03 暗闇に光る希望の灯 その三

 オベリアがキョトンとしている。

 それはそうだ。いきなりそんなことを言われて、わかりました……とは、ならないだろう。

 とはいえ、どう説明したものか……


「戸惑うのも分かる。信じられないかもしれないが、少しだけ説明させてもらってもいいか?」

「えっと……そうですね。お願いします」

「実は、ある人物の命が狙われているらしい」

「それは、穏やかではないですね」

「それもそうだが、困ったことにその人物は、すごくキミに似ている。だから、この騒動が落ち着くまで、人目につかない場所で隠れていたほうがいい」


 以前から思っていたけど、やはりこの子の心はとても強いようだ。

 こんなことを聞かされても、全く動じる様子がない。


「落ち着くまで……とは?」

「……いつになるか分からない。だけど、出来る限り用心して欲しい」

「では、リットさんが私のことを疎ましく思っている……ということでは、ないのですね?」

「もちろんだ。せっかくここまで元気になったんだ、こんなつまらないことで命を落として欲しくない。私としても、会えなくなるのは寂しいが……いや、なんでもない」


 ついつい、変な誤解をして欲しくなくて、余計なことまで口走ってしまった。

 しかも、聞かれてしまったようで、目を輝かせて満面の笑みを浮かべている。

 どういう心理状態なのか分からないけど、少女はググッと力を込めて手足をバタバタさせ、安堵するように大きく息を吐き出した。


「あー、よかった」

「よかった? 危険なんだぞ?」

「そうなんですけど、リットさんに嫌われたのかなって思ったので」

「今さら嫌いになんてならないよ。オベリアが、こんなに小さな頃から見てきたんだからな」

「そんなに小さくなかったですよ。せいぜい、このぐらいです」


 小さな手が、私の腕をつかんで強引に開いてくる。

 三十センチぐらいだったのが、五十センチぐらいにまで広げられた。

 全く抵抗しなかったとはいえ、この太くて重い腕が彼女の力で動いたのだ。もう、それだけでも嬉しくなる。


「力もまた強くなったな」

「えへへ、鍛えてますから」


 ドヤ顔も可愛……微笑ましい。

 不意にガチャリと音がして、扉が開かれた。

 普通に考えれば、誰かが戻ってきただけなのだろうけど、入り口を警戒しながらオベリアとの位置関係を確認する。


「なんだユージンか」


 口ではそう言いつつも警戒は解かない。

 とはいえ、不自然ではない程度に出迎える。


「なんだリット、せっかく二人きりにしてやったのに、まだ……」

「ああ、この子は似てるからな。安全な場所に逃がしてやりたいと思うのだが、お前も協力してくれないか?」


 やはり、あの指令は私だけではなかったようだ。

 不穏な気配を漂わせるユージンの言葉を遮って提案してみたけど、呆れた様子で両手を広げられてしまった。


「おいリット、正気か? そんなことをすれば……」

「ああ、分かっている」

「いいや、分かってねぇな。見逃したところで、どうせすぐに殺されっちまう。俺たちも裏切りもんとして処分されて終わりだ。どうせもう、そのガキに未来はねぇんだから、大人しく従っておけ」


 まさかユージンが、ここで仕掛けてくるとは……

 苦楽を共にした長年の友人という儚い希望にもすがってみたが、やはり説得も効果がなかった。

 ルールのある試合ならば私が有利だろう。だが、何でもありの実戦となればかなり分が悪い。それに左足の古傷というハンデもある。


 オベリアが背後から抱き付いて来たので、その耳元でささやく。


「オベリア、私があの男の動きを封じたら、扉から出て全力で逃げてくれ。私のことは心配しなくていい。キミのほうが危険なんだから、とにかく安全な場所に逃げ込むんだ。そうしてくれたら、私も本気で戦える」

「わかりました。リットさんも絶対に死なないでくださいね」

「ああ、もちろん。キミが大人になった姿を見るまでは、死ねないからね」


 たぶん、私に子供がいたら、こんな気持ちになるのだろうか。

 苦しみを乗り越え続けてきたこの子には、幸せになって欲しい。

 どうせ私はすでに終わった身。なんとなく今まで生きてきたが、ここで終わるのも悪くはない。だが、この子だけは……

 ……絶対に、死なせたりはしない!


「オベリア、危ないから少し離れててくれ」


 ユージンにも聞こえるように声を上げ、椅子からゆっくりと立ち上がる。

 大丈夫だ。ひざに痛みはない。


 そこで、ふと気付く。

 なぜユージンは、問答無用で襲ってこないのか。

 まともに戦えば私のほうが有利だが……


「ようやく、最後の別れが終わったか。リット、もう思い残すことはねぇよな?」

「お前のせいで、心残りが増えて頭を抱えてるよ」

「人のせいにすんじゃねぇよ。全てはテメェの選択だろ?」

 

 まさか他にも指令を受けた者が?

 時間稼ぎ?

 いや、こんな場所に部外者が集まれば目立ってしまう。

 だったら、事故を装って?

 ……たぶん、それが一番ありえる。でも、どうやって?


「覚悟を決めろ! リット!」

「こんな場所で剣を抜くとは、何を考えている?」

「うっせぇ!」


 私とオベリアを始末して、全ての罪を私に被せるってところか。

 だが、剣を振り回すには狭すぎるし、ユージンの戦い方にも合っていない。


 振り上げられた剣が天井に当たる。

 そりゃそうだ。

 呆れながら、余裕を持ってユージンを抑え込む。


「本当にお前、何がしたかったんだよ?」

「うっせぇよ」


 わざとバカを装っているような……

 たぶんそれが、違和感の正体なのだろう。

 それよりも……


「オベリア、今のうちに……」


 その時、ユージンから嫌な気配が立ち昇った……ような気がした。

 ……なぜだ?


 私の指示に従って、扉へと向かうオベリア。

 なんだかすごく嫌な予感がする。


「いや、待て、オベリア。急いで扉から離れろ」


 ドアノブに手を伸ばそうとしていたオベリアが動きを止め、不思議そうにしながらも指示に従う。


「リット、いいのか? 時間切れになるぞ?」

「……ユージン、何を企んでいる?」

「教えるわけがねぇだろ」


 それはそうだ。

 だけど、何かを企んでいるってことだけは分かった。


「なんだ? 喧嘩でもしてんのか?」


 外からそんな声が聞こえ……

 ドン、ドン、ドンと乱暴にノックされた。その次の瞬間、派手な音が響き、破片をばらまきながら扉が爆散した。

 とっさにオベリアを爆風から庇う。

 その直後、ドンと脇から衝撃が……


「ユージン……?」

「油断したな、リット」


 痛みをこらえながら、すぐ近くにあるユージンのこめかみに肘鉄を叩き込む。


「リットさん?」

「慌てなくていい。傷は浅い」


 心配して近寄るオベリアを手のひらで制しながら、脇腹に刺さったナイフを抜いて床に投げ捨てる。

 隠しナイフの類で刃渡りも短かった。

 とはいえ、刺さり方が浅すぎる。それに、血だと思っていたが、水だろうか。脇腹辺りが透明な液体で濡れていた。

 その隙にオベリアを襲おうとしたのだろう。迫るユージンを体当たりで吹っ飛ばす。

 つま先に何か当たったのを感じ……

 床に転がっていた剣を拾うと、オベリアの手を取って風通しの良くなった入り口から外に出る。


「オベリア、早く行け」

「でも、リットさん」

「いいから、早く!」


 他に待ち伏せが居ないことを祈りつつ……

 背後に近付く気配を感じて、剣を構えようとするが……


「…っ!? こんな時に……」


 左ひざに痛みが走り、ガクンと力が抜ける。

 しかも背後から斬られた。

 その衝撃で地面を転がる。だが、またしても傷は浅そうだ。

 いくらユージンの技量が足りてないとはいえ、この偶然は考えにくい。

 目の前に白刃が迫る。地面に尻もちをつきながら、手にした剣を構えて応戦……しようとしたら、二人の間に透明な液体らしきものが現れた。


「くっそ、また。リットを護ってやがんのか? だったら……」

「霊法具? 爆裂球ブラスト!?」

「残念、炸裂球ラベッジだ」


 逃げ……られない?


「あばよ、親友……」


 そう言い残してオベリアの後を追うユージンの後ろ姿が遠ざかっていく。


「オベリア……」


 決して届かないと分かりつつも手を伸ばす。

 絶望の中、複数の霊法炸裂球ラベッジヘルマインが、同時に起爆し……

 破砕の衝撃が大地を震わせ、私の全身を打ちのめした。

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