17 異色の冒険者パーティー そのニ

 身体能力が三人の中で一番低かったが、この年齢にしては優秀だという係員の言葉を信じることにした。

 だとしても……いや、だからこそ、この三人の中で試験に落ちる可能性が一番高いのは、私だということになる。

 適性があると言われた大海属性の法術を身に付ければ、少しはミミとの差を埋めることができるのだろうけど、たった一時間程度でどうこうできることではない……はずだ。

 そんな不安な気持ちを抱えたまま、だけどそれを表情には出さず、出迎えてくれたルゥリアに声をかける。


「ルゥさん、お待たせ」

「みなさま、お疲れ様です。どうでしたか?」

「二人は優秀だったよ。私はがんばらないと危ないかな」


 できるだけ冗談っぽく、明るく答える。


「ちと腹が減ったのう」

「今のうちに、何か食べておきましょうか」


 思ったよりも測定が早く終わったので、試験までまだ時間がある。

 だから、ミミとルナの提案に乗ることにする。


「そうだね。できれば消化が良くて、力が出るものがいいけど……手早く食べられるものだと、ハンバーガー? ホットドック? でも今なら、タルトかな……」

「それって、消化に良いのですか?」

「さあ、どうかな?」


 なんとなくお肉より、フルーツのほうが良い気がするけど、ケーキだと食べ過ぎると胃が重くなる気もする。


「でしたら、プリンでしょうか?」

「プリン?」


 ルゥリアさんの提案にミミが飛びつき、ケーキと紅茶の専門店で軽くお腹を満たすことに決まった。

 そこで、能力の測定結果を参考に、試験対策を考えることにした。


     ───◇◆◇───


 このタイミングで、ミディア王妃が病気療養に入るというニュースが流れてきた。合わせて、ミディア王妃の三人の子供たちは、王妃の回復を願って貴猫たかねこ大社で祈りを捧げているとも。


「うむ、これで懸念は晴れたのう。あとは試験を突破するだけじゃな」

「ミミは余裕があっていいよね。私は不安で一杯なのに……」


 教養試験は、支援妖精スティーリアが居れば、問題ない。

 薬草の生息しやすい場所や、害獣の名前なんてものは、すぐに調べられるし、調べてもいいことになっている。

 その分、引っかけ問題が多いので、その点は注意が必要だが……

 それよりも、模擬戦のほうだ。

 短剣が扱えるとはいえ、この身体では相手に有効打を与えるのは難しい。

 リーチが短い分、接近する必要があるけど、それより先に相手の攻撃を受けるだろう。それをかいくぐって確実に急所を狙わなければならないのに、身長が低いせいでジャンプしなければならない。

 それで仕留められなかったら、ただの自滅だ。


「なんだ? こんなガキも試験受けんのか?」

「どうしたの、エドくん?」

「いや、このガキが冒険者試験を受けるっつうからよ……」


 三人……全員、十歳ぐらいか。

 生意気そうなのがエドという名前らしい。

 もう一人の少年は、いかにも術士って感じのローブを着ている。

 エドに声をかけた少女は弓を持っている。支援型だろうか。

 エドは前衛……たぶん剣士だろう。


 別に誰も冒険者試験を受けるとは言ってなかったはずだが。なのに、なぜ分かったのか……というのは愚問だろう。

 冒険者ギルドのトレーニングウェアを着て、試験という単語を発せば、たぶん部外者でも察しが付く。


「そんなの放っといて、早く何かたべようよ」

「天才の俺たちでも、ようやく許可が出たんだぞ。なのに、こんなちっこいやつらが試験を受けるって、遊びのつもりがしんねぇが馬鹿にしやがって」


 仲間が諫めたことで、余計にムキになって突っかかって来た。

 意地かプライドか知らないが、引っ込みがつかなくなったのだろう。

 面倒だが……なんかもう、いっそ可愛く思えてくる。


「よう、わっぱども。なんぞ、ワシらに用か? 言っておくが、プリンは渡さぬからな」


 たぶん、ミミも同じような心境なのだろう。

 小馬鹿にした様子で、正面からエドを見つめる。

 この歳の子供なら、風猫人族フェルミアに対して無礼を働けば、良くないことになると知っているはずだ。

 どうやら、エドもその辺りは分かっているようで……


「お、お前のほうがチビだろ。ガキが冒険者をナメてんじゃねぇぞ」


 顔を真っ赤にし、見事な捨て台詞を吐いて去って行った。

 ルナは少し驚いた様子を見せていたが、怯えてはいないようだ。

 まあ、それはそうだ。彼女も見た目通りの年齢ではない。


「まあ、冒険者を目指す子供だったら、あれぐらい鼻っ柱が強くないとな」

「そうじゃのう。ワシらが言うのも変じゃがな」


 そりゃそうだと笑い合う。


「まあ、そんなことよりもじゃ。ルゥよ、この陽光のプリンモンブランというものを頼んでもよいか?」

「それで最後ですからね。二人も何か注文しますか?」


 そういうことなら遠慮なく……


「では、私はバナナカスタードタルトで」

「そうですね。私は……アップルパイをお願いします」


 この身体は思ったよりも食が細いと感じているのに、なぜか、こういう時になると無限に入るような気がするから不思議だ。

 三人とも残さず全て平らげて、至福のひと時を与えてくれた店を出た。


     ───◇◆◇───


 冒険者ギルドに戻ってくると、ウサギ耳の受付のお姉さんが、試験会場まで連れて行ってくれた。

 当然のようにルゥリアはお留守番で、見学することもできないらしい。


 試験会場は小会議室という感じの部屋だった。

 そこに、私たち三人を含めた十一人が集まった。もちろん、店で会った三人組もそこにいた。

 まだ何か言いたいことがあるのか、エドがこちらをチラチラ見てくる。

 ……まあ、気にしても仕方がないので無視するが。


 ここで行われるのは教養試験で、クイズのように、試験官の出す問題に対して霊法回答板マナフリップに回答を書くと、その場で正解が伝えられる。

 問題は多岐に渡るが、基本的には初心者冒険者用の知識が多い。

 定番の薬草や毒消し草、時々ただの雑草が混ざってたりもするが、支援妖精スティーリアの力を借りつつ順調に正解を重ねていく。


「よし、七番以外は全員正解だ。見た目は似てるが毒と薬だからな。絶対に間違えるなよ。では次の問題だ……」


 これはいわば、思い込みによる勘違いや早合点をしないよう注意するためのもので、自信過剰な者ほど間違え易くなっている。

 私とミミは全問正解。ルナは惜しくも一問だけ引っ掛かったが、優秀な成績で試験を終えた。


「よーし、これで退屈な座学はしまいだ。十分間の休憩後に移動する。それまでに、ここに集まっていてくれ」


 この後は、ついに模擬戦だ。

 その前に……


「では、今のうちにトイレを済ませておこうかの。ユキ、ルナ、こっちじゃ」

「えっ? あっ……」


 ミミに引っ張られて、三人で向かう。

 時間がないのは分かるが、何故みんなで行きたがるのだろうか。

 頭では理解していても、やはりまだ男女の区別がある場所は戸惑う。

 なるべく端を使って、手早く済ませる。


 個室から出ると、エドと一緒にいた女の子と出くわす。

 ……なんだか気まずい。

 思いっきり見られている気がするけど、軽く会釈をしてすれ違い、手指洗浄機ハンドウォッシャーに手をかざしてトイレの外で二人を待った。

 少し遅れてミミが出てきた。


「ルナはまだのようじゃな。それにしても、いつもユキは早いのう」

「そうかな? 普通だと思うけど」


 すぐにルナも出てきて、三人で部屋に戻る。

 そこにはエドがいて、かなりこちらを気にしている様子だった。

 まあ、さっきの試験で全問正解したのは二人だけだったし、変な対抗心でも芽生えさせているのだろう。

 勝手に彼の心情を代弁するとすれば「模擬戦では、こうはいかないからな!」って感じだろうか。

 まあ、あまり気にしても仕方がない。


「ルナ、ミミ、軽く身体を動かしておこうか」

「そうじゃな。準備は大切じゃからな」


 靴ひもをしっかりと結び直し、軽くジャンプをして履き心地を確認する。

 次に、ゆっくりと身体を動かしながら、筋肉をほぐしていく。

 ある程度、身体が温まったら、三人で協力し合って、より大きく、強く、筋肉を伸縮させる。

 この小さく軽い身体だと、柔軟性と瞬発力が命綱だ。


「なんか、すっごく見られてる気がするんだけど……」


 エドとその仲間たちだけではない。

 他の受験者たちからも思いっきり見られている。


「なんだか、測定の時みたいですね」


 ルナも少し居心地が悪そうだ。


「おお、そういえばそうじゃな。大方、ワシらがどう戦うのか……いや、本当に戦えるのか、心配しておるのじゃろう」

「そりゃそうか。私も自分が本当に戦えるのか心配だし」

「何を言っておる。ルナを助けた時の気迫はどこへやった? 話でしか知らぬが、相当なものじゃと聞いておるぞ?」

「そうだな。結局はすることは同じ。全力で戦うだけだよな」


 ここまできて、できるかどうかを悩んだところで仕方がない。

 自分の頬を両手でパンと叩く。


「おうおう、気合が入ってるようで、結構、結構」


 部屋の入り口に現れた試験官が、にやりと笑う。

 それに対し、準備万端といわんばかりに軽くうなずき返しておいた。


「よーし、みんな揃ってるな。試験会場に向かうから、ついて来てくれ」


 筋肉質でデカイ身体をした試験官、バーンズの歩幅は大きい。

 私たち三人は、それに遅れないよう急いで、その後を追いかけた。

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