25 花冠に感謝を込めて その五
そこは、見るからに雰囲気が変だった。
歩みを進めると、徐々に獣道が見当たらなくなり、下草や藪の元気が無くなり、その下草もまばらになってきて、とうとう砂っぽい地面が剥き出しになった。
さらにミミが、虫の姿が見つからないと嘆いている。
別に虫を恐れたりはしないが、毒を持っていないか、危害を加えてきたりしないかと何かと気を使うので、私としては虫がいないほうが助かるのだが……
ただ、なぜ獣や虫がいないのかと不安になってくる。
『スティーリア』
『ユキちゃん、どうしたにゃ?』
私の呼びかけに応えて、私の邪魔にならないよう視界の隅に半透明の白猫──
『この辺りの空気を調べてもらえる?』
『心配ないにゃ。ちゃんと確認してるにゃ。これは大地に元気がないだけにゃ』
毒ガスや、法術的な何かを疑ったのだが、見当違いだったようだ。
『大地に元気がない……?』
『霊力が枯れてるにゃ。良くないにゃ』
大地が枯れているといえば……
ここからは遠く離れたグースの南東部に、
だけどそれは、自然環境のせいなので、この件とは関係がないだろう。
こんな場所に
『考えられる原因は?』
『何かが大量に霊力を使ったのかにゃ? でも、これは異常にゃ。バケツに穴が空いてる感じにゃ』
『つまり、原因不明……』
本来ならば、異変を見つけたとギルドに報告して、後は任せるのが正解だろう。
だけど、私たちは冒険者だ。
「ミミ、ルナ、この先、危なそうだから、ここでちょっとだけ休憩しよ」
「ふむ、そうじゃな。何が起こるか分からぬし……。なんじゃ? ルゥから連絡が来ておるぞ?」
「……まあ、予想通りじゃな。明らかに異常じゃから引き返せと言ってきおった。その異常を調べるのが冒険者じゃというのにな」
そう言いながらミミはテキパキと机や椅子を組み立てていく。
ライブ配信されているのだから、既に異変はギルドにも伝わっているだろう。
そうなれば、異変を調べに行くかどうかは、メンバーの意思次第になる。
「ミミ、ありがとう」
椅子に座って、革製の水袋を取り出す。
その間に、こっそりトイレを済ませてきたルナが椅子に座る。
「休憩の間、少しチャットを見ますね」
一流の冒険者ならば、ライブ中も映像やチャットをチェックするもの……とは聞いていたものの、初心者の場合は気が散って危ない。
それに、不確定情報や、その場のノリってこともあるので、全ての書き込みを鵜呑みにしてはいけない。
つまり、慣れるまでは、映像やチャットを気にせず楽しむように……と、
かといって、全く触れないというのも味気ないだろう。だから、今日はどこかでチャットをチェックするという時間を設けようという話になっていた。
タイミングとしては、今しかない。
それに、今のうちに私もトイレを済ませておく。
障害物のない荒野だけに丸見えだけど、絶対に映像には映らない……という言葉を信じて手早く済ます。
「ならば、ワシも行っておくかの……」
私が椅子に座ると、ミミがとんでもないことを口走る。
「ミミ? ……あっ、偵察、いってらっしゃい」
……けど、決定的な言葉は出てなかったので、なんとか誤魔化してみる。
……誤魔化せた?
気になって、チャットを見てみる。
……誤魔化せてなかった。
でも、みんな疑問形だから、黒寄りのグレーって感じだろう。
「どうやら、異変の中心はアチラのようじゃな。怪しげな木が立っておったぞ」
そう言いながらミミが戻って来た。
その言葉を聞いて、チャットには「本当に偵察だったのか」という言葉が多く流れ始めた。中には「ミミ様、演技派!」などという言葉も混ざっているが……
チャットの対応はルナにお任せして、問題は、これからどうするかだ。
駆け出し冒険者としては、このまま戻ったとしても文句は言われないだろう。
ただ、群生地に立ち寄って薬草採集の依頼を終わらせる必要があるけど。
とにかく、本日二度目のおやつタイムだ。
「はいこれ。ルナの分」
「ユキちゃん、ありがとうございます。やっぱり疲れた時は甘いものですよね」
「そうじゃな。これも差し入れで頂いたものじゃが、美味そうじゃのう」
「三種類のベリーが入った、ふんわりロールケーキだよ。ラズベリー、ストロベリー、……ブルーベリーだったかな?」
「ラズベリーじゃなくて、ブラックベリーらしいですよ。
風流さんは、花鳥風月の配信を見てくれている人たちの総称で、ファンネームと呼ばれるものらしい。
「間違えてごめんなさい。教えてくれてありがと」
「食べるのに夢中ですね」
「言葉に感情が入っておらぬな」
そういうつもりはなかったが、チャットに意識が引っ張られ過ぎて、返事がおざなりになってしまった。
やはり私には、何かをしながら……というのは難しそうだ。
そっとチャットを閉じて、食べるほうに集中する。
「甘くて美味しい♪」
「この景色の中、ケーキを食べるワシら……、なかなかシュールじゃな」
「……そうだった。どうする? この先、行ってみる?」
「異変の正体までは分からずとも、中心地だけは確認せねばならんじゃろうな」
まあ、ミミならそう言うと思った。
ルナのほうは……
「確認だけでもしておいたほうがいいですよね。風流さんは、やめたほうがいいって声が多いですけど……」
「じゃあ、ちょっとだけ確認して、ギルドに報告するってことで」
方針はそれでいいとして、気になるのは声のことだ。
こっそりメッセージでミミに確認すると、相手に近付いているはずなのに、ほとんど聞こえなくなったらしい。
不思議に思いながらも荷物を片付けて、装備を確認する。
ルナもグローブをつけて、臨戦態勢を整える。
「じゃあ、行こう!」
「はいっ!」
「腕が鳴るわいっ!」
腕まくりするミミに苦笑する。
「いや、戦わないからね」
「それは相手次第じゃな」
「本当に戦わないからねっ!」
「なんじゃ、つまらんのう……」
無駄な戦いをするつもりはないので、念押ししたが……
言葉とは裏腹に、ミミの表情は好奇心で一杯だった。
───◇◆◇───
「あれが、ミミの言ってた怪しい木?」
「そうじゃよ。じゃが、枯れておるようじゃな……」
「あっ、近付いたら危ないよ?」
周囲には草の一本も生えていない。
そんな中、枯れ木が一本だけ立っている。
私が行くべきだろうけど、悲しいかな身体能力も、危険を感じ取る能力も、ミミのほうが遥かに上だ。
「ユキよ。何やら動物が動けなくなっておるようじゃぞ?」
「動物?」
腰の剣に手をかけながら、慎重に距離を詰めていく。
木の根元に茨のようなものが巻き付いており、それに巻き込まれるように、黄色い獣がぐったりとしていた。
意識を失っているようだが、呼吸はあるようだ。
大きさはひと抱えほど、白猫になったミズネといい勝負だろう。
よく見ると、長い耳や長い尻尾の先は赤味を帯びている。それに、腹や足は白色だ。長い毛で触り心地が良さそうだけど、最大の特徴は、額にある赤い石だろう。
「まさか、カーバンクル?」
「ふむ。そうとしか思えぬが、なぜこの様な場所に?」
カーバンクルは竜の住まうような深い山の中に住むとされており、目撃例が少なく、映像でしか見ることができない希少生物と言われている。
「……かわいそう。今、助けてあげますわ」
「待て、ルナ、早まるな!」
引き止めようとしたミミの手が、空を切る。
カーバンクルに駆け寄ったルナは、植物に手をかけて引っ張ると、まるで意思があるかのように、ルナに巻き付こうと動き始めた。
「こりゃ、いかん!」
私も剣を抜きながら、ミミの後ろを追いかける。
まだ新品だからか、それともガルクさんの腕がいいからか、茨が簡単に切れる。
当然のように私たちに巻き付こうとしてくるが、そうはさせない。
動きはそれほど早くないので、ブチブチと茨を切って、なんとかルナを助け出すことができた。
そのルナは、なぜか背中の杖を手に取って構える。
「もうよせ! 危険じゃ!」
ミミが慌てて止めに入るが、ルナは冷静だった。
「助けてくれてありがとうございます。もう、あんな無茶はしませんから、少しだけ見てて下さい」
あまりにも不可解だが、ここはルナに任せてみることにする。
あの茨なら、再び捕まっても助け出せるだろう。そうミミと視線で確認し合い、ルナを挟むように立って、成り行きを見守る。
すると……
「偉大なる猫神さまに願います。ワタクシ、ルーナ・アデラードに、この貴き霊獣との契約をお許しくださいませ……」
私もルナも冒険者ギルドで霊法術を学んでいるが、まだ使うことはできなかった。それなのに……
杖の先、力場に包まれた球が輝いたと思ったら、カーバンクルが粒子となって、その杖に吸い込まれていった。
「これも、霊法術?」
「いや違う。これは、おそらく霊獣契約じゃよ」
ますます分からない。
「ユキよ、何を呆けた顔をしておる。お前さんのミズネと同じじゃよ」
「えっ? ミズネと?」
「まあ、予定外じゃが、ここでミズネを披露するのも良かろう。二匹の霊獣で、あの茨を滅してみよ」
まさか、ミズネが霊獣?
「良いから二人とも、霊獣を呼び出して攻撃させよ。どうやら、ワシらを呼んでおったのは、その枯れかけた精霊樹のようじゃからの」
精霊樹?
また分からない単語が出てきたけど、考えるのは後だ。
「ミズネ。話は聞いていたと思うけど、あの木に巻き付いてる茨をやっつけて」
「わかったにゃ! 任せるにゃ!」
どこからともなく現れた
それを見て、ルナも呼びかける。
「ノヴァ、出て来てもらえますか?」
現れたカーバンクルは、さっきまでのようなぐったりとした様子はなく、見た感じは元気そうだ。それに、身体から青みを帯びた白い光を仄かに放っている。
「ノヴァ、お願い」
「ボク、頑張るね」
二匹の霊獣の力は、圧倒するほどでもなかったが、それでも怪我をすることなく茨を切り刻んでいった。
そして……
塵のように霧散した後に、小さな赤い石が残された。
それを拾い上げたミミは、首を傾げる。
「なんじゃ、魔石?」
それが本当に魔石なら……
「あやつ魔物じゃったか……」
ミミの呟きに、私は息を吞んだ。
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