15 【挿話】冒険者ギルドにて
「えっ!? 今日の試験官って、バーンズさんなんですか?」
長い耳の先まで入れても背丈が百四十センチほどしかない女性の前に、踏み台に乗ってもなお上空から見下ろすような、巨漢のオジサンがガハハと笑った。
「なんだ、ちみっ子ウサギ。オレでは不満か?」
「もちろんです。今日来るのは、まだ幼い子たちですから、そういうデリカシーのない人では困ります」
「冒険者にデリカシーも何もないだろ。依頼をこなして生き残る。冒険者にとって大事なのはそれだけだからな」
バーンズはデカイとは言っても、身長は百八十には届かない。だが、筋肉に覆われた全身から放たれる威圧感が幻影となり、より大きく見せている。
再びガハハと笑いながら去っていく大男を見送りつつ、
「あら、ルベイラどうしたの? なんだか不景気そうね?」
「あっ、ポリン。それがね……」
ルベイラと呼ばれた
「……あらら、それは災難。でも、六歳で冒険者になろうだなんて、どんな子たちなんだろ」
「それがね、三人の孤児で、引き取ってもらった里親さんが亡くなったから、自立して自分たちだけで生きて行こうってことらしいのよ」
「それはまあ……、ずいぶんと思い切ったわね」
「代わりの保護者って人はいるみたいなんだけど、あんまり負担はかけたくないんだって。健気よね……。あっ、そうそう、画像があるわよ? 見る?」
「うん、見せて、見せて」
ルベイラは、傍らに積んだ書類の山から、一冊のファイルを取り出す。
「この子たちよ」
印刷された画像には、まだ幼い三人の姿が。
里親が生きている時のものなのか、それとも誰かから借りた服なのか……。華やかで幸せそうな雰囲気が、逆に涙を誘う。
「これ……、冒険者ギルドに送るようなモノじゃないわよね?」
苦笑しつつもポリンは、その中で飛び抜けて輝きを放っている同族の少女から、目が離せずにいた。そして……
「ねぇルベイラ。今からでも試験官、交代させられないかしら? 不慮の事故なら仕方ないわよね……」
「……ちょっとポリン、冗談だよね?」
「代わりはジルさんが、いいかしら……」
実戦から離れたとはいえ、バーンズは元Aランク冒険者だ。受付嬢が全員で束になってかかっても敵うはずがない。
結局、何もできず、受付嬢たちの願いは叶わなかった。
───◇◆◇───
保護者として、冒険者ギルドまで付き添ってきたルゥリアは、まるで自分の事のように……いや、それ以上に緊張していた。
ここに至るまで、問題が山積みだった。
冒険者の知識を教えようにも、そもそもルゥリアに冒険者の知識は無い。
女の子らしさを磨くにしても、その前に常識を理解させなければならない。
とはいえ、あの年頃の女の子たちが、普段どんなことを考え、どんなことに興味を持ち、どんな感じで心が動かされるのか……時代とともに流行も変わるので、何が正解なのか分からない。
なので、精神領域通信──通称「
そんな状況なのに、それを身に付けさせる時間も無い。
それでも精一杯準備したつもりだが、それがどこまで通用するか……
「本当にあの子たち、大丈夫でしょうか……」
能力測定をする修練場には、関係者しか入れなかった。
仕方なく外で待っているが、見えないだけに余計に心配が募る。
そんな焦燥感の中、ルゥリアは、まだ幼かった時のことを思い出していた。
といっても、九歳ぐらいの時だ。
ある日突然両親が居なくなった。
今でもその理由が分からないが、それからとにかく生きることに必死だった。
いつか両親と生きて会える日を夢見ながら……
場所が王都だったことも幸いしたのだろう。ゴミを漁ったりしながら、なんとか食つなぐことができた。
そして、貴猫姫さま……リリアさまに拾われた。
同じ
貴猫姫さまの傍にいるのは相応しくないと思った。
そんな私にリリアさまは、お世話係を命じ……
「目立つことが良い事ばかりとは限らぬよ。もし目立たぬことで悩んでおるのなら、少し考え方を変えると良い。目立たぬからこそできることが……、ルゥリアだから出来る事が必ずあるはずじゃよ」
最初こそ馬鹿にされたのかと悩んだりもしたが……
そんな人ではないことぐらいは分かっていたので、だから余計に困惑した。
後に、その言葉の真意を覚る。
貴猫姫さまは、貴猫姫であるが故に自由が無い日々を過ごしている。そんな我が身を顧みて、あの言葉を贈って下さったのだ。
そのことに気付いた時、自分の役割が分かったような気がした。
だからルゥリアは、恩人であるリリアさまに尽くそうと改めて誓った。
ルゥリアは、幾人もいるお世話が係の一人にすぎない。
だけど、こうして自由を手に入れたリリアさまは、変わらず私を呼んで下さる。
「ルゥリアならば、どこにいても目立たぬじゃろ?」
この地味な姿を誇らしく思う。
「ルゥリアに任せておけば、安心じゃからな」
少しでも恩に報いることができているのなら嬉しい。
「なに? ダメじゃと? のうルゥリアよ、ワシの頼みでもか?」
「ダメですよ、ミミさん。昨日もプリンを食べ過ぎて、夕食を残しましたよね?」
「背に腹は代えられぬ。最後の手段じゃ……。お願い、ルゥリアお姉さま。食べたらダメ?」
枷が外れたの機に、姿を変え、名前も変えて、よくやく手に入れた自由を、ミミさんとして全力で楽しんでいる姿は、ルゥリアにとっても喜びだった。
だから、ミミさんがやると決めたことなら、上手くいって欲しいと思うし、全力で手助けしたいと思う。
「どうしました? 緊張しているのですか?」
話しかけてきたのは、ここの職員なのだろう。制服っぽいものを来た同じ年齢ぐらいの同族の女性だった。
「ええ、まあ……少し」
少しどころではない。すごく緊張している。
「平穏な人生を捨てて冒険者の世界に飛び込むのですから、そりゃ緊張もしますよね。
「いえ、私は付き添いで……」
「あっ、そうなんですね。失礼いたしました。同族の方が困ってらっしゃるように見えたのでつい。私はここで受付をしてます、クレセントのポリンと申します」
「えっ? 私もクレセントです。王都出身なので里には行ったことがないのですが。クレセントのルゥリアです」
王国が出来て以来、活動範囲が広くなって里を離れる者が多くなったので、部族名があまり意味をなさなくなってきている。
だけど、同じルーツを持つ仲間と出会たことは嬉しく思える。
「私もこのルシルで生まれ育ちましたから、似たようなものですよ。あっ、もしかしたら、付き添いって小さな三人組の?」
「……? はい、そうですけど……?」
「今さらこの様なことを言うのもなんですけど、冒険者って危険ですよね? よく許可しましたよね?」
「それが、あの子たちの希望でしたから。今まで不自由だった分、これからは自由にさせてあげたいと思いまして」
「そうなんですね。どうしても冒険者って殺伐としたイメージですから、彼女たちのような存在は貴重です。ですので、少しでも長く活躍して、無事に引退してもらえたらと願っています」
「ありがとうございます。そうですね……。私も、そう思います」
「もし合格して冒険者になられたら、その時は、受付として可能な限りサポートさせてもらいますよ。番組も応援しますからね」
「はい、ありがとうございます」
……ん?
「番組?」
「えっ? そう、番組です。冒険ライブチャンネルですよ」
「あれに出ているのは、有名な方だけですよね?」
「メインチャンネルではそうですけど、サブチャンネルがあって、ルシルの冒険者はそこで全員配信されてますよ。近隣の支部所属だとダイジェストという形ですけどね。遠くの方たちはなかなか紹介する機会がないですけど、Cランク以上の冒険者さんや大きな作戦でしたら、全国配信されることもありますよ」
「そ、そうなんですね」
「人気の冒険者さんは、チャットも盛り上がりますし。三人が配信を始めたら、大人気になると思いますよ。私なら見逃しません」
「あまり目立って欲しくはないですけど、その時はよろしくお願いします」
そこへ丁度、能力測定を終えた三人が戻って来た。
「あっ、それでは仕事に戻りますね」
「よければ紹介しますよ」
「いえいえ、これから試験ですし、変に声をかけてプレッシャーになったら可哀想ですからね。結果を楽しみにしてますよ」
正直なところ、ルゥリアも、冒険者に対してあまり良いイメージを持っていなかった。
だけど、この人が居る場所ならと、少しだけ気分が軽くなった。
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