13 可憐なる花鳥風月 その三
傍から見れば子供のお遊戯にしか見えないが……実際にその通りで、この忠誠を誓う儀式はミズネコの趣味だった。
つまり、こんなことをする必要は全く無い。
その証拠に幼くなった
「どうじゃ、ユキリアよ。なかなかサマになっておったじゃろ?」
などと言って、けたけたと笑い転げている。
茶トラというのか、オレンジっぽい髪にブラウンのメッシュが入っていて、目の色も少しオレンジっぽい。
その美貌と愛らしさに、活発そうな仕草や体つきが加わり、華やかで元気に満ち溢れている印象を受ける。
「すごいな、本当に別人だ」
「何を言っておる。見ての通り、余は貴猫姫なるぞ!」
立ち上がり、大人の服がずり下がったみっともない姿のまま胸を張ってそう宣言する。それが自分でも可笑しかったのか、またけたけたを笑い転げ始めた。
ひとしきり騒いだ後、リリアさまは自分の身体で実験を始めた。
「ふむ、この姿になっても貴猫姫のままのようじゃのう。身体の方は……さすがに力は落ちておるようじゃが、代わりに早く動けそうじゃ。霊力が落ちておるように感じるが……」
とりあえずリリアさまも、私の為に用意されていた服を着ているが、
体形や楽な姿勢が違うし、何より尻尾の穴がない。
「次はヴァンパイアの特性じゃな。太陽光は……」
「リ、リリアさまっ! もう少し慎重に……」
慌てて止めようとするが、鎧窓を開け、差し込む光にかざした
「ふむ、心地よい陽気じゃのう。おぬしも今のうちに確かめておくが良い」
無理やり引っ張り込まれた私の手も崩れたりすることはなく、それどころか久々の日光浴を喜んでいるかのようだった。
とはいえ、窓を開けて騒げば、さすがに会話が外に漏れる。
ひと通りの確認を終えたら、しっかりと鎧戸を閉じた。
「味覚も変わらず、ニンニクも問題なし。
「ヴァンパイアっぽくないのは、ユキちゃんも同じにゃ。そうにゃ……。ヴァンパイアは血が操れるにゃ。あとは、魅了と、生物を眷属にすることができるにゃ」
「この場で試せることといえば、血を操ることぐらいじゃのう。少しやってみるとするか……」
慌てて
いつの間に取り出したのか、手には短剣が握られていた。
「ちょっと、何を!?」
「血を操るのじゃから、血を出さねばならぬじゃろ?」
「いや、だからって……。それなら、これで……じゃなくて、先に私が試しますよ。……ミズネコ、私にもできるんだよな?」
「できるにゃ。でも、話し方、ちゃんとするにゃ」
「……ミズネコ先生は、厳しいね」
武骨で傷やマメだらけの手なら少々傷付いても気にしないが、ぷにぷにすべすべの手を傷付けるのは……罪悪感のようなものが芽生える。
だからといって、ちょっとお試しで……なんて理由で、
自分の左手中指の先に、チクッと針を刺す。
浮かんできた赤い血玉を、軽く絞るようにして少しだけ大きくする。
「ミズネコ、これで……どうすればいいの?」
「血は、自分の身体の一部にゃ。形を想像するにゃ。念動術式の要領にゃ」
「そんなの知らない……」
念動術式……法術に関係がある言葉なのは知っているが、不思議の力をとことん避けてきただけに、詳しいことは分からない。
「頭の中で思い描くにゃ。血のことを感じ取って、掌握するにゃ」
指に浮かんだ血玉をしっかりと脳裏に焼き付けてから、そっと目を閉じで指先に意識を集中させる。
その上にある血に意識を移して、その存在を認識する
……そこにあるんだと強く思い込む。
「これを操れば……、動け……」
とりあえず、手のひらの上で転がるイメージを、頭の中で思い浮かべる。
実際に手のひらに何かが触れたのを感じ、そっと薄目を開ける。
「動いてる……」
手を動かしていないのに、手のひらに乗った小さな赤い球がころころと転がっている。
念じるだけで加速に減速、急な方向転換なども自由自在で、それならばと軽く弾ませてみる。
「さすが、ユキちゃんにゃ。真祖さまにゃ」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、これ、結構大変……」
常に意識を集中していないと消えてしまいそうな、そんな儚さを感じる。
「もう限界……。これ、どうすればいい? 身体に戻せるの?」
「上手に操れば戻せるにゃ。でも、慣れにゃい間は止めたほうがいいにゃ。雑菌や劣化が怖いにゃ」
仕方なくティッシュに吸わせてゴミ箱に捨てた。
ようやく気を抜くことができる。
まるで、ひと仕事を終えた後のような気分だ。
「ふぅ…… 」
疲労感を紛らわせるように、大きく息を吐き出す。
「余にも、余にもチクッとやってくれぬか?」
こんな好奇心とヤル気に満ち溢れた姿を見せられたら、とても拒否なんてできない。拒否すれば、それこそ本当に短剣で自分を傷つけそうだ。
仕方なく指をしっかりと握って、チクッと針を刺し、さっきと同じぐらいまで血玉を成長させてあげる。
「おお、おお、これは不思議じゃのう」
念動術式というものに慣れているのだろう。
よほど私よりも血玉の扱いが上手だ。
その後も
その結果……
「これならば、アップリーナを眷属にしても問題ないじゃろう。して、アップリーナよ、眷属になる気はあるか? 別に強要は……」
「なります! お願いします! 私だけ仲間外れは嫌ですよ」
これも、
たいして不都合がないと証明したからか、オベリアは即答で……それも待ってましたとばかりに眷属になることを受け入れた。
───◇◆◇───
「これが、私……なのですね」
オベリアの新たな姿は、やはり私たちと同じぐらいの年齢で、金色の髪に青い瞳……いわゆる金髪碧眼の美少女だった。
とはいえ、性格が反映されているのか、華やかさよりも落ち着いた雰囲気をまとっている。
これで二人が外出しても騒ぎには……少なくとも、王宮や王族に暗殺されたり連れ戻されたりはしないだろう。だけど……
別の意味で騒ぎになりそうだ。
「これで本当によかったの?」
「心配するでない、ユキリアよ。この身体でも十分に戦えるし……」
どこからともなく
「ほれ、この通り、霊法術も使えるようじゃしの」
その様子を見て、ようやく私にも、なぜ皆が私に子供らしくするよう言っていたのかを理解した。
相手が貴猫姫さまだと知っているから気にはならないが、もしこれが見ず知らずの六歳児だとしたら、恐怖を覚えるだろう。
私は、得意げな少女の両肩に手を置いて、顔を見つめながら言い聞かす。
「リリアさまも、女の子の特訓をしましょう」
「な、なんじゃ、突然?」
「多少変わっているぐらいなら微笑ましいけど、違い過ぎると恐怖を感じるって、リリアさまを見て気付かされました。だから、一緒に特訓しましょうね」
「おお……。う、うむ、分かった」
姿が変わったのならばと、名前も変えることになった。
貴猫姫さまの能力で、
オベリアは、ルーナ・アデラードという名前に……
リリアさまは、ミミ・クレセント・フェルミアに決まった。
あまり余計な情報を追加すると、思わぬところで不信感を誘うからと、私に倣ってルーナも孤児ということになった。
ミミの場合は少し特殊で……
この国では、猫は神の使いであり、
なので、
つまり、庇護下に入るのではなく、無償で手を差し伸べているという形だ。
そもそも子供と言えども
そのついでに、ミズネコの愛称も決まった。
ミミがその場のノリで「ミズネ」と名付けたのだが……
たった一文字削っただけだが、本人が喜んでいるのでいいとしよう。
「我らは名を捨て過去を捨て、新たな子供として生まれ変わったわけじゃ。じゃからもう、貴猫姫も王女も命の恩人も何もない。面倒な敬語やら礼儀とやらも一切不要じゃ。これより幼き三人力を合わせて、楽しんで行こうぞ。良いな?」
リリアさま、改め、ミミの言葉によって……
こうして、六歳児(推定)たちによる、三人の共同生活が始まった。
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