23 花冠に感謝を込めて その三

 座った男が、片ヒザを立てたと思ったら、既に刀が振り抜かれていた。

 さらに、ブンとひと振りして腰の鞘に刀を収め、何事もなかったかのように再び足を折り畳んで座る。

 何かを思い出したかのように、目の前に立ててあった大根の上部が、スーッと斜めに滑り、ゴトリと音を立てて床に落ちた。


 この座り方、正座というらしいが、かなり足が辛い。

 少し足を開いて、ペタリとお尻を床に下ろしたほうが、断然楽だ。

 でも、それでは、あの素早い動きはできそうにない。


 次の映像では、立った男が、刀を前に突き出すようにして構えている。

 動いたと思ったら、飛んできた矢を立て続けに三本、叩き落としていた。

 これはまあ、剣でもできるし、なんなら素手でやる者もいる。


 他にもいろいろとあるが、全て支援妖精スティーリアが集めてくれた資料だ。

 もちろん、紹介用の映像なので、より美しく、より精錬された感じに編集してあるのだろう。

 それに、特殊な加工が施されている可能性もあるので、全てを鵜呑みにはできないが、それでも、その斬撃の鋭さと美しさには心が動かされた。


 それと並行して、剣についても学び直している。

 力に頼らず、技で操る方法を中心に、剣術というものをイチから学び直した。

 私の剣術は高い筋力を前提としたモノだったので、まるで別世界だった。

 必要なかったから学ばなかっただけで、そういう技術があることぐらいは知っていたが……

 剣については自信があったが、これを知っていれば更なる高みを目指せたのではと、今さらながらに気付かされた。


 もちろん、短剣の訓練も続けている。

 そのせいで手のひらがピリピリとした痛みを訴えているが、マメになったり皮がむけたり……なんてことにはなっていない。相変わらずのぷにぷにだ。

 そして……


「それでは皆さん、行きますよ」

「「は~い♪」」


 ルゥリアさんの呼びかけに声を合わせて返事をし、地味な色のてるてる坊主姿になったフードマントの三人は、アパートの部屋を出てガルクエスの武器屋へと向かった。


     ───◇◆◇───


 なるほど……

 道を歩きながら周囲を観察していると、町の人たちが温かく見守ってくれている様子がよく分かる。

 だから、目が合ったら笑顔で会釈を返すようにした。

 もうバレているならフードを取って堂々とすればいい気もするけど、風が吹き抜けると寒いので手放せない。


「ここですね」


 扉を開けたルゥリアさんに続いて店内に入る。


「いらっしゃいませ。武器に防具なんでもござれ、ガルクエスの店へようこそ♪」

「こんにちは、リリーさん」

「あっ、ユキちゃん、来てくれたんだ。……ということは?」

「みんなも一緒だよ」


 フードを取り、マントを外して霊法袋マナリアポーチに入れる。


「Fランク冒険者、花鳥風月のルナです。よろしくお願いします」

「同じく、花鳥風月のミミじゃ。よろしく頼むぞ」


 二人がペコリと頭を下げる。


「す、すごいっ! どうしよう! 私、ここで鍛冶師の見習いをしてるリリーよ。花鳥風月の三人が、この店に……。親方の弟子になって、本当によかった……」

「おい、リリー。またお前は……」


 岩人族ドルデアの鍛冶師ガルクさんが、奥から出てきた。


「えっ? ジルさん?」

「いやいや、ルナ、よく見てみよ。似ておるが別人のようじゃぞ」

「言われてみれば……。でも、すごく似てますね。兄弟の方でしょうか?」


 少し驚かせようと思ってガルクさんのことは伏せていたが、ミミには簡単に見破られてしまった。

 ガハハ……と声を上げて、ガルクさんが笑い出す。


「なんだ、聞いてなかったのか?」


 バツが悪くなった私は、目を伏せながら、謝罪の気持ちを込めて頭を下げる。


「ガハハ、ユキも人が悪い、この子たちを試したのか?」

「そういうつもりじゃなかったけど……でも、やっぱり二人も気付いたみたい」

「そうだな。ガハハ……」


 二人に頭を下げて謝る。


「なに、この程度の悪戯、構わぬよ。それよりも、まずはユキの用事じゃな」


 そうだった……


「おお、そうだな。試作品だが、いくつか打ってある。試してみるといい」

「ありがとうございます」


 イメージトレーニングはバッチリだ。

 早く試したくて仕方がない。


「おっと、その前に……」


 思い出したようにガルクさんは足を止め、ルゥリアさんに向かって話しかけた。


「あなたが三人の保護者だな? お初にお目にかかる。ワシはここの店主をやっている鍛冶師のガルクだ。よろしく頼む」

「初めまして。三人の面倒を見ているルゥリアです。こちらこそ、よろしくお願いします」

風猫人族フェルミア玲人族ヒュメアの親代わりとは不思議だったが、ミミって子を見て合点がいった。あれは放っておけないよな」

「それは……どういう意味でしょうか?」

「いやなに、あれほどの輝きを放っておるのだ。同族としては守ってやりたくもなるだろう。ワシでさえ、この三人を見ていたら面倒見てやりたいと思ってしまうからな。おかげでほら……」


 指で差された先には、十本以上もの剣が丈の長いバケツに放り込まれている。


「ユキの試作品を作るのに、あれだけのガラクタを作っちまった」


 そう言って、またガハハと笑い始める。


「ついでに二人の武器も見てやろうと思うが、構わんだろうか?」

「それは、是非、よろしくお願いします」

「なら、みんな、奥へ来てくれ」


 任せろとばかりに、ガルクが大きくうなずく。


「だったら私も中で……」

「リリー、しっかり店番を頼むぞ!」

「そ、そんなぁ……」


 わなわなと崩れ落ちそうになるリリーさん。

 それを「何か言ったか?」って感じで、振り返ったガルクさんが睨む。


「わっ、わっかりました、親方っ!」


 それに気付いたリリーさんは、ピョンと飛び跳ねるようにして背筋を伸ばし、元気な返事をした。

 それが、なんだか少し可哀想に見えたので……


「用事が終わったら、後でね☆」


 リリーさんの横を通る時に近付いて、そう囁いて、ついでにウインクのおまけを付けて奥へと向かう。

 背後から……


「あ~、ユキちゃん天使……。大好きっ!」


 そんな声が聞こえた。


     ───◇◆◇───


 渡された剣の試作品は、私でも問題なく扱える重さだった。

 裏庭で軽く素振りをしてみたが、重さに引っ張られて剣先が流れることもなく、簡単な連撃も放てた。

 それ以上の技となると厳しいが、それは剣のせいではなく、私の身体能力による制約だった。

 でもこれなら……


 剣を構えて集中すると、剣身に仄かな光が宿り始める。


『武技、斬撃スラッシュ!』

 

 声に出さずに気合を込めて剣を振り抜くと、光が軌跡を描いた。


「できた……」

「ほう、ユキは武技が使えるのだな。その歳にして、大したもんだ」

「ありがとう、ガルクさん。これなら剣が使えそうです」

「それは良かった。だが、これは試作品だ。重量バランスや刃の形状など、何か気になる点はないか?」

「だったら……」


 やはりガルクさんは、岩人族ドルデアだけあって腕のいい職人のようだ。

 その後、何度も素振りをして、いろいろと相談に乗ってもらった。


 ついつい、武技が使える喜びで舞い上がってしまったが、元々楽しみにしていたのは刀のほうだった。

 剣と比べれば、刀のほうが少し短かった。

 それでも、鞘を腰に差して抜こうとすると、腕のリーチが足りなくて抜けない。けど……

 映像で学んだように、左手で鞘を持って軽くつばを押し上げ、右半身を前に出し、左手で鞘を引くようにしながら右手で抜く。


「あっ、抜けた」


 重みを感じるけど、両手でしっかり握ると気にならなくなる。

 そのまま軽く振ると……

 やはり剣とは重心が違うのか、少し剣先が流れるが、これなら訓練すれば大丈夫のような気がする。


 ……欲しい!


 その思いが顔に出てしまったのだろう。


「いいですよ、ユキさん。両方でも」

「えっ? ルゥさん?」

「生き残るために必要な物なら、お金は惜しみませんよ」


 ガルクさんにここまでしてもらっているのだから、剣は買いたいと思っていた。

 けど刀は……

 もちろん欲しいけど、実戦で使うには相当な修練が必要だろう。

 だから、買うつもりはなかった。


「できれば、練習用のものもあれば助かります」

「そうであれば、試作したものを練習に使えば良い。ちと調整は必要だが、刃が付いていないナマクラだからな。練習用には丁度いいだろう。では、ユキはその四本だな」

「はい、それでお願いします」


 あれ?

 ガルクさんとルゥリアさんで、勝手に話が進んでいく。

 さらに、ルナとミミの武器まで……

 思わずルゥリアさんに近付き、小声で耳打ちする。


「ルゥさん。特注の武器って、結構な値段しますよ? 大丈夫ですか?」

「心配いりませんよ。薬草採集に出る前に装備は整えておきませんと」

「えっ? 薬草採集?」


 つい大きな声が出てしまった。

 それがガルクさんの耳にまで届いてしまったようだ。


「なんだ? お前さんら、外壁の外に出るのか?」

「ええ、冬が来る前に、何度か体験させてあげればと思っています」

「ならば、急いだほうが良いな」


 本来ならば……

 危険な獣が出没している時なら別だが、薬草などの野草採集は、子供の小遣い稼ぎ程度の難易度だ。

 それだけに、そこまで大げさに装備を整える必要はないはずだが……


 でも、敵は害獣や野獣だけではない。

 治安が悪化していることもあって、近頃は町の中でも、子供の一人歩きは危険だと大人から注意されてしまう。

 それだけに、外壁の外で襲われる可能性もあるし、もし子供が狙われたら為す術なくさらわれてしまうだろう。

 だから、不慣れな短剣よりも、剣があったほうが心強い。


 そんな事情もあって、どうせならばと他にも装備を整えることになった。


     ───◇◆◇───


 数日後、リリーさんから連絡があり、再び全員で店にやってきた。

 注文の品を、受け取りに来たのだが……


「いやいや、お代は結構だ。これは、ワシら職人たちからの祝いだと思ってくれ」

「それではさすがに、申し訳がなさすぎます」

「そう言われてもな。ならば、これからもワシらの店を贔屓にしてくれれば、それで良い。そうだな、先行投資というやつだ」


 私としても、どれ程の値段になるのか気になるところだが、たぶん、聞かないほうが身のためだろう。

 大事に使うのは当然だが、あまりに高価すぎて委縮してしまっては、せっかくの性能も発揮できない。


「ルゥよ、せっかくのご厚意じゃ、ありがたく受け取ることにしようではないか。そうじゃな、ワシらが活躍した後にでも、ライブで店の名前を出すというのはどうじゃ? 良い宣伝になるじゃろ?」

「ありがたいことだが、やり過ぎると怒られるから、ほどほどにな」


 そう言って、ガルクはガハハと豪快に笑った。


 ミミの武器は、二振りの短剣。

 ひとつはサンフラワーと名付けられた通常サイズの短剣で、もうひとつはシャイニーレイと名付けられた細身の短剣だった。

 どちらも高品質で輝いて見える。


 ルナに用意されたのはアルテミスという名のグローブで、拳へのダメージを軽減しつつも打撃の威力が上がるという優れもの。

 さらに、ムーンライトと名付けられた霊法術士の杖も。

 杖の上部には見えないように精霊石ジェムが埋め込まれていて、それを覆うように目に見えない球形の力場が形成されている。強固な力場なので鈍器としても使えるらしい。

 どちらも鍛冶スキルだけでは作れないので、他の職人にも手伝ってもらったらしいが、みんなのヤル気が結集して、とんでもない代物になっていた。


 私のは、フェアリースノウと名付けられた子供用の剣と、吹雪と名付けられた子供用の刀。どちらも高品質で、子供用というのが勿体ないほどだ。

 刀には銘というものがあり、見えない部分に「導く極星」と刻まれていると、リリーさんから茶目っ気たっぷりに教えてもらった。

 それに加えて、練習用の剣と刀がある。


 三人がそれぞれの武器を構え、ガルクさんとリリーさん、それにルゥリアさんも加わって、記念撮影をした。

 その画像はその日のうちに印刷され、店の壁……この前の画像の隣に飾られた。

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