16 異色の冒険者パーティー その一

 ギルドといえば国境を越える組織も多いが、このグーネリア王国では猫神の加護によって独特な組織になっていた。

 冒険者ギルドも同じで、番組配信による娯楽化や、猫神通貨クレジットによる容易な寄付制度、独自のポイント制度によるランク分け、それに基づく国の褒章制度など、猫神の加護なくしては成立しない仕組みになっている。

 とはいえ、他国の冒険者ギルドと提携しているので一定の交流があり、明解な仕組みで公開されているグーネリア王国の冒険者ランクは、他国でも絶対的な信頼を得ている。


 どこの国でも冒険者と言えば、ダークなイメージが付きまとう。

 もちろん、大半の冒険者は人々の生活に貢献しているが、一部の素行不良者たちによって、ならず者呼ばわりされる事も多い。

 グーネリア王国の冒険者は、強さはもちろん、人柄の良さも求められる。

 なにせ冒険者として登録されると、その活動内容が半ば強制的に配信されるのだから、下手なことはできない。

 これによって秩序が保たれているが、ほんの些細なミスで命を落とす過酷で無慈悲な職業なのは変わらない。

 基本的にはライブ配信だが、猫神の加護による規制で、見せられない場面にはモザイクがかかる。それでも、応援していた冒険者が命を落とす場面を見てしまえば、イメージが悪化するのは避けられない。

 これもまた、生半可な覚悟で飛び込む世界ではないという警告なのだが……


 そんな中で生き延びれば、名声が高まる。

 人気を得れば寄付が集まる。

 資金が増えれば活動の幅が広がる。

 装備を整えたり、遠征したりはもちろん、上級の冒険者となると、慈善事業を行ったり、研究開発に出資したり、自分専用の装備を共同開発したり……なんて者もいる。

 冒険者として名を売った後は、転職して好きなことをするという者も多い。


 このグースの地で冒険者になる者は、やむにやまれずといった者も多く、強さの頂点を目指す者、一獲千金を夢見る者、人気者になりたい者、はたまた誰かの役に立ちたい者など、目指す目標は様々だ。

 当たり前のように死者が出て、その何倍の者が身体を損ね、心を病んで引退する。多くの者が己の分を知り、危険を避けてある程度のランクで満足する。そんな中、栄光を掴む物はほんの一握り。

 ユキ、ルナ、ミミの三人が飛び込もうとしているのは、そんな世界だった。


     ───◇◆◇───


 ギルドで用意されたトレーニングウェアで地面に座り込み、肩を上下させて激しく呼吸を繰り返しながら、私は密かに落ち込んだ。

 もしかしたら、この身体にも新たな能力が隠されているのかも……

 そんなことを少しだけ期待していたが、最後の身体能力測定となる持久走を終えて、淡い期待は泡のように弾けたと知った。


「ユキさん、その歳でそれだけ走れたら十分ですよ」


 そんな言葉で係員の女性が励ましてくれるが、三人の中で真っ先に脱落した事実は変わらない。

 それどころか、ミミは全く疲れを見せず、未だに笑いながら走っている。

 それが玲人族ヒュメア風猫人族フェルミアとの差だと言われたらそれまでだけど……

 今まで運動と縁のなかったルナにも負けてしまった。それが、何よりもショックだった。


 持久走だけではない。

 跳躍能力も、距離にしても高さにしても二人には及ばず……

 筋力に至っては、ルナが一番優秀だった。それも、一瞬の爆発力だけだったら、大人顔負けの成績だという。


「それもしても凄いですね。これなら試験を受けても大丈夫だと思いますよ」


 とはいえ、まだ身体能力測定が終わっただけだ。


「はい、持久走はここまで。みなさんよく頑張りました。次は武術のほうを見ていきますね」


 係員の指示に、全く休まず、息も乱さないまま、笑顔のミミは木で作られた短剣を手に取った。


「うむ、ワシはこれじゃな」


 軽く振って、その使い心地を確かめている。


「ミミ、元気過ぎ……」

「せっかくの機会じゃからの。それにじゃ、思いっきり身体を動かさねば、真の実力が測れぬじゃろ?」


 それはそうだが、を目指していたのを忘れているのだろうか。

 それとも風猫人族フェルミアなら、六歳でもこれだけ動けて当たり前だったりするのか。その辺りを、先に確かめておくべきだった。


「ユキとルナは、しばらく休むがよい」

「ありがと。がんばって」


 なんとかそれだけを伝え、耳と尻尾が揺れる頼もしき後ろ姿を見送った。


 不思議なことにギルドの人たちは、ミミの言葉遣いについて全く何の反応も示さなかった。

 それについて係員に訊ねてみたら、グースにはまだまだ閉鎖的な里があり、独自の言葉遣いをする所が多いらしい。

 特に獣人族の里では、聞き取れないような強い訛りや不思議な言い回しもあるので、まだ意味が理解できるミミの言葉は、それほど気にならないらしい。


「ふぅ……、ユキちゃん大丈夫ですか?」

「ルナこそ。あまり無理したらダメだよ?」

「私は平気ですよ。走れるのが楽しくて」

「そんな感じがしてた」


 とにかく身体が自由に動くのが……、思いっきり運動が出来るのが楽しいという気持ちが、見ていても伝わってきていた。

 

「どれにしようかな……」

 

 ずらりと並べられた木製の武器を、ひと通り眺める。

 得意な武器はと問われれば、迷わず剣と答えるところだが……

 

「……やっぱり重いな。それに、扱いづらい……」

 

 本物の剣と比べれば軽いので何とか扱えるとは思うが、実戦で使えるのかと問われたらかなり厳しいと答えるしかない。

 重い武器がダメなら、軽い武器に頼るしかない。

 格闘技や短剣の扱いもひと通り習っているので、たぶん大丈夫だろう。

 

 突然、係員たちから歓声が上がった。

 ミミの短剣が、ダミー人形に激しくぶつかる。

 連撃からの蹴り。宙返りからフェイントで距離を詰め、脇腹、わきの下、首筋へと三連撃を決めて、クルリと身体をターンさせ、タンと踏ん張ってキメポーズ。

 再び係員から歓声が上がり、拍手が送られた。

 

「私は……、これですね」

 

 見事な戦技を見せつけられて呆気に取られていると、両手にグローブをしたルナが進み出た。

 時間がなかったので初歩の初歩だけだが、私がルナに武器の扱い方を教えてあげた。その時は棒術を気に入っていたけど……

 途中で武器を変えても構わないってことだから、いろいろと試すつもりなのだろう。だけど、よりにもよって格闘を選ぶとは。

 自分の手を傷めない殴り方や蹴り方……なんてものも教えてあげたけど、怪我をしないかドキドキする。

 

 ルナがぽふぽふと殴り始め、修練場にほのぼのとした空気が流れ始める。

 最初は、おっかなびっくり殴っていたのだろう。それが、コツがつかめてきたのか動きに腰が入るようになり、下半身と上半身が連動し始め、徐々に威力が増していった。

 相手が反撃してこないことを前提とした無防備な打撃だけど、人形が揺れ、ズシンと腹に響く音を奏で始める。

 続く棍棒も、それなりに扱えると評価されたようだ。

 

 ちなみに私の短剣は、無難に扱えるという評価だった。

 

「次は霊力測定を行います。このオーブに手を乗せて下さい」


 意外にも、霊力の量は、私が一番だった。

 とはいえ、霊力量が多ければ輝きが増すってだけのざっくりとした判定方法なので、どのぐらい凄いのかまでは分からない。

 それに、全員が多いと判定されたので、私に隠された能力ってほどでもない。

 

「ミミさんは既に霊法術を会得されていますけど、やはり雷撃属性が強く出ていますね。それと天空属性にも反応がありますね……」

 

 ルナは光明属性と大地属性が強く出ていた。

 私は大海属性が強く、光明属性と樹木属性も少し反応があった。

 これも参考程度ってことらしく、強く出た属性も習得できなければ扱えない。

 

「みなさん、お疲れ様でした。この能力測定は、みなさんが自分の能力を正しく知るためのものですので、初めに言った通り、この結果で試験の合否が変わることはありません。この結果を参考にして、自分の長所を活かし、短所を補って、試験に挑んでいただけたらと思います。それでは……」


 係員から、測定結果の総評が伝えられる。


 【ユキ】

 ・素早さを活かした戦闘スタイル。

 ・小さな身体を活かした奇襲なども効果が高い。

 ・全てのことが無難にこなせる。

 ・これといった欠点が無いのが強み。

 ・大海属性に強い適性あり。光明属性と樹木属性にも微かな反応。

 ・霊力が高く、法術を習得すれば大きな強みになる。


 【ルナ】

 ・パワーを活かした戦闘スタイル。

 ・戦闘技術は未熟だが、身体能力は高い。

 ・光明属性と大地属性に強い適性あり。

 ・光明属性の法術(癒しの力)を習得すれば大きな強みになる。


 【ミミ】

 ・風猫人族フェルミアの高い身体能力を持つ。

 ・短剣を使った速攻は、実用レベル。

 ・雷撃属性に強い適性あり。天空属性にも反応あり。

 ・雷撃属性の霊法術を習得済み。

 ・現時点でも十分な戦力になると思われる。


「……能力測定は以上となります。この結果が試験に活かされれば幸いです。それでは健闘を祈ります」


 もう、ここに入った時に感じた「こんな小さな子が?」といった、懐疑的な好奇の視線は感じない。


「応援してるから、がんばってね」


 立ち会った人たちが、拍手とエールで送り出してくれた。

 それに対し私たちは……


「ありがとうございました。試験、がんばります」


 深々と頭を下げて、修練場をあとにした。

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