくそれを、フラウローラさんに進呈する。

 ささやかな幸運が宿っているという言葉を添えて。

 それに、ルーナが興味を示し、次々と幸運の花冠が作られていく。


 試しに、幸運の花冠同士を掛け合わせると……


 ・幸運のフラワーレイ(三十一%)

  持ち主にささやかな幸運をもたらす花の首飾り。


 ・幸運の花束(六十九%)

  持ち主に幸運をもたらす花束。


 なにか面白い効果の花冠にならないかと期待したが、ダメそうなのでやめる。

 代わりに、アルケミーシードの探索と解析を使って、サザ爺から教わった希少な植物を集めておいた。


 ルゥリアさんからメッセージが届く。

 ミミもそれを読んだのだろう。


「おお、そうじゃった。つい普通に遊んでしまっておったが、依頼の最中じゃったな。すっかり配信のことを忘れておったわい」


 私は忘れてなかったけど、立ち去りがたい気持ちなのは一緒だ。

 とはいえ、さすがに戻らないと、みんなが心配するだろう。


「残念だけど、そろそろ戻ろっか。でも、ノヴァを連れて帰って、大丈夫なのかな?」

「まあ、平気じゃろ。ミズネのことも含めてギルドに報告せねばならんじゃろうけどな」

「……怒られたり、しないよね?」

「どうじゃろうか。まあ、怒られる時も三人一緒じゃよ」


 そこで何かを思い出したように、ミミが短剣を抜く。


「ワシらの装備は、ガルグエスって武器屋のガルクって方に見繕ってもらったのじゃが、どうじゃ? 似合うておるか?」

「そうだった。私の装備も……」


 剣を抜いて、両手で捧げるように持つ。


「あの動く茨も、簡単に切れたから、すごく助かったよ。ガルクさん、ありがと」

「ほれ、ルナも……」


 あれ……?

 目の前を、白いものがひらひらと……?


「雪?」

「うむ。積もらぬとは思うが……」

「早く片付けないと。でも、冷えてきたし、マントを着たほうがいいね」

「そうじゃな。……ルナよ、どうした?」


 呆然と立ち尽くすルナが、うっとりとした表情で呟く。


「キレイ……。夢の国みたい……」


 ルナの言葉通り、夢でなければ見られないような光景だった。

 陽光で輝く花畑に雪が降る。

 そんな奇跡の光景に、言葉を失って見入ってしまう。


 ……呆けてる場合じゃなかった。

 急いで片付けを再開し、帰る支度をする。


「フラウローラさん、今日はありがとうございました」


 三人の頭の上には、フラウローラさんが作ってくれた花冠が乗っている。

 そしてフラウローラさんには、私たちが贈った三つの花冠が。


「いえいえ、こちらこそ。救って頂き、ありがとうございました。もし、何か必要なものがありましたら、いつでも相談に来てくださいね」

「はい。また会いに来ます」


 三人でお辞儀をし、手を振りながらルシルの町に向かって歩き始めた。

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