20 【挿話】スパイシーなニュービーたち

 冒険者ギルドの休憩所は、いつも通り、程よく職員たちがたむろしている。

 そんな中、憂鬱な表情で小さくため息を吐く兎耳受付嬢ルベイラを見つけ、猫耳受付嬢ポリンは苦笑しながら隣に座った。


「ルベイラ、今日もご機嫌ナナメみたいね。どうしたの?」

「あっ、ポリン、聞いてよ……」


 ここでルベイラが愚痴を零すところまではいつも通りだったけど、この時ばかりはポリンにもその苛立ちが伝染してしまった。

 

「やっぱりあの時、バーンズさんを……」

「あんな無茶をさせて、ユキちゃんに怪我までさせて……」

「「許せないわ!」」


 いつもならどちらか片方が止めに入るのに、二人の声がハモった。

 そこへ……


「やれやれ、そろそろ始まる頃か……」


 ここにも霊像鏡テレビが設置されている。

 その少し離れた正面の席に、軽い調子で現れたバーンズの巨体が陣取った。

 それを見つけた二人は、同時に立ち上がる。


「バーンズさん、勝手に試験内容を変更して、何を考えているのですか?」

「怪我人まで出して、上に抗議させていただきますからね」


 突然浴びせられた非難の声に驚いたバーンズだが、相手がいつもの二人だと確認すると、やれやれといった感じで小さく首を振る。


「あれぐらいこなせないと冒険者にはなれないからな。ちゃんと上から許可を得たし、時間短縮にもなったし、受験者の実力と性格も知れた。人間ってのはな、窮地に追い込まれた時に本性を表すもんなんだよ」

「だからって……」

「まあ、落ち着け。ここは奢ってやるから、一緒にアレ、見ていけ」


 そう言って霊像鏡テレビを指差す。


「何を暢気に……」

「いいから落ち着け。これからあいつ等が紹介される」

「あいつ、ら……?」

「ああ、あのちっこい三人組だ」


 なおも文句を言い募ろうとした二人の受付嬢だが、それを聞いて霊像鏡テレビに視線を向ける。

 冒険ライブチャンネルになっているのを確認すると、しぶしぶ近くの席に座り拡張視界ビジョンにメニューを表示させて、物色を始めた。


「じゃあ、全部奢ってもらいますからね」

「……私もね」


 うるさい二人を黙らせることに成功したバーンズだが、次々と舞い込む請求書を見て、少し早まったかと内心で冷や汗を流した。


     ───◇◆◇───


「ハロイッヒー! ヤー! この時間の冒険ライブチャンネルは、この、ロイ・ビートが、期待のニュービーの情報をお届けするゼ!」


 やたら元気なキャスターが躍り出て、ウインクしながらババーンとスタイリッシュなポーズをキメた。


「ヤー! 冒険者試験が行われ、ユニークでハートバーニングなニュービーが現れたゼ! 皆でウェルカムしてやってくれ! まずはコイツだ!」


 槍を持った男の黒塗りシルエットが表示される。

 そこには名前らしき「連槍の使い手 Bランサー」の文字が。


「シルエットなのは、Bの希望だ。真の姿はライブで確認してやってくれ」


 画面が切り替わり、冒険者試験での映像が流れる。

 だが、徹底して本人は黒塗り姿のままだ。


「ヤー! 見てくれ、この槍さばき。ちょいと粗削りなところがあるが、なかなかイケてんだろ? それにコレだ!」


 槍と同時に石つぶてがオオカミに向かって放たれた。


「ソー、ク~~ル! 槍の使い手にして霊法術までマスターしてやがるゼ! このニュービー、試験でシムルンウルフを三頭、軽く仕留めた実力者だ! ソロでの活動を宣言しているが、ヤツなら決して無謀じゃあねぇかもよ☆」


 キャスターが指を鳴らしてウインクする。


「ヤー! 次はこいつらだ!」


 今度はシルエットではなく、三人の画像が現れた。


「ヤー! 驚け、全員九歳だ! 小公子エド、賢者ルディ、遊撃兵ミシャの三人パーティ、その名もパレスガーデン! 御大層な名前だが、それだけのクオリティーとパッションを秘めた奴らだゼ!」


 エドが足止めし、残り二人でオオカミを攻め立てている映像が流れる。


「エキサイティング! どうだ、ビビッとハートに響くだろ? ガチでやりあってウルフを二頭、屠りやがった! 鉄壁ガードのエド、マルチキャスターのルディ、エレガントアーチャーのミシャ、この連携は侮れない。残念ながらこの場ではお披露目できなかったが、ミシャは優秀なトラッパーって話だから気を付けろ」


 言葉の最後のほうでカメラに顔を寄せ、真剣な表情で囁く。

 一瞬の間の後、ニヤけた表情に戻り、いつもの調子で次へと進む。


「ラストを飾るのは……」


 目のアップのカットインが三人続けて表示され、徐々にカメラが引いて三人の姿が映し出された。


「おいおい、みんな何を呆けているんだい? これは嘘でも冗談でもない、紛れもない真実さ。ラストに紹介するのは、こいつらだ!」


 試験の申込時に同封された、可憐なる三人の秘蔵画像が映し出される。


「ソー、キュ~~~~ト! なんだこのクリーチャー! マジで実在するのか? ……って思ったブラザー、これがマジだゼ、仰天しろ!」


 闘技場に入る前の、武器を選んで装備しているシーンが流れる。


「この見た目で、この風格。プリパレーションにも余念がねぇ! こいつら、プロフェッショナルだゼ! 導く極星ユキ、輝く太陽ミミ、癒す月光ルナ、六歳のみの三人パーティ、彼女たちが『花鳥風月』だ!」


 続いて戦闘シーンに移る。


「セイヤー! 驚け! これは合成でも、演技でもねぇ! 試験で起こったありのままの映像だ! ファビュラス! アメイジング! ファンタスティック! こいつらウルフを五頭も狩っちまいやがった」


 ユキとミミが活躍する戦闘シーンから切り替わり、ルナの料理シーンが流れる。


「ヤー! サバイバルにはメシがつきものだが、ルナはクッキングもプロフェッショナルだ。ご相伴に預かった者どもは、涙を流して絶賛したとか……。クー! ロイも食いたかったゼ!」


 いちいちリアクションが大げさだ。

 顔に手を当て、背中を反らし、天を仰いで落胆している。

 ……が、すぐにいつもの調子に戻る。


「ヤー! 他にも所属未定のフリーランスなヤツらもいるが、何か動きがあれば、また紹介するゼ!」


 ここで音楽が変わり、少し寂しさを残すメロディーが流れ始める。


「おっと、お別れのミュージックが流れてきたゼ! 見てくれてサンクスブラザー。スパイシーなニュービーたちだったろ? 最後にインタビューが流れるが、ロイ・ビートはこの辺でフェードアウトだ! また見てくれよな!☆」


 投げキッスとウインクをして、司会者はフレームアウトした。

 そして……


Q:Bランサーさん、見事な槍さばきでしたね。

「Bで構わないよ。俺なんて、まだまだ下手だ。腕を磨いて、もっと強くなる」


Q:ウルフを三匹仕留めた感想は?

「なにも十頭、ニ十頭の群れでもないし、この程度で後れを取るようでは先が思いやられる。それよりも、こんな身近に常識を超えた猛者がいると知れたことが嬉しい」


Q:ズバリ、それは誰のことでしょうか?

「同じ試験を受けた、三人組の子供だ」


Q:それは、ライバル宣言ですか?

「歳は違うが同期ということになる。競い合える関係になればと願うよ」


Q:最後に、何か抱負を?

「冒険者になったのは己を鍛えるためだ。一つでも上のランクを目指すこと。それを、諦めずに続けていきたい」


 …………


Q:パレスガーデンのお三方です。リーダーのエドさん、冒険者としての活動が始まります。どのような心境でしょうか?

「ああ、俺たちの冒険が、ようやく始まる。素直に嬉しいよ」


Q:何と言っても、このパーティの強みは三人の信頼感だと思いましたが、そのあたりはどうですか?

「俺たちは子供の頃から一緒だからな。言葉にしなくても、互いの考えは分かっているさ」


Q:そうなんですね。では、このパーティでやりたいことや、目指していることはありますか?

「目指すなら最強……Sランクだ!」


Q:力強いお言葉、ありがとうございます。最後に何か抱負はありますか?

「王国に禍をもたらすものは、全て俺たちが滅ぼしてやる!」


 …………


Q:花鳥風月のみなさんです。リーダーはユキさんですか?

「えっ? そういうわけでは……」

「何を言っておる、ワシらのリーダーはユキじゃよ」


Q:それではユキさんにお伺いします。その年齢で、冒険者になった理由は、何かあるのでしょうか?

「親が居ないので、世話になっている人に迷惑をかけたくないから、自分たちだけで生きていけるようになりたいなって」


Q:戦い方は誰に教わった?

「いろんなチャンネルを見たり、ミミやいろんな人の真似をして」


Q:動物の解体も?

「はい」


Q:これからの抱負とかありますか?

「みんなに心配をかけないように、ちゃんと強くなって、いろんな場所に行けたらいいなって。綺麗な景色とか、いろんな種族の人と友達になれたら嬉しいです」


 最後にもう一度、三人の秘蔵画像が映し出されて番組が終わった。


     ───◇◆◇───


 バーンズが目頭を押さえていた。


「なんだ、いい子たちじゃないか」

「そうですよ。バーンズさん、あの子たちのプロフィール、見てないのですか?」

「あっ、いや、なんだ……。あの歳であの技量だ。しかも冒険者になるっていうんだからワケアリだとは思っていたが……」

「ですから、あの子たちをイジメないでくださいね」


 高い椅子で地面に付かない足をバタバタさせ、手にしたパフェ用スプーンを振りながら、兎耳受付嬢ルベイラはバーンズを睨みつけた。


「人聞きが悪いな。いつ誰がそんなことした?」

「自覚が無いのが、一番厄介よね。ミミちゃんは人類の至宝なんだから、命懸けで守ってあげて下さいね?」


 今度は、長い尻尾を振りながら、猫耳受付嬢ポリンが詰め寄る。


「至宝って、どういう意味だ……?」

「あの愛くるしいルックス、仕草、好奇心に輝く目、発散される元気のオーラ、それにあの笑顔、全てが至宝! 母性本能がうずいちゃう」

「ここまで人を狂わせるのか……。恐ろしいな……」


 そういうバーンズも、あの三人には幸せになって欲しいと思っている。

 だから……


「まあ、誰が相手でも同じことだ。教官としてできる事は、全力でやってやるよ」


 いつも通りの軽い感じで、そう答えた。

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