12 可憐なる花鳥風月 そのニ

 私はグッと握った拳を振り上げる。


「やったー!」


 更に二日経ち、身体の痛みや違和感が完全に抜けた。

 さすが子供の回復力。あの地獄の苦しみが嘘のようだ。


「その調子にゃ! すごく子供っぽいにゃ! 次はお願いのポーズにゃ」


 床にペタリを座り込んだ私は、目を潤ませ表情を曇らせつつ、泣き出す寸前という感じを出して上目遣いで呟いた。


「……お願い☆」


 別にふざけているわけでも遊んでいるわけでもない。

 ミズネコ監修のもと、子供らしさの特訓をしているのだ。

 ひらひらスカートの子供服を着せられて……


「ナイスにゃ。かわいいにゃ。次は、これを付けて、ウチの真似をするにゃ」

「えっと……こう?」

「もっと手を丸めて……そうにゃ。それで『にゃあ』って鳴くにゃ!」

「……にゃあ?」


 ……はっ!

 私は何を……?


 頭に付けられた猫耳カチューシャをむしり取ると、立ち上がって投げ捨てる。


「おい、ミズネコ!!」

「ユキちゃん、違うにゃ。そこはもっとこう……『もう! 何させんのよ!』って、かわいく拳を振り上げるにゃ。怒った時の練習にゃ」


 どうやら私は、まだまだ精進が足りないようだ。

 何時如何なる時でも素の自分を出さず、少女であり続けなければならない。それが、こんなに大変だとは思わなかった。

 心を落ち着けるように、ひとつ深呼吸をする。


「なんで、こんなのがあるの?」


 頑張って口調を変えた私の問いに貴猫姫リリアさまは、拾い上げたカチューシャを隣に座るオベリアに装着しながら答える。


「うむ、変装に使えるかと思うたのじゃが、出来がイマイチでのう。やはり、本物には遠く及ばぬな」


 そう言いながら、自分の耳と尻尾をぴょこぴょこと動かしている。

 

「作り物は動かないからね」

「いやいや、もっと高い物なら動くようじゃぞ? そうじゃのう、ちと注文してみようか……」

「無駄遣いは控えて下さい。それに、あまり頻繁に宅配が届けば、それだけで不審に思う人もいますから」


 宅配による買い物は、特別な伝手があると言って、貴猫姫リリアさまが手配してくれた。

 荷物を運んできた風猫人族フェルミアのお姉さん──ルゥリアさんは、貴猫姫リリアさまの知り合いの方らしく、これからも顔を合わせる機会があるだろうからと紹介してもらった。


「そうなのか? それは難儀じゃのう。……ところでユキリアよ、言葉が戻っておるぞ?」


 どうやら、子供らしさを身に付ける前に、どんなことにも動じないような強い精神力を身に付ける必要がありそうだ。


「なんじゃ、ユキリアよ、全く成長せぬのう」

 

 どういうわけか、貴猫姫リリアさまが、これ見よがしにわざとらしく溜息を吐く。

 そもそも、この始まりは、貴猫姫リリアさまの言葉だった。


「その年頃じゃと、奇妙な物言いや余計な知識は、とやらで済ませられるそうじゃが、ユキリアの場合はちと外れ過ぎておるからのう。せめて気味悪がられぬ程度には、子供らしくなってもらわねば困る」


 自分では気づかなかったが、どうやら、今の私は気味が悪いらしい。

 だからせめて、外で会話しても不審がられない程度になれればと頑張っているが、その成果がなかなか現れない。


「リリアさんも、外に出られないくせに……」


 つい、ボソッと本音が漏れてしまった。

 それが聞こえたのか、ニヤニヤしながら貴猫姫リリアさまが近付いてくる。

 これが権力差と体格差と威圧感の相乗効果か。本能が危険を訴えかけてくる。

 逃げようとしたが、ひと足遅く……


「今のはなかなか見事じゃったぞ。拗ねた子供の感じが、よう出ておった」


 そのままガバッと抱き付かれて、わしゃわしゃと頭を撫でられてしまった。

 不満が消し飛び、気恥ずかしさと同時に奇妙な安心感が広がる。


「じゃがまあ、ユキリアの言葉ももっともじゃ。余も姫も、このままではいつまで経っても外には出れぬ。それではつまらぬからのう……」

「だったら、ユキちゃんの眷属になるにゃ。そうすれば姿が変わるにゃ」


 いきなり白猫が現れて、そんなことを言い放つ。

 慌てて止めようとするが、全然間に合わなかった。


「ちょっ、おい、ミズネコ、どういうつもりだ? 能力のことは……」


 そういえば、口止めしてなかった気がする。

 だが、そう軽々しく口外していいものでもないはずだ。


「ほう、姿が変わるとな?」

「ユキちゃんは、あの伝説のヴァンパイア……の能力が使える、ちょっと変わった人間にゃ。その眷属ににゃれば、姿を変えることができるにゃ」

「ほう、それは、どの様な姿にでも変われるのかや?」

「変身とはちょっと違うにゃ。新たな身体を得るにゃ。姿はその人の魂や思いが反映されるみたいにゃ。だけど、女の子ににゃるにゃ」

「つまり、若返るというわけじゃな?」

「そう……言えにゃくもにゃい……かにゃ?」


 しばらく思案していた貴猫姫リリアさまが、ポンと手を打つ。


「どうせこの姿じゃと自由に町も歩けぬし、別に未練もないのじゃから、眷属とやらになってみるのも良かろう」

「えっ? ちょっと待ってください。眷属ですよ? 私の支配下になって絶対服従になるということですよ?」

「それもまた一興。悪事を命ぜられたら貴猫姫の力をもって、全力で抗ってみせよう。あっ、いや、眷属になった時点で、貴猫姫でなくなるやも……」

「でしたら……」

「じゃが、余が貴猫姫でなくなれば、新たな貴猫姫が生まれるだけじゃ。どうれ、思い切ってやってみるとしようかの」

「そうにゃ。新しい姿が気に入らにゃくても、元の姿に戻れるにゃ。だから、思い切ってやるにゃ」


 なぜかミズネコが煽っている。

 さらに、再び貴猫姫リリアさまに抱き付かれ、耳元で囁き声が……


「ほうれ、気にせず余の首をカプッとすればいいんじゃよ」

「どうなっても、知りませんからね」


 よく分からないが、分かった。

 とにかく、言われた通りにやってみよう。


「そうにゃ、ユキちゃん。首筋に歯を当てるだけでいいにゃ。噛まなくてもいいにゃ」


 牙を立てて傷つけて、血を啜ることを思えば気が楽になったけど、それでもやはり抵抗がある。

 綺麗な首筋に顔を近付け、遠慮気味にはむっと歯を当てた。


『ユキちゃん。ヴァンパイアシードによる、眷属化を始めるにゃ?』

『ああ、頼む』

『もっと子供っぽい感じで、可愛くお願いするにゃ』

『……それ、必要か?』

『これも、特訓にゃ』


 これからどうなるのかと緊張しているところに、こんな横槍を入れられたら堪らない。だが、これも精神鍛錬だ。


『初めて欲しいな♪』

『ん~、にゃんか違うにゃ……。もっとヴァンパイアらしく、威厳たっぷりのほうがいいのかにゃ?』

『いや、いいから、さっさとやれっ!』

『仕方がにゃいにゃあ~』


 アルケミーシードの錬成とは違い、ヴァンパイアシードによる眷属化は、いろいろな情報が拡張視界ビジョンに映し出されたものの、始まってみれば全てが自動で行われた。

 やったことはと言えば……


『ユキちゃん、術式の構築が完了したにゃ。眷属化を始めるにゃ?』

『よろしく♪』


 この返事ぐらいだ。

 その直後、急激に身体から力が抜けて、意識が薄れそうになる。

 多分、私の霊力がごっそり消費されたのだろう。

 二人でもつれあうように床に倒れたようだが、それどころではない。

 目眩にも似た症状に襲われ、目を閉じて必死に抗う。


『ユキちゃん、大丈夫にゃ?』

『これが……大丈夫に、見えるか……? それより、結果は?』

『成功したにゃ。最上位のノーブルヴァンパイアになったにゃ』


 なんだそれは? ……と思ったものの、全く頭が働かない。とにかく心を落ち着けることに集中する。


『初めての眷属にゃ。落ち着いたらでいいから、ヴァンパイアの姫様らしくビシッと決めるにゃ』


 その言葉の直後、何やらいろいろと映像が映し出された。

 これを見て勉強しろということらしい。

 なんだか乗り物酔いのようで気分が悪いが、気になったので結局見てしまった。


 まだクラクラする頭に手を添えながら、身体を起こす。

 霞む目をこすりながら、ゆっくりと立ち上がる。

 そして……


「我は真祖にして偉大なるヴァンパイアの姫なり。リリアよ、貴様をこのユキリアの眷属に迎えよう……」

「ありがたき幸せに存じます。リリアは、ユキリア様に絶対の忠誠を誓います」


 目の前で、少女? 少女猫? ……が、ひざまずく。

 そして、私の手を取って、その甲にキスをした。

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