24 花冠に感謝を込めて その四
ふにゃ~と、ベッドで身体を丸めて眠る
そして、開口一番、こう言った。
「……ここは、天国?」
ぷにぷにの小さな手が、女性の頬を突っついたり、ぺちぺちしている。
しかも、視界一杯に、三人の愛らしい天使の姿が……
「これルゥよ、いつまで寝コケておる。今日はワシらにとって大切な日じゃぞ?」
「ミミ、ルゥさん、昨日も遅くまで調べ物とかしてたし、疲れてるみたいだから、このまま寝かせといてあげれば?」
「あっ、私、朝ごはん作ってきますね」
「だったら私も手伝うよ」
「……仕方あるまい。もうしばらく寝かせてやるか。なら、ワシも手伝うぞ」
パタパタパタとスリッパの音を残し、天使たちは嵐のように去って行った。
「ああ……、私のパラダイスが……」
虚空に伸ばされたルゥリアの腕が、力無くポトリとベッドの上に落ちた。
そのまま再び、意識が闇に飲み込まれようとする寸前……
ハッと目を開き、上半身を起こす。
「朝……? さっきのは……夢?」
こうしてルゥリアの一日が始まった。
今日は冒険者パーティ「花鳥風月」にとって、重要な日だ。
本音を言えばルゥリアも付き添いたかったが、それはミミに大反対された。
「ルゥよ。どこの世界に親が同伴する冒険者がおるのじゃ? いち早く一人前と認めてもらうには、ワシらだけで完璧に遂行してこそじゃろ? 心配してくれるのは嬉しいが、ここは
そう言われたら、何も手助けできない。
三人の事情は知っている。ユキの正体も知っているけど、知らないフリをしなければならないことも分かっている。
ただの子供たちじゃないのは理解しているが、心配なものは仕方がない。
直接手を貸すことはできないが、陰ながら環境を整えることはできる。
ルゥリアは配下を使って危険がないかを事前に調べさせ、その上で密かに護衛を配置する計画を立てた。
そのせいで寝不足なのだが、脳裏に焼き付いたさっきの夢で目が覚めた。
それから……
万全の準備を整えて、このルシルの町の南地区、その外れにある南門の前へとやってきた。
これをくぐれば町の外、子供となった三人の、初めての冒険が始まる。
なので、ルゥリアが付き添えるのはここまでだ。
そのルゥリアに近付いたミミは、くいくいと服を引っ張ると、小声で訴える。
「ルゥよ」
「どうしました?」
「……配下のものを下がらせよ」
「ですが……」
「この前も言うたじゃろ? 保護者同伴は格好がつかぬと」
「……わかりました。くれぐれも、お気を付けください」
ルゥリア自身も過保護になっていると自覚している。
だから、何かが起これば駆けつけられる体制だけを残して、護衛を解散させた。
───◇◆◇───
ルシルの町の南地区、南門の前に並び立つ、地味な色のてるてる坊主が三つ。
その裾が寒風を抱いて大きく揺らめく。
快晴の空から降り注ぐ陽光は、まだ凍てつくのは早いと大地に囁く。
そんな中……
「「せーのっ!」」
私たち三人は、フード付きマントを取り払い、軽装鎧姿を披露した。
もうすでに、ライブ配信が始まっている。
とうとう、花鳥風月のデビューの日だ。
これまでも配達などの雑用依頼をこなしていたが、その様子は配信されることはない。なぜならば、誰がどこへ何を送ったなどという情報が少しでも推測できるとなれば、その手の依頼が減るからだ。
だから、この薬草採集依頼が、初めてのライブ配信になる。
周りから拍手と歓声が飛び交い始める。
「気を付けて行くんだよ」
「この時期だと遠くまで行かないといけないけど、大丈夫かい?」
「心配だからついていってやろうか?」
みんな、まるで我が子のように心配してくれている。
本当は、みんなに気付かれないように、こっそり出発するつもりだった。
なのに、こんな騒ぎになってしまった。
このままでは、騒ぎが大きくなる一方だ。なので……
「それでは、行ってきます!」
挨拶をしてお辞儀をし、早々に南門から外へ出た。
今回の依頼は薬草採集。その中でも、ノコギリ薬草を十束集めるという難易度の低いもの。
ノコギリ薬草は、別名「お手軽薬草」とも呼ばれ、比較的簡単に見つけられる。しかも、季節に関係なく育つので、この時期でも採取できる。
一束は人差し指と親指で輪っかを作ったほどの量なので、十本以上あれば問題ない。それを十束だから、百本以上集めれば依頼達成だ。
そんなものは、群生を見つければあっという間に終わってしまう。
「いい天気になって良かったね」
「そうですね。ミミちゃんも楽しそう」
踊るように先を行くミミの後ろを、ルナと一緒にのんびり歩く。
さてと、どこへ向かえばいいか……
道端にもチラホラとノコギリ薬草の姿が見えるが、歩きながら集めるは大変だし、せっかくの景色が楽しめない。
群生している場所を少し調べてきたが、一番近い場所でも三十分ほど歩く必要がある。子供の足だともっとかかるだろう。
「そろそろ、どこへ向かうか決めないとね」
「一番近くはみんなが行くでしょうし、景色のいい場所は遠いですね」
「まあ、道端に生えてるのを集めてもいいけど、大変だろうし……」
「よく似たのがありますし、間違ったら大変ですからね」
まあ、私たちなら間違えないとは思うが、見分けるのが面倒だ。
「まずは一番近い場所に行きましょうか。それで少なかったら、別の場所に行きましょう」
「そうだよね。初めてだから、無理をしても仕方がないしね」
私の腰には剣が吊り下げられ、ルナは杖を背負っている。
今はまだ元気だが、時間が経てばその重みが足枷になってくるだろう。
このほうが見栄えがするからという理由で持ち歩いている。
「これ、配信されてるんだよね?」
「はい。私たちも見ることができますよ。少し見ましょうか?」
「う~ん、よそ見をして転んだら恥ずかしいから、やめとく」
もう道から外れているので、足元がでこぼこしていて歩きづらい。あまり気を抜いていると、本当に転びかねない。
ドサッという音に気付いてそちらを見ると、ミミが後ろ向きに転んで尻餅をついていた。
「ほらね。……って、ミミ、大丈夫?」
「いや、参った、参った。ツタに足を取られてもうた」
笑っているので平気そうだ。
私が手を引っ張って起こしてあげると、ルナが埃を払い始めた。
「すまぬな。ところで、随分と歩いたと思うのじゃが、まだかの?」
「もうそろそろ、目印になる木が見えてくると思うのですけど……」
「それなら、たぶん、アレじゃな?」
ミミの指差す方向を見るけど、いまいちよく分からない。
木らしきものがいくつか見えるけど、その形状までは判別不能だ。
「よく見えるね……」
「なんじゃ、分からぬのか? であれば、遠見はワシに任せるが良い」
「そうだね。ミミ、頼りにしてるよ」
「では、そこまで歩いて休憩にしましょうか?」
「そうじゃな」
「じゃあ、そこまでがんばろう」
なんとも長閑で、和やかな時間だろうか。
だけど、一番近くの群生地は、やはりと言えばいいのか、ほぼ採り尽くされた上に先客がいた。
初老のお爺さんって感じの人が一人だけ、せっせと採集している。
ノコギリ薬草は、根を残して茎を刈って採集するので、採り尽くしてもそのうちまた生えてくるけど、ここで採り合いになるのは避けたい。
「こんにちは。お仕事お疲れ様です」
「はい、こんにちは。……えっ? あの……もしかして?」
「Fランク冒険者、花鳥風月のユキです。よろしくお願いします」
「ミミじゃ」
「ルナです。よろしくお願いします」
どうやら、私たちのことを知っていたようだ。
「本物? おお、なんでこんな場所に……あっ、もしかして薬草採集?」
「はい。初めて町の外に出てきたんです」
「だったら、コレ、あげるよ」
さすがにそれは受け取れない。
もちろん、受け取ったからといって不正ではないが、それでは冒険に出た意味がない。
「ご厚意はありがたいですけど、受け取るわけにはいきません。それに、まだもう少し周りも見て回りたいので、他の群生地にも行ってみますね」
「悪いことをしたな……」
「いや、そんな……」
謝られても困る。
こっちも、相手の邪魔をするつもりはない。
どう説明しようかと困っていたら、ルナが相手の横で屈んだ。
「そんなことないですよ。初めから他の場所も回るつもりでしたから。慣れておられるようですけど、薬草採集は長くされているのですか?」
「子供の頃からだから、それなりに。いい小遣い稼ぎになるから」
「詳しい方に会えて嬉しいです。よければ、この近くの群生地について教えていただけると助かるのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、何でも教えてあげるよ」
どうやら、交渉事はルナに任せたほうが良さそうだ。
空間に投影した地図を使って、群生地の場所を丁寧に教えてもらっている。
その間に……
「ミミ、おやつの準備をしようか」
「そうじゃな」
投げ売り価格のセール品だった折り畳みの椅子とテーブルを設置して、革製の水袋を取り出す。
「ルナ、終わった?」
「はい。いろいろと教えてもらいました」
「だったら、おじさん……? おにいさんも一緒に休憩しませんか?」
男の人なら「おにいさん」、女の人なら「おねえさん」と呼びかけると教わったけど、失敗してしまった。
「あはは……、気を使わなくてもいいよ。みんなからはサザ爺って呼ばれてるから、みんなも良かったらそれで」
「ならば、サザ爺にも、ほれっ、この団子を進呈しよう」
「ちょっとミミ、言いかた。失礼だよ?」
本気で怒っているわけではない。
ミミらしい振る舞いに笑いながらも、いちおう注意を促しておく。
「えっと、サザ爺、いただきものですけど、たくさんあるので一緒に食べましょう。すごく美味しいですよ」
「ワシの大好物じゃよ」
懲りずにミミが、横から口を挟む。
このサザ爺という人は、長年にわたって薬草採集をしているだけあって、いろんな種類の薬草や野草を知っていた。
珍しい種類や、高価なものなど、いろいろと。
それに話が上手いので、聞いていて飽きない。
だけど、そうそう長居はしてられないので、キリのいいところで次の群生地を目指すことにした。
「サザ爺、ありがとう。おかげで、すごく勉強になったよ」
「こっちこそ、若い人に興味を持ってもらえて嬉しかったよ」
「次に会った時も、また話を聞かせてね」
「もちろん、楽しみにしているよ」
教えてもらった場所が割と近かったので、そちらへと向かう。
だけど、その途中でルナが足を止めた。
「ルナよ、どうしたのじゃ? もしや、トイレか?」
ミミよ、さすがにそれは無いと思うぞ。ルナが可哀想だ。
「ち、違います! その……また、声が……。こっちの方角……のようです」
顔を真っ赤にして反論したルナだが、真剣な表情で遠くを指差した。
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