14 可憐なる花鳥風月 その四

 宅配人を装ったルゥリアは、狂騒の山猫荘二〇二号室の扉に手をかざす。

 すぐにカチリと鍵の開く音が鳴り、扉を開けて中へと入る。

 直後、姫様──リリア様から奥の部屋に来て欲しいというメッセージが届く。

 

 わざわざ宅配を装っているのに、中に入るようにという指示は少し変だ。

 それに、注文の品も首を傾げたくなるものばかり。

 不思議に思いながらも備え付けのスリッパに履き替え、ダイニングキッチンを通り抜けて奥の部屋へと向かう。


「ルゥリアです。注文の品をお届けに参り……」


 間違いなく、姫様のおられる部屋に入った……はずだ。

 だから、どこか別の場所に転移させられた可能性……天国のような場所に来てしまったのかと考えてしまった。

 だが、ユキリア様の愛らしい姿を見つけ、いつもの部屋だと再認識する。


 ルゥリアの視線は、一人の少女に釘付けだった。

 明るい色で子供特有の細くて柔らかそうな毛並み。感情に合わせて動く耳と尻尾。無邪気な表情に溢れんばかりの好奇心を湛えて、こちらを見つめている瞳。少し上気して艶やかな、最高の触り心地が約束された頬。

 無造作に、無防備にペタリと床に座り込みつつも、次にどんな動きをするのか分からない活発そうな雰囲気……

 その全てが、凄まじい連射となってルゥリアの心を貫いた。


「か、かわ、かわ……、かわいい!! なにこれ!? 誰ですか? 幻? 作り物? ちょっと触ってもいいですか? いいですよね? 怖くないですから、ちょっと触って確認するだけですから……」


 フラフラ~っと風猫人族フェルミアの少女へと歩み寄るルゥリアは、次の瞬間、木の蔓で全身をぐるぐる巻きにされて、床に転がった。


     ───◇◆◇───


 ミミは、私から見ても相当に愛らしいと思う。

 だけど、人が子猫を見て、その姿や仕草を可愛いと思ってしまうような、そんな本能的な補正がかかっているのではないかと少し疑っていた。

 風猫人族フェルミアから見れば、ミミの容姿も標準的だったりするのかも……なんてことを少しだけ思っていたが、やはりミミは風猫人族フェルミアから見ても相当に魅力的らしい。


「おい、ルゥリア、しっかりせいっ! ワシじゃ! リリアじゃ」

「えっ? リリア……さま? 本当に?」

「そうじゃよ。それにしてもルゥリアめ、驚かせようと思うたら、ワシのほうが恐怖してしもうたわい。ちとワケあって、姿を変えたのじゃ」

「でも……ワシって?」

「おお、それじゃな。折角姿が変わって別人になったのに、余などと言えばすぐにバレてしまうじゃろ? じゃから変えたのじゃよ」

「あまり、変わってないように思いますが……」


 私もそう思っていたので、心の中でルゥリアさんを応援する。

 だけど彼女は、貴猫姫さまに対して、それ以上深くは突っ込まなかった。


「まあ、そうなんじゃが、なかなか難儀でな。それよりも、落ち着いたのなら束縛を解いてやるが、もう飛び掛かってきたりはせぬよな?」

「もちろんです……が、少し触らせて頂く、なんてことは……?」

「愛でるぐらいなら構わぬよ。じゃが、乱暴にするでないぞ」

「心得ております。ありがたき幸せに存じます」


 拘束が解かれたルゥリアさんは、深々と土下座をした後、幸せにトロけながらミミを愛で始めた。


「ところでルゥリアよ。頼んでおった物は、どうじゃった?」

「ふぁい、もちろん、持ってきましたよぉ~♪ 何でこんな物をって、思ってましたけどぉ、そういうことだったんですね~」


 まだ数度しか会っていないが、いつものキリッとしていて優秀なできる女性といったルゥリアさんの印象が、完全に崩壊した。

 マタタビに酔った猫は、こんな感じなのだろうか……


 今回、ルゥリアさんに頼んでいたのは、二人の……ということは伏せたまま、玲人族ヒュメア風猫人族フェルミアの子供服をお願いしてあった。

 それらが入っているのだろう。床に浮かび上がった文様陣の上に、リボンの掛かった箱や紙袋が山のように現れた。

 

「おう、そうじゃな。二人にも使えるようにしておこう」

 

 不意に、軽い調子でミミがそう言うと、直後に支援妖精スティーリアが……

 

『ユキちゃん、猫神収納が解放されたにゃ』

 

 そんなことを言ってきた。

 

『それ……なに?』

『猫神の加護で、通称ペットボックスにゃ。荷物を入れておけるにゃ。霊法鞄マナリアバッグと同じにゃ。だけど、入る量が桁違いにゃ。貴猫姫さまに認められた人だけの、スペシャルな加護にゃ』

『……えっ!?』

 

 そんなスペシャルな加護を、こんな簡単に?

 

「ミミ、今なにかすごい物が解放されたって言われたんだけど、何かの間違い?」

「私もです。ペットボックスというものが……」


 私とルナ(ルーナの愛称)は、戸惑いながら見つめ合う。


「この身体じゃと、荷物を運ぶのも大層じゃろ? 一応、コレも持っておくと良い。ちと面倒になるが、それなら目立つこともあるまい」


 そう言って渡されたのは……

 

霊法袋マナリアポーチですね。これから取り出すフリをすれば良いのですね」

「取り出す物を一度ポーチに移して出せば、誰も疑わんじゃろ?」

「わかりました。ありがとうございます」


 二人だけで納得されてしまったが、後でミズネにでも聞けばいいだろう。

 だけど、この霊法袋マナリアポーチだって、相当な値段だったような気がする。

 買うつもりがなかったので、値段を調べたこともなかったが……

 そんなものをポンと寄越すミミと、それを平然と受け取るルナ。そういうところを見せられると、やはり生きてきた世界が違うんだと気付かされる。


「はい、ユキ様も万歳して~」

「えっ? こう?」


 両手を上げた途端、服を脱がされてしまった。


「ちょっと……、ルゥリアさん? なにを!?」

「は~い、いい子だから、お着換えしましょうね~」

「まだ酔ってんの? ちょっとミミ、もしかして魅了使った?」


 ミミが可愛すぎて我を失った……にしては、効き目が長いし様子が変だ。

 まだ魅了を使ったことは無いが、もしこんな効果があるのなら迂闊に使えない。


「いや、使ってはおらぬよ。……まあ、一度試してみたいとは思っておったが、肝心のルゥリアがこの調子ではな……」

「何か気付け薬とか、精神異常を治す術とか無いの?」

「もうしばらく見ていたかったのじゃが、仕方あるまい」


 ミミが短杖ワンドを振ると、ルゥリアさんの頭上に白い文様陣が現れ、静かに光の粒子を降らせ始める。

 その効果があったようで、すぐにルゥリアさんは我に返り……


「みんな、カワイイ!」


 再びハイテンションになり、夢中になって三人のコーディネートを始め……

 決して外には出せないような画像も含めて、いろいろと撮影されてしまった。


     ───◇◆◇───


 ある程度、無難な室内着に着替えた三人の前で、ルゥリアさんが土下座した。


「よもやルゥリアの中に、これほどのモンスターが潜んでおるとは思わなんだ」

「申し訳ありませんでした、姫様」

「もう姫様ではない。この姿を得てよりミミと名乗ると決めたのじゃ。だからルゥリアもワシのことはミミと呼べ」

「ミミ……様で、よろしいでしょうか?」

「固いのう。ワシはもう、ただの六歳の小娘じゃぞ」

「では、ミミさんでは?」

「う~む、仕方ないのう。それで良しとするか。これよりルゥリアには、ワシらの保護者になってもらわねばならぬからのう」


 そんな話は初耳だ。

 ルナも同じようで、私の横で小首を傾げている。

 何より、言われた本人ルゥリアが一番驚いていた。


「それは、どういうことでしょうか?」

「ほれ。ワシらはか弱き子供じゃからのう。何をするにしても大人の力を借りねばならん。当面の目標は、ワシらだけで生活費を稼ぐことじゃが……。そこでじゃ、この姿のままで雇うてくれるところがあるか調べてもらえるか?」

「かなり厳しいとは思いますが、調べてみます」


 家業を継ぐのなら、この歳ぐらいで働いていてもおかしくはない。それに、学校の基礎学部もこの歳ぐらいからだ。

 ただ、見知らぬ子供を雇うようなところは、そうそう無いだろう。


「そうじゃ。二人は何かやってみたい事はあるか?」


 その答えは簡単だ。

 私がやりたいことはオベリア……ルナを護ること。

 いや、私の願いはルナが幸せになることだ。

 だけど、その思いは言葉にできない。


「私は、三人で旅をしてみたい。いろんな場所に行って、いろんな種族の人たちと仲良くなって、三人でいろんなことがしてみたい……です」


 ルナがそんなことを言い出すとは……

 いや、そう思っても不思議はない。

 今まで全く自由がなかったのだ。身体が元気に動くようになったのだから、いろいろな体験をしてみたいと思うのは、当然かもしれない。


「そうなると、商人とか冒険者になるのかな。あとは学者?」

「おお、冒険者とな?」

「そういうの、ミミは好きそうだよね」


 学院時代に少しだけ聞きかじったことはあるが、冒険者になろうとは欠片も思っていなかったので、ほとんど実情を知らない。

 害獣や魔の眷属を討伐したり、護衛をしているイメージだ。


「うろ覚えじゃが、たしか幼くとも、試験さえ合格すれば資格は得られたはずじゃったな。まあ、しばらくは近場での薬草採集や、町中でのお遣いじゃろうけど。せっかくじゃ。ここはひとつ試してみるか?」


 その問いに即答できなかった。

 ミミはたぶん、大人顔負けの活躍をするだろう。

 だが私は……

 剣技を失った私に、何かできるのだろうか。

 ルナもそうだ。今まで戦闘訓練なんて無縁だっただろう。


「なんじゃ? 何を悩んでおる?」

「私に冒険者が務まるのかなって」

「何を言うておる。ユキは特殊な能力を持っておるのじゃろ? それにまだ、眠っておる力があるやもしれぬし、その辺りもギルドで見てもらえばよかろう。ルナもじゃ。新たな身体の可能性を信じてはみぬか?」


 その問いに、ルナは意を決してうなずいた。


「そうですね。せっかく挑戦できるのに、やらないと勿体ないですよね」


 ルナがそう決断したのなら、私が反対する理由はない。

 全力で彼女を護るだけだ。


「分かった。足りない部分は鍛えればいいだけだからな」


 普通に考えれば、三人の六歳児がチームを組んで冒険者になるなど考えられない事だが、やむにやまれぬ事情で幼き頃から働く者は普通にいる。

 調べれば、年齢は不問と書かれてあった。

 それと、全員、試験を受ける必要があるようだ。

 その試験までに、三人で冒険者のことをしっかりと学習することにする。


 試験の申し込みはルゥリアさんにお願いした。

 そこには「花鳥風月」というチーム名と、可憐なる三人の秘蔵画像が添えられていた。

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