18 異色の冒険者パーティー その三

 連れてこられたのはギルド所有の模擬闘技場と呼ばれる施設だった。


「よーし、ここで実技試験を行う」


 受付の軽兎人族おねえさんから聞いた通りなら、受験者が順番に呼ばれて用意された獣と戦うことになる。その後、倒した獣を解体するらしい。

 だけど……


「みんな、好きな武器を装備してくれ。用意ができた者はこっちに来い」


 ここが闘技場なら、この部屋は控えの間といった感じだろうか。

 量産品だが手入れの行き届いた様々な武器が並んでいる。

 ミミは迷わず短剣を手に取る。


「ミミ、予備も持っておいたほうがいいよ」

「それもそうじゃな。何が出て来るか分からぬからのう。万全の状態を整えておくのが良かろう」


 装備しろということは複数持ってもいいということだろう。

 私も長さが違う短剣を二本、鞘から出して剣身を確認してから、傍らにあったベルトを手に取る。

 子供サイズのものがあるのは、わざわざ私たちのために用意してくれたのだろう。しっかりとなめしてあるものの、どう見ても新品だった。

 激しく動いてもズレないように、腰に巻くベルトと肩に掛けるベルトの二本あるタイプを選ぶ。


「ミミもこれ、使う?」

「そうじゃな。もらえるか?」


 しっかりとベルトを締め、軽く動いて痛くないか、ズレないかをしっかり確認してから、剣身が長めのものを腰の横に吊るし、もう一本の短いものを腰の後ろで横向きにセットして、留め金の状態を確認する。

 さらに、投げナイフを数本、ベルトに仕込んでおく。

 この様子もチェックしているのだろう。試験官は私と目が合うと、そっぽを向いて素知らぬふりをするが、見ていたのがバレバレだ。

 ルナは両手にグローブをつけ、手に槍を持っている。

 念のためルナにもベルトと短めの短剣を装備してもらう。

 万が一の護身用だけど、私かミミが武器を失った時の予備にもなる。


「そろそろいいか? じゃあ中に入るぞ」


 受験者たちの返事を待たず、有無を言わさず試験官バーンズは、闘技場の中へと進んで行く。

 それに続いて全員が中に入ると、背後で格子が下ろされ、封鎖された。


     ───◇◆◇───


 中は、小型の円形闘技場になっていた。

 ギョッとする受験者たちだが、意に介さず試験官バーンズは円の中心まで進んで止まる。


「よーし、それでは、皆には獣を狩ってもらう。とにかく生き残って、敵を殲滅してくれ。後で解体するから、一応そのつもりでな。初心者にはちと過酷だが心配するな。もし命に関わると俺が判断した時は助けてやる。その時は大きく評価が下がるから気を付けろよ」


 聞いていた話とは違ったが、これも適応能力を量るための試験なのだろう。

 考える時間を与えないつもりなのか……


「よーし、それでは、初めっ!!」


 試験官バーンズの号令に合わせてゲートが開けられ、しなやかにして軽やかな動きでオオカミたちが姿を現した。

 それを見た受験者たちから、悲鳴のような声が上がる。

 それはそうだ。スライム……は無いにしても、せいぜいジャイアントラットやグラスラビットぐらいだろうと、私も高を括っていた。

 こんなオオカミの群れに襲われたら、一般人なら死人が出てもおかしくない。

 受験者たちの声に驚いたのか、オオカミたちは用心深くこちらの様子を窺っている。


「ミミ、ルナ、こっち。壁際に移動するよ」


 他の受験者のことは味方と思わないほうがいいだろう。

 力量が分からず、味方かすらも分からない相手に背中を預けるのは危険すぎる。

 それなら、こうして壁を背負っていたほうが戦いやすい。


「あれはシムルンウルフです。群れで狩りをする小型のオオカミらしいです」


 そうルナが教えてくれた。

 支援妖精ファミリアに調べてもらったのだろう。

 とっさに、その判断ができるのは心強い。

 私は知っていたし、たぶんミミも分かっていたと思うけど、念のために間違いないと確認するのは大切だ。


「ルナ、ありがとう。私たちは三人で戦おう。シムルンウルフは弱いものに群がる習性がある。私が囮になるから、群れからはぐれたオオカミをミミが攻撃して、ルナがトドメを刺すって形がいいと思うんだけど……。ルナ、できる?」

「はい。がんばります」

「完全に殺さなくても、動けなくするだけでいいから」

「分かりました」


 ヤル気は伝わってきたが、いざ生物を殺すとなると抵抗が出てくるはずだ。

 いずれ経験しなければならないことだから、頑張って欲しいけど……あまり無理もして欲しくない。

 

「ワシはそれでも構わんが……。ユキよ、お主こそ大丈夫なのか?」

「わからないけど、放っておいても多分、オオカミは私を狙って来ると思う。でも、もしルナを襲うようだったら……」

「ああ、任せるが良い。ワシが始末しておいてやる。ほれっ、さっそくの御来客じゃぞ!」


 腰に吊るした短剣を抜き放ち、右手で構える。

 おそらく偵察のつもりなのだろう。

 比較的若い個体が四頭のみ。

 左手でルナに動かないよう指示を出し、前へと進み出る。

 それを敵意ありと見たのか、オオカミたちは威嚇の声を上げた。


 小型のオオカミとはいえ、立ち上がれば私の身長よりも大きいだろう。たぶん、体格では互角。

 ひと回り大きな先頭の小ボスが、後ろの三頭を率いているようだ。

 私たち相手なら勝てると踏んだのか、戻る気配も、仲間を呼ぶ様子もない。


「空腹で狂暴になってるみたい。気を付けて」


 もしこちらが兵士なら、余裕で撃退できるはずだ。

 そもそもシムルンウルフは、それほど狂暴ではないし、人を襲うことも滅多にない。だけど、ご丁寧にも空腹にされているのか、鬼気迫る雰囲気をまとっている。


 軽く前にステップを踏んで、短剣を振り下ろす。

 それにビクッとして、後ずさるオオカミ。


「これ以上増えないうちに、倒さないとね。ミミ、行くよ?」

「いつでも良いぞ」


 同じように、前に軽くステップするが、今度はそのまま走り込んで首元を切りつける。

 頭を下げて素早く避けた小ボスは、牙だけでなく歯をむき出しにして私を睨んできた。

 思ったより恐怖はない。

 冷静に相手との間合いを測り、敵の動きに合わせて距離を詰めて、浅く相手の表皮を削った。


「キョゥーン」


 何とも形容しがたい声を小ボスが上げた直後、さらに大きな「キャイーン」という声が上がる。

 ミミが一頭、仕留めたようだ。

 それが切っ掛けになったのだろう。

 小ボスから殺意が沸き上がると、残る二頭が私に向かって襲い掛かってきた。

 姿勢を低くして転がるようにして避け、飛び掛かって来た一頭に向かって、横薙に短剣を走らせる。


「うっ……」


 思った以上の重い感覚に、うめき声が漏れた。

 やはり剣とは勝手が違って、はじき返されてしまった。

 負傷させることには成功したようだが、せいぜい軽傷といったところだろう。

 横からかかってきたもう一匹を、身体を回転させるようにして避けながら短剣を持ち替え、逆手に握った左腕を振り下ろしてオオカミの横っ腹に突き刺した。

 今のは手応えが十分だった。だけど、その衝撃で手を放してしまう。


 痺れた左手で、腰の後ろから予備の短剣を抜く。

 そうこうしている間に、ミミが小ボスを倒したようだ。

 残るは、軽傷を負った一匹だけ。

 ……だと思ったら、別の一匹がミミの背後から迫って来るのが見えた。

 短剣を右手に持ち替えるのを止めて、投げナイフを放つ。

 狙い違わず眉間に突き刺さったが浅い。

 気付いたミミが、振り向きざまに短剣を振り抜くのが見えた。


 だけど、そちらを気にしている場合ではない。

 それを隙だと見たのか、軽傷のオオカミが飛び掛かってきた。

 キラリとその目が光り、鋭い爪が迫って来る。

 それを避けようと身体を反らすが、爪が追いかけてきた。

 両手で握り直した短剣でそれを弾き上げる。

 なんとか爪から逃れたが、その反動で仰向けに倒れてしまった。


 ドスッ!


 私が倒れた音ではない。もっと派手な激突音がすぐ近くで聞こえた。

 どうやら、体制を崩したオオカミが、私の背後にあった壁に、受け身が取れないまま頭から激突したようだ。

 念のため、首に刃を突き刺し、血抜きも兼ねてトドメを刺しておく。

 これでようやくひと息つけそうだ。


「ほれ、ユキよ。これを使え」


 ミミから渡された布で、短剣の血を拭って腰に戻し、もう一本の短剣も回収して丁寧に汚れを落とす。

 どうやら、こちらに向かって来るオオカミはいないようだ。


「みんな、怪我はない? ルナは平気?」

「ワシは無事じゃぞ」

「私も大丈夫です。でも、ユキちゃん……」


 たぶん、オオカミを避けて地面を転がった時のものだろう。手首の外側が擦りむけて、少し血が滲んでいた。


「どれ、見せてみぃ」


 私の手を握ったミミは、傷口を眺めると……

 ……ぺろっ。


「ちょっ……。土が付いてるし、そんなところ舐めたら汚いよ?」

「なーに、消毒じゃよ」


 そう言いながら傷口を舐め、唾液を地面に吐き捨てている。


「これ、動くでない」

「ちょっと、これ……くすぐったい」


 生温かい舌が傷口を這い、痛いやらくすぐったいやらで身体が強張る。

 それがようやく止まると、猫神収納ペットボックスから取り出したのだろう、ガーゼを当てて包帯を巻いてくれた。


「ミミ、ありがと」

「なに、これぐらい構わぬよ。じゃが、被害がこれだけで済んで良かったのう。ワシらだけで五頭倒したのじゃ。これで文句は言われまいよ」

「そうだね。ルナもお疲れさま」

「いえ、私は何も……」


 槍の先が赤く染まっているのだから、何もしなかったってわけではないだろう。

 さっきの布で、震える穂先から汚れを拭ってあげる。

 その間にミミが……


「二頭にトドメを刺したのじゃ。ルナも、よう頑張ったな」


 そう言って、震えるルナを抱きしめた。

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