21 花冠に感謝を込めて その一

 フード付きマントに身を包んで、ルシルの町を歩く。

 子供用……ではなく、小さな種族用として売られている地味で安価なもの。

 軽兎人族イルクスの為に耳抜き用の穴が開くようになっていて、小人族チコリにも合うサイズだ。

 私にも丁度いいサイズで、この姿なら目立つことはない。

 町中でフードを目深に被ってたら、それはそれで怪しい気もするが、今日も寒いのでそう珍しいものでもない。

 それでも、こういうことが起こる。


「子供が一人で外を出歩いてちゃ危ないよ? 親御さんはどこにいるの? 送ってあげようか?」


 そういう時は、黙って冒険者カードと腰の短剣を見せることにしている。


「申し訳ない。そんな姿だから、てっきり子供かと……」


 子供は、冒険者になったり、武器を持ち歩いたりしないという心理に付け込む。

 今回の相手は心配して声を掛けてくれただけのようだが、気を付けないと、裏家業の者って可能性も十分にある。

 だから声を出さず、極力女の子だとバレないように、無言のまま頭を下げてその場を離れる。

 そしてようやく、目的の店を見つけた。


「……ガルクエスの武器屋、ここだな」


 兵士の時は、組織の息のかかった店でしか買えなかったということもあり、こんな場所にも武器屋があるとは知らなかった。

 体重をかけ、扉を押して店内に入る。

 ……と、元気な声で出迎えられた。


「いらっしゃいませ。武器に防具なんでもござれ、ガルクエスの店へようこそ♪」


 まだ若い女性だった。……といっても、十台半ばだろうか。

 

「冒険者ギルドからの、お届け物です」

「えっ? なに? 女の子?」

 

 そうだ、忘れてた。

 フードを外して、顔を見せる。

 

「Fランク冒険者、花鳥風月のユキです。よろしくお願いします」

「わぁ、かわいい♪ あっ、私はここで鍛冶師の見習いをしてるリリーよ。えっと、あの、導く極星って呼ばれてた、あの子よね?」

「あっ……あれは、向こうの人が勝手につけたもので……」


 ある意味、あの番組のせいで、こうしてコソコソすることになったと言ってもいいだろう。

 もちろん、ほとんどの人は好意的で、純粋に応援してくれているだけだと分かっているが……

 下手に商店街を歩いたりすれば、好意的な言葉だけでなく、おすそ分けやプレゼントなどで荷物だらけになってしまう。

 贅沢な悩みなのは分かっているが、仕事に支障が出るのは困る。


「うんうん、分かってる、分かってるって。でも、あの戦い、すごかったわよ。オオカミの攻撃を避けて……」

「おい、リリー。何をくっちゃべっておる。相手は仕事で来てんだろ?」

 

 奥から、がっしりとした体形の、ヒゲを蓄えた初老の男性が顔を出した。

 この容姿は岩人族ドルデアだ。ニ十歳を過ぎた頃にはこの姿になり、五十歳でも若造と呼ばれる種族だけに、初老に見えても若い可能性が高い。

 それはいいんだが、その顔には見覚えがあった。

 

「あれ? ジルさん? ジルさんも、ここに用事が……?」

 

 とは言ったものの、途中で違うと気付く。

 

「ごめんなさい。人違いでした。よく似ている方を知っていたので……」

「ほう、ユキとやら、ワシらを見分けるとは、大した観察眼だ。ワシはガルク、ギルドにおるジルの弟だ」

「そうなんですね。すごく似てるって思いました。あっ、これ、お届け物です」

 

 猫神収納ペットボックスに入れてあった荷物を、一旦霊法袋マナリアポーチに移して……

 

「はい、こちらです」

 

 私でも片手で持てるサイズだが、小さい割にすごく重かった。

 万が一にでも落としたりしたら大変なので、両手で慎重に取り出す。

 それをガルクさんは、片手で軽々と持ち上げると、おもむろに包装紙をバリバリと破り始めた。


「おお、これだ! これを探しておったのだ! 助かったぞ!」


 何かの部品なのだろうか。出てきたのは複雑な形状をした金属の塊だった。


「ジルに礼を言っておいてくれ」

「はい、わかりました。それでは受け取り完了の手続きをお願いします」

「おお、そうだったな」

 

 目の前の空間に受領書が現れる。それにガルクさんが手をかざすと、受領書に受領印がデンと大きく現れた。


「はい、確かに。ありがとうございました」


 確認を終えると受領書が消え、これで配達依頼が完了となった。

 これで用事が終わったわけだが……

 やはり、武器屋に入れば、いろいろと見て回りたくなるものだ。

 

「配達は終わりましたけど、少し剣を見せてもらってもいいですか?」

「はい、もちろん。だったら、私が……」

 

 店員モードになったリリーさんだが……

 

「いや、ワシが見立ててやろう」

 

 それを制して、ガルクさんが応対してくれるらしい。

 それは、すごくありがたいけど……


「ちょっと見たいってだけで、買えませんよ?」

「なに構わん。今後の参考にするといい。今使ってる武器を見せてくれるか?」

 

 腰に吊るしている短剣を鞘ごと渡す。

 ガルクさんは、それを抜き放つと、照明にかざしたり、刃を指で突っついたりしながら、細かく確認していく。

 

「よく手入れがされているな。少し手を見せてもらえるか?」

 

 言われるがまま、両手を差し出す。

 指や手のひらをぷにぷに押される感触が、くすぐったい。


短剣これは、どれほど使っておるのだ?」

「素振りはしてますけど、実戦ではまだ。ギルドのダミー人形でなら、ほぼ毎日一時間ほど……ですね。まだ十日ほどですけど」

「まあ、この様子では、そんなものだろう。お前さんは、どうやら剣の心得があるようだな。どうして短剣を使っておる?」


 その言葉にドキッとする。

 短剣の状態を見ただけで、そんな事も分かるのか……


「剣を使いたくても重くて、でも短剣だと剣のようにはいかないですね」

「なるほどな。幼児用の模造剣で練習しておったのだな。しかも、かなり仕込まれておるようだ。そのクセが強く出ておる。逆手持ちは苦手か?」

「そんなことまで?」


 つい口が滑ったが、都合よく解釈してくれて助かった。

 もし次に疑われた時は、このイイワケを使おう。


「ああ、もちろんだ。短剣では斬撃スラッシュよりも刺突スラストのほうが効果的だからな。それを活かすなら逆手のほうがいい」


 ギルドでも同じことを言われたが、相手の攻撃を受けるのに、どうしても逆手だと力が入らなくて心許ない。

 訓練で慣れるしかないけど、その恐怖が消えるまで、実戦では使えない。


「子供の身長とパワーでは、軽くて短い剣になってしまうが……。こういうのはどうだ?」


 剣と言えば、長くて重い方が威力が強いとされていて、だいたい八十センチ以上のものが主流だが……

 渡されたのは短めの……だいたい刃渡りが六十センチぐらいの剣だった。

 それでも、受け取るとズシリとした重みを感じる。

 試しに構えてみるが……

 さすがに店内で素振りは出来ないので軽く型をなぞるだけだが、しっくり来ないものの、なんとか扱えそうだ。


「ふむ、ならば、こっちはどうだ?」


 次に渡されたのは、片刃で反りが入った変わった形の剣だった。

 長さは、さっきの剣と同じ六十センチほど。

 だけど、重さは少し重いような気がする。

 構えてみると……


「あれ? それほど重くない……ような? これは?」

「刀と呼ばれておるものだ。そのなかでも短めの……、たしか、脇差とか呼ばれておるものだったと思うが。少し振ってみるか?」

「いいんですか?」

「ああ、裏庭へ案内しよう」


 刀は剣身(刀身?)の幅が狭いので頼りなく見えるが、触った感じは頑丈そうだった。

 構えた時は、それほど重みを感じなかったのに、振り下ろすとなかなか止まらず、尻餅をつくことで何とか刃先を地面にぶつけずに済んだ。


 支援妖精スティーリアが気を利かせてくれたようで、映像が流れ始める。

 動きが鋭く、爆発力が伴うような瞬間の動きだった。だけど、荒々しさはなく、流れるような動きで静けささえ感じさせる。言うなれば、気付いた時には終わっていた……という感じだ。

 練習台の竹も、刀が通り過ぎてから、数瞬遅れて斬られたことに気付いたように、分かたれて滑り落ちる。

 それが、とても美しく思えた。

 

 さすがに、使い慣れない武器を思いっきり振り回すのは危険なので、ゆっくりと映像の動きをなぞってみる。

 まずは、刀を鞘に戻して、腰から抜こう……とするが、長すぎて抜けない。

 仕方なく、抜き放った状態から、動きを確認していく。

 足の位置を調整したり、身体の動きを変えることで、少しは刀に振り回されることがなくなってきた。だけどやはり、斬り終わりで剣先が止まらない。重さのせいか惰性で流れていってしまう。

 

「扱いは難しいが、斬撃スラッシュの威力は別格だぞ」

 

 あの映像をみた限りでは、そんな感じがした。

 

 その後、短めの剣も振ってみた。

 こちらは、刀に比べれば扱い易かったが、やはり振り回されている感覚は拭えない。それが、すごく気持ち悪い。

 

「興味があるなら、お前さんに合う物を用意してやるぞ。そうだな、一週間後にまた来い」

「でも、買えませんよ?」

「構わぬよ。これは職人としての挑戦だからな。それに少し付き合ってくれ」

 

 興味がないと言えば嘘になる。

 以前とは格段に威力が落ちると分かってはいるが、それでも再び剣で戦える可能性があるのなら、試してみたい。

 それに、刀というものにも興味がある。変わった剣だが、その美しさに心が奪われてしまった。

 

 買うつもりがないのに申し訳ないという思いと、早く剣で戦が使えるようになりたいという思いがせめぎ合う。その果てに……

 子供が遠慮をするものではない、という思いが勝ち……

 

「そういうことでしたら、楽しみにしてますね」

 

 笑顔でそう答えた。


 その後、リリーさんのお願いで、三人で記念撮影をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る