05 【挿話】私の勇者さま

 いつ死ぬかも分からない、弱々しいこの身体。

 すぐに発熱し、身体が怠くなって、息苦しくなる。

 幼いなりに、自分が皆と違うと理解していた。

 皆は、私を見ると不安そうな暗い顔を浮かべる。

 それが私の日常だった。

 

 皆は、私が六歳になったことを、すごく喜んでくれた。

 それを見て、六歳になって良かったと思った。

 でも、私が六歳になれば褒章が出るからだと、後に知る。

 そのために皆が世話をしてくれていたのだと、その後の態度で理解した。


 その頃から、馬車で外出するようになった。

 最初の間は決まって体調を崩したけど、それも徐々に少なくなって、暑さが過ぎ去った頃、新しい母から気候の良い自然の多い場所で療養するようにと勧められた。

 馬車での外出は、その為の練習だったと気付く。


 ついに王都を離れる時がきた。

 この頃には、自分の立場が少しだけ理解できていた。

 自分が王女で、兄が二人いる。母は私を産んですぐに亡くなった。

 新しい母の子供は三人。妹が二人に弟が一人。

 その新しい母は、私や兄のことを嫌っている。

 だから、息苦しい王都から出ることに悲しみはなかった。

 それに、その馬車が襲われたことにも驚きはなかった。

 そういうことだったのかと納得した。


 馬車に同行してくれた兵士たちは、前王妃……私の母を慕っていた家の方々で、とても勇敢に戦って下さった。

 それでも、襲ってきた人の数が多くて死からは逃れられないと覚悟した。

 そんな時、あの方が現れた。

 どこからともなく現れて、圧倒的な強さで悪漢を薙ぎ払い、私たちを救って下さった。

 この方が、話に聞いた勇者さまだと思った。

 兵士の一人から、あの方はユークリットという方で、学院で最強の剣士だったと聞いた。だけど、足に深手を負ったことで、出世の道が断たれたとも。

 この勇者さまの存在が、私の生きる希望になった。


「次に会った時に、ちゃんとお礼が言えますように……」


 そんな願いを、幼い心に抱き続けた。


     ───◇◆◇───


 次に会ったのは三年後、九歳の時だった。

 それは突然の再会だった。

 しばらく体調が思わしくなかったけど、この日は不思議と元気で、もしかしたら最後の外出になるかも知れないと思い、馬車を用意してもらって勇気を出して町に出た。

 残念なことに途中で熱が出て引き返すことになったけど、それでも十分に楽しんだ。

 その帰り、砦門で馬車が止められてしまった。

 早く帰って休みたいと思っていたけど、焦れたところで仕方がない。

 熱に浮かされながら、ボーっと窓の外を眺めていた。

 不意にあの人、ユークリット様の姿が見えた……気がした。


 最初は幻だと思った。

 命が燃え尽きる前に、猫神さまが慈悲を与えて下さったのだと……

 周りが心配するから、泣いたり辛い顔を見せないようにしていたのに、次から次へと涙がこぼれ落ちる。

 ユークリット様が私に気付いた。

 心配そうに見ている。でも嫌な感じはしない。

 いろいろと話しかけてくれているけど言葉が出てこない。

 お礼を言わないと……そう思うのに、声にならない。

 聞こえたか分からないけど、最後の最後に「ありがとう」って言えた。


 ユークリット様は、この町で門番をしているらしい。

 だったら、私が元気になって、また町へ行くことができたら、もしかしたらまた会えるかも知れない。

 それが私の、新たな生きる希望になった。


 再び体調が安定した日に、あの方に会いに行くことにした。

 でも、私が王女だと知れば、もう会ってもらえないかもしれない。そう思って、偽名を使うことにした。

 オベリア商会の娘、ルーナ。それが、ユークリット様と会う時の、私の名前になった。

 この時、私は何を話したのかあまり覚えていない。

 これが最後になるかもと思い、これまでの思いが溢れて、とにかくたくさんのことを話したと思う。


「私はここで門番をしているから、それがリハビリになるのなら、いつでも訪ねて来てくれ。それと、いつまでもユークリット様なんて呼ばれるのは困るから、今度からはリットと呼んでくれると嬉しい」


 はにかみながら、そう言ってくれたことだけは、しっかりと覚えている。


     ───◇◆◇───


 不思議なことに、あれ以来、嘘のように体調が安定するようになった。

 もとから原因不明の病だっただけに、その理由も不明なまま。

 だから私は、リットさんが生きる力を与えて下さったのだと思うことにした。

 無理をして寝込むこともあったけど、体力をつけるために少しずつ歩く距離を増やしていった。

 そしてとうとう、砦門まで歩いて通えるようになった。


 それからは、夢のような時間だった。

 多くても週に一度程度だけど、砦門に行けばリットさんに会える。それだけでも嬉しかった。

 だけど、そんな幸せも終わる時が来てしまった。

 私が元気になったことが、王妃の耳に届いてしまったのだ。

 だから私は、リットさんにお別れを伝えるつもりだった。

 なのに……


 まさかリットさんとユージンさんが、刺客だったなんて……

 あんなに優しかった二人に、私を殺せと命令するだなんて、なんて酷いことをと、王妃の仕打ちに憤った。

 ここでは死ねないと思い、リットさんの言葉に従って、必死に逃げた。

 そして……


 リットさんは死んだと聞かされた。

 兵器の炎に身を焦がされながら、凄い剣技を放ってユージンさんを倒したらしい。


「さも鬼神が乗り移ったかのような凄まじい気迫でした。我が身を犠牲にした一撃だったのでしょう。後には死体も残っておりませんでした」


 そう、報告を受けた。


 私があの日、あの場所に行かなければ……

 そう悔やんだりもしたけど、たぶんそれでも悲劇は止められなかったと思う。

 私がリットさんに殺されてあげること……

 たぶんそれが、一番の解決方法だったのでしょう。

 そうしてあげられなかったことが、私の一番の後悔になった。


「幸せになれる」


 リットさんは、私に何度もそう言ってくれた。

 だけど、私はリットさんに会えるだけで幸せだった。


 リットさん……

 ねえ、リットさん……

 どうすれば、私は幸せになれますか……?


 しばらく塞ぎ込んだ後、私はリットさんが刺客に仕立て上げられていたことを伏せ、命をかけて助けて下さったと証言した。

 また、何か形見の品が欲しいからと、リットさんの家に入る許可をもらった。


 数日後……

 狂騒の山猫荘二〇三号室の前に立った私は、王妃と、王妃の子供たちに対する憎悪を抱きながら、手をかざして私の勇者さまが住んでいた部屋の扉を開けた。

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